表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の異世界奮闘記~理の目と鍬一本で、国を救い、神に挑む~  作者: 今無ヅイ
穢れ火戦争編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/121

「滅ぼせ」

 高窓から差し込む光は、今日も白く、冷たかった。


 黄金樹を象った彩色ガラスを透かして降るその光は、

 床に描かれた五本指の紋章のうち、

 親指だけをくっきりと浮き上がらせている。


 枢機卿たちの椅子。


 白と金に塗られたそれらは、

 神の意志が人の口を借りて語られる場所であるはずだった。


 今そこに満ちているのは、

 神よりも、人の熱だった。


「――断った、だと?」


 報告を読み上げた修道士が震えながら頭を垂れると、

 鎖の枢機卿、エングメント聖が椅子の肘掛けを細い指で叩いた。


「帝国め。

 日鴉どもの引き渡しも拒み、

 北と東の亜人どもへの“浄化”の通行も断ったと?」


「は、はい……。

 最後通牒を読み上げた直後、

 返答に“十日は不要だ”とのことにて……」


 修道士の声は、途中からかすれていた。


「すべて断る、と。

 そのように」 


 聖断の間に、一瞬だけ静寂が降りた。

 次の瞬間、それは割れる。


「やはり、か」


 ひとりが、吐き捨てるように言った。


「理だの法だのを掲げていたが、

 結局は異端に肩入れするか」


「日鴉どもの保護など、

 神に唾する行いに他ならぬ」


「イースタシア、ノースタン……

 かねてより、恩寵を拒むとされておる地。

 敢えてそれらを庇うとあれば――」


「帝国もまた、親指の民でありながら、混沌に堕ちたということだ」


剣の枢機卿、ベリアル聖が、椅子から立ち上がる。

その瞳に恐怖はなく、あるのは燃え始めた狂信の炎だけ。


「ならば、分かりやすい。

帝国は神の敵に与した。

日鴉、イースタシア、ノースタン……異端の側に立ったのだ」


 剣の枢機卿、ベリアル聖が、椅子から立ち上がる。

 その瞳に、恐怖はなかった。


 あるのは、燃え始めた狂信の炎だけ。

 椅子の上で、他の枢機卿たちがざわめく。


「ならば、我らのすることはただ一つ」


「聖なる親指の名において、

 彼らを“浄化”するのみ」


「聖なる光を、神の剣として振るう時が来たのだ」


 興奮は、素早く伝染した。


 ひとりが立ち上がると、

 もうひとりも立ち上がる。


 誰かが両手を天に掲げると、

 周囲も真似をする。


「神の御心のままに!」

「神の御業を、地上にしらしめん!」

「聖戦だ――」


 その言葉が口をついて出たのは、

 誰が最初だったのか。


 それはすぐに、聖断の間を満たす合唱になった。


「聖戦の時だ!」

「騎士団を召集せよ!」

「浄化師団を編成せよ!」

「南部軍団にも動員をかけろ、

 山岳突破のために贖罪兵団を前線に――」


 命令が、次々と飛び交う。

 それは、まだ正式な布令ではない。


 しかしこの場で出た言葉は、

 すでに“決まり”になったも同然だった。


 それを止める役目を負っているはずの理性は、

 この場にはほとんど残っていなかった。


 ただ一人を除いて。


 円卓の一角。


 白い法衣の胸元を、きちんと整えた若い女性が一人、

 眼鏡の奥で、憂鬱そうに視線を伏せていた。


 クロエ・ベネディクト聖。


 年はまだ20そこそこと若いが、正式な枢機卿の一人である。


 彼女の生まれ持って得た神の権能。

 救いの言葉を拾い、神意を聞き取るという「神の耳」を持つとされるその耳には、

 今この場に満ちる“人の叫び”しか届いていなかった。


(やはり)


 誰かがそう言ったとき、

 彼女も心の中で同じ言葉を繰り返していた。


 ただし、意味は違う。


(やはり、こうなる。こうなってしまう)


 帝国が断れば、そうなる。

 断らなくても、遅かれ早かれそうなっていただろう。


 この場にいる多くの枢機卿たちは、

 ずっと前から“聖戦”を宣言する理由を探していたのだ。


 今回の最後通牒は、

 そのための儀礼にすぎない。


 許しが欲しかったのは神ではない。

 彼ら自身のほうだ。


 クロエは、眼鏡のブリッジに指を当てて、

 静かに息を吐いた。


 口を開きかけて、閉じる。

 今ここで、「待て」と言っても、

 誰も耳を貸さない。


 耳は、すでに自分たちの叫びでふさがっている。


「騎士団に、動員命令を」

「東方の常備兵を帝国へ差し向けよう」

「調停者の再配備を急げ。

 山岳地帯で日鴉の巣を焼き尽くした者を、

 今度は帝国の盾を打ち砕く役に回す」

「神の御心のままに!」

「神の御心のままに!!」


 聖断の間は、

 “祈り”に似た叫びで満ちていた。


 だがそれは祈りではない。

 神に何かを乞うのではなく、己の行為に「神」の名を貼り付けるための、血に飢えた儀式だ。


 剣を抜く前に、

 それを“神の剣”だと言い張るための言葉。


 クロエは、静かに天井を見上げた。


 彩色ガラスの向こうにあるはずの聖樹は、

 今日も何も語らない。


 ただ、淡い光だけが降りてくる。


 その光は、

 叫び続ける枢機卿たちの肩にも、

 憂鬱そうに黙っている彼女の肩にも、

 等しく落ちていた。


(本当に、これが“御心”なら――)


 心の中だけで、彼女は問う。


(どうか、わたしには、その“音”を聴かせてください)


 だが、耳に届くのはやはり人の声だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ