21話 琥珀の首飾り
「エドヴィウス様。ご無事でなによりです」
「ここでは魔術具商ギンダラスだ。エドヴィウスとは呼ぶな」
「はっ。ギンダラス様」
朝食が終わるとインゼルベルガの館から家令とエイリスの侍女が商会に呼ばれた。
「ノリス男爵。鷹は届いていないか?」
「はっ。こちらから飛ばした鷹も届いてはいないようですな」
ノリス男爵と呼ばれた家令は深刻な顔で口髭を震わせた。
武人然とした胆力のありそうな風貌の中年の男だった。
鷹が届いていない?
その言葉に人の顔を持つ蝙蝠を思い出した。
きっと、あれが妨害している。
では内容も?
「符牒は見破られていないはずです。見破られていれば、商会も危険になります」
暗号みたいなものがあるのか……
「老ラトガルには、ラドミール殿が我らを召集したことは知られている」
「ラドミール様は何の目的でインゼルベルガの騎士団を呼んだのでしょうか?」
ノリスが首を傾げた。
「一昨日の密使によるとラドミール殿はエイリスの琥珀を取り戻し、北方蛮族討伐の名目で我らとともにラトガルを離れる予定であった……」
「!?」
エドヴィウスは表情を曇らせた。
「だが、予定は変わった。遠征隊をセルスミに留め置き少数でラトガルに来て欲しいという連絡であった」
「そのような連絡は受けてはおりませぬ」
ノリスも深刻な顔になった。
何かがラトガルで起きている。
嫌な予感がする。
「ラドミール殿の所在は把握しているのか?」
「いえ。十日ほど前、騎士団の閲兵をしていたという情報が最後の消息になります」
エドヴィウスとヴァイダが顔を見合わせた。
「ラドミール殿の密使の話とは辻褄は合うな」
「どこにいるかじゃが……」
その話し合いにエイリスの侍女の顔が青ざめていく。
「エイリス姫様はどうなったのですか!? ……姫様の琥珀を取り戻す?」
侍女はエイリスがラドミールに嫁ぐために帝都からラトガルまでついてきたはず。
それは心配になるよね。
「エイリスは魔術具の棺の中で休んでいる」
「……棺?」
ヴァイダの言葉に侍女が凍りついた。
「ラドミール様と結婚するという話が何故、このようなことに……」
「この商館の部屋に運び込んでいるから、目覚めた際には世話をしてくれ」
「……は、はい。……かしこまりました」
「「エイリス姫様はこっちの部屋」」
侍女はエグレとライマに連れられて部屋を出ていく。
侍女が出ていったあと、ノリスは声を落とした。
「エイリス姫様はどうなったのですか?」
「ここにおる」
「にゃん」
ノリスの疑問にヴァイダがわたしの頭を撫でて「極秘じゃが」と呟いた。
「姫様が猫になってしまわれたのですか!?」
「この猫の体から早急に救わなければならない」
エドヴィウスが頷いた。
そのためにも城内に潜入しなければいけないとヴァイダは続けた。
「私はラドミール殿の家臣と接触し、ラドミール殿の所在を探る」
「エイリスはわしにまかせておけ。老ラトガルはきっとあの手紙を読めばすぐに呼びつけてくるはずじゃ」
エドヴィウスはノリス男爵にラドミールの使者から渡された手紙を見せた。
「ここに協力者がいる。秘密裏に商会以外の場所で会えるように手配してくれ」
「は。わかりました」
ノリスが一礼し、踵を返して出ていった。
「私は街を見てくる」
エドヴィウスはそう言うと従者を伴って部屋を出ていった。
ヴァイダはわたしに馬車まで来るように言うと外に出た。
わたしはとことことついていく。
「のうアウリス?」
「にゃん?」
馬車が停められた裏手の納屋の前で、ヴァイダがわたしに向き直ってしゃがんだ。
「これはお守りじゃ」
「にゃ……」
ヴァイダはわたしの首に、鎖を通した琥珀のブローチをかけた。
猫の目には琥珀はくすんで見える。
ブルーアンバーではないけど。
でもこの台座はどこかで見た気がする。
「エイリスがお主を呼び出したときに使った琥珀じゃ」
「にゃ?」
次いでヴァイダは馬車の中に入り、木箱を開けた。
わたしもついていく。
あの銀の鏡は変わらずに嫌な黒い靄を放っている。
「この琥珀はお主と相性が良い。お主の魂を刻むにはお誂え向きじゃが……」
「にゃ?」
「まあ、元の体に戻ってからじゃな」
魂を刻む? どういうこと?
「この琥珀を通してエイリスとも意思が通じやすくなる」
「!」
そんな便利なものがあるなら早く欲しかったと思っていたら、ヴァイダが続けた。
「これを身につけておったら、お主らの魂が混ざるのも早まるが、いつ猫が死ぬかもわからん。非常事態じゃ」
「にゃ?」
制約はあるよね。
そんな都合がいいものではない。
十日と言われた猶予も、もう明日……
短くなったとも聞いた。
大丈夫なの?
でもエイリスと話せると思うと心強かった。
「それとこいつじゃ」
「ふにゃ!」
さらに、一つ小さな巾着がついた紐を首にまかれた。
猫の手でつついてみると硬い石のようなものが中に入っているのがわかった。
「使うときはエイリスにまかす。いよいよとなった時じゃな」
「にゃ……?」
いよいよって何?
巾着から嫌な気配が漂っている。
何に使うか教えて欲しい。
そのときエグレとライマが馬車にやってきた。
「エグレ、ライマ。その箱のものは老ラトガルに献上するものじゃ」
「「承知しました」」
「この銀の鏡はわしが持っておく」
持っていくんだ、それ……
「浄化せねばならぬ事態にならなければよいが……」
浄化って、川の浄化のときみたいに?
何をするの?
「「守護の指輪も献上しますか」」
あの古代の皇帝がつけていたという指輪。
文言を唱えたら死ぬまで守護されるという。
呪いだかチートだかよくわからない指輪。
「当然じゃ。それが餌じゃ。守護も寿命には勝てぬ。きっとすぐに回収できるでな。わしが持っておこう」
フェッフェッフェと可笑しそうにヴァイダは笑うが、心配になった。
「「もったいない」」
「にゃあ」
わたしも同意見だ。
そんなに貴重な魔術具を渡してもエイリスのブローチは返ってこないと思う。
「食いつかなければ始まらんでな」
そう言ってヴァイダは人の悪い笑みを浮かべた。ヴァイダはエグレとライマとともに馬車の荷台にこもったまま出てこない。
わたしは首にかけられた琥珀のブローチと巾着を揺らしてみた。
邪魔だけど。
馬車の荷台に飛び乗り、狭い隙間を通る。
ひっかからないようにしないと。
走ったり跳んだりしていると疲れてきた。
眠くなってくる。
わたしは馬車の中で丸くなった。
双子に起こされたときは、夕方だった。
双子に撫でられて気持ちが良い。
夕食時、エドヴィウスはすでに戻ってきていたが、その顔は浮かない。
「協力者とは会えなかった……」
「ふむ、捕まったかの? では直接、老ラトガルに聞こうかの」
「にゃ?」
そんな気軽に教えてくれないと思うけど。
夕食が終わる頃、商会長がエドヴィウスのもとにやってきた。
「ヴァイダ様。老ラトガル侯爵より招待状が届いております」
「かかったわい。忍び込む手間が省けた」
ヴァイダが笑いを噛み殺してわたしを見た。
いよいよだ。
「明日、昼の鐘で城へ例のものを持ってくるようにと。昼食を共にしたいとのことです」
「ほうほう。だいぶ早いな。焦っておるな」
「ヴァイダ様。一体何と書いて送ったのですか?」
エドヴィウスも首を傾げた。
「守護の指輪とエイリスの魂についてじゃ」
「!」
「アウリスについてもですか? もしアウリスを奪われたらエイリスは戻れません」
エドヴィウスが頭を抱えた。
それを言ってもいいの?
大丈夫なの?
「猫にいることは手紙に記してはおらんが、どうせ老ラトガルはエイリスの魂が近づいてきていることは勘づいておる」
「にゃ……」
冥羊が顕現したこと。
冥狼の術を使った魔術師を一人逃したこと。
セルスミ、ラトガルの街での検問。
明らかに情報は渡っている。
「わしは正直エイリスよりも老ラトガルが何をしたいのかが、気になるのじゃ」
「……ヴァイダ様?」
え? どういうこと?
わたしたちを助けてくれるのではないの?
「あれほど禁術を使っておる。おそらく昨日のラトガル軍にも魔術師はいる。禁術で局地的には勝てても、わしらへの風当たりはさらに強くなろう」
「……」
ヴァイダは双子に優しい目を向けた。
そして一つ息を吐くと目を閉じて言った。
「止めねばならぬ」




