凍てつく呼び出し、現場の「鮮やかな」反撃
▶ 【報復】佐伯紗江からの呼び出し、そして【攪乱】臼井による全社放送乗っ取り
午前八時三十分。
マルトクテック本社ビルは、深夜の騒動などなかったかのような無機質な静寂に包まれていた。しかし、管理統括室のデスクに置かれた内線電話のベルが、その静寂を鋭く切り裂いた。
「――管理統括室、月影。……はい、承知いたしました」
受話器を置く月影の指先は、鉄のように冷えていた。隣でモニターを見つめていた村田が、顔を上げる。
「呼び出し……ですか」
「ああ。佐伯部長からだ。それと、お前もだ、村田」
二人が人事部長室に向かう廊下には、すでに「捏造動画」を見た社員たちの好奇と軽蔑が混じった視線が張り付いていた。
部長室の重厚な扉を開けると、そこには優雅にコーヒーを口に運ぶ佐伯紗江がいた。
「おはよう。……昨夜は随分と派手な『現場急行』だったそうね」
佐伯は、デスクの上に置かれたタブレットを指先で弾いた。そこには、再生数が数百万を超えたあの捏造動画が映し出されている。
「月影。あなたの独断が、ついに会社を崖っぷちまで追い込んだ。自治体からは提訴の準備を進めると連絡があったわ。……村田、あなたはもう終わりよ。今この場で、解雇通知を受け取りなさい。そして月影、あなたも管理責任を問われ、無期限の停職処分になる」
佐伯の声には、勝利を確信した者の優越感が滲んでいた。
「……反論は、ありませんか?」
月影は、わずかに口角を上げた。
「反論、ではありません。ただの『報告』です。……臼井マネージャー、始めてくれ」
その瞬間、社内の全端末、全フロアの大型モニター、そして各部署のスピーカーが一斉に唸りを上げた。
『――マルトクテック全社員、および役員会の皆様。現場から緊急のお知らせです』
臼井の声だった。それは通常の放送権限を無理やり書き換えた、文字通りの「乗っ取り」だった。
「な、何をしているの!?」
佐伯が立ち上がり、端末を叩くが、操作は受け付けない。
フロアの全モニターに、二つの映像が並んで表示された。
左側は、昭代が投稿したあの「暴行動画」。
そして右側は、月影が昨夜密かに起動させていた**『全天球型ウェアラブルカメラ』の無編集データ**だった。
『動画は一部を切り取られた捏造です。右側の映像をご覧ください。軽部昭代氏が刃物を持ち出し、トシ子氏を脅迫していた事実。そして――』
画面が切り替わり、昨夜の佐伯部長の私用端末と法務OBのチャットログが、スクロールされながら全社に晒された。
そこには、佐伯が自ら指示を出した『動画の拡散支援』と『村田排除後のリベート案』が、生々しいテキストで残されていた。
『現場の感情を「毒」と呼び、利益のために顧客を盾にしたのは、どなたでしょうか。……判断は、皆様にお任せします』
放送が切れると同時に、部長室の外からざわめきが波のように押し寄せた。
佐伯の顔から、一気に血の気が引き、陶器のような肌が土色に変わっていく。
「……臼井、あの子……なんてことを……!」
月影は静かに歩み寄り、佐伯のデスクに自分のIDカードを置いた。
「佐伯部長。現場の『オプション』を甘く見すぎましたね。……次は役員会でお会いしましょう。あ、自治体への通報は、我々のほうで『真実』を添えて修正しておきましたから」
村田は、呆然と立ち尽くす佐伯を一度だけ見つめ、月影に続いて部屋を出た。
その背中には、もう怯えの色は微塵もなかった。




