第七話 「迫る危険」
私たちは村に着いて、我が家の方へと進んでいく。帰りの道中で日は沈み、暗闇の中を明かりなしで歩んできた。貴重なランタンを山に捨て去ってきたことを深く後悔している。
店の前にはハンスさんとミリーゼさんが立っていた。私たちはもう16歳にもなるのにここまで心配するものなのだろうか。正直、親の気持ちがわからない。
ハンスさんが私たちの帰りを遠くから手を振って迎え入れてくれたが、アークトリア騎士団の甲冑を身に纏ったカイルが近くにいたことで、不安な表情に変わる。
「うちの娘たちが、何かしましたか?」
すかさず、エリスが事情を説明する。事を知ったうちの両親が深く頭を下げる姿に、カイルは謙遜な態度で応じる。
その姿は全くと言って良いほど、アークトリア騎士団であることを彷彿とさせなかった。心優しい騎士であることを感じ取ったミリーゼさんがここである提案をする。
「お腹が空いているでしょう。よかったら、うちで晩御飯を食べていってはいかがですか?」
「い、いや!そんなご厚意を受けるわけには…」
カイルは顔を赤くして、まんざらでもない態度で断る。すると、絵に描いたようなタイミングでカイルのお腹から低い音が鳴った。
私たち家族はニコニコしながらカイルを見つめ、やがて我が家の中へと招き入れた。
いざ、食卓につくと何故か緊張感が漂う。少し気まずそうにしているカイルに、エリスが問いかける。
「ところで、本当にこの後どうするのよ?」
敬意を払っていないエリスの言動に、ハンスさんがやや怯える。
出された食事を目の前にしてカイルは心を開いたのか、アークトリア騎士団の今後の動向を詳しく説明してくれた。
「アース副団長率いる僕ら小隊は、操魔族の行方を追っています。奴らの目的は月光草の根絶。おそらく、アークトリアの勢力拡大を阻止したいんでしょう。そして今、奴らはテンラン山を狙っている。」
テンラン山は今日私たちが行ってきた山で、次の月光草採取ポイントでもある。副団長が去り際に囁いた言葉が、脳裏に過ぎる。そんな重大な危機が迫っているにも関わらず、私たちの耳に情報が入っていないのは何故なのだろうか。
「あなたたちに情報が入っていないのは、アークトリアとしても月光草を必要としているので、不安を与えずに採取に向かって欲しいという意図が隠れているからです。そして、昨日この村にやってきたのは、奴らの操る魔物を他の地へ誘き寄せるために月光草が必要だったから。」
カイルの口から次々と語られる衝撃の真実に、家族全員が息を呑む。そして最後に、カイルは騎士団の動向について予想する。
「ここからは僕の予想ですが、その誘導作戦は失敗します。操魔族の知性は非常に高く、どうせ乗ってこないでしょう。こんな馬鹿げた作戦を考えたのは、うちの団長です。アースさんもこの作戦が失敗することは分かっているはず。何も知らずにテンラン山にやってくる人達を、アースさんが見過ごすわけがない。つまり、合流地点は次の満月の夜テンラン山です。」
どうやら知ってはいけない情報を聞いてしまったようだ。静まり返る食卓。何も知らずに採取に向かっていたら命を落としていたかもしれないと、その場にいたカイル以外が思った。
「あ、少し喋り過ぎました。この事は他言無用でお願いします。」
さらっと重大な話を終わらせたカイルに、私たちはどうすれば良いのかわからず、一斉に問い詰め始めた。迫り来る質問攻めに苦笑いを浮かべながら、当然のような口調で私たちをなだめた。
「少なくともアースさんがくれば死人は出ませんよ。あの人は最強だから。」
私はその言葉が、なぜか腑に落ちてしまった。あの豪快な炎の魔法を目の当たりにしてしまえば安心せざるを得ない。私が思っていたより、アークトリア騎士団は慈悲に溢れているのかもしれない。
とはいえ、立ち入り禁止のテンラン山に入っておいて、お咎めが無かったことだけは心のどこかで引っ掛かっていた。
「そういう訳なので、次の満月まではこの村に滞在させていただこうかと思います。どこか宿を紹介していただけないでしょうか?」
カイルの話を聞いて、そうなることは予想ができていた。しかし、ハンスさんは何を血迷ったのか、とんでもないことを口にしてしまう。
「ならば、うちに泊まっていってください。娘たちを助けてくれたお礼です。」
私はドン引きし、エリスは我が家に泊まることが出来ない理由を必死に説明した。
「うちに泊まるなんて無理よ!部屋はないし、ベッドも足りてないじゃない!」
「クレアはエリスと同じベッドで寝なさい。そうすれば、一つ空くだろう。」
その状況が意味するのは、次の満月まで毎日カイルと同じ部屋で寝泊まりするということだ。年頃の娘の部屋に若い男を住まわせる父親が他にいるだろうか。カイルがアークトリア騎士団ということに少しは警戒してもらいたい。私とエリスはある種の絶望を抱いていいたが、カイルは何も不自然に思っていないようだった。
こうして、カイルは次の満月まで我が家で暮らすこととなった。その最初の夜、私とエリスは体を寄せ合い、互いが互いの震えを抑え込みながらなんとか眠りについた。
翌朝、私は杖を持って、いつものように村の外れにある森へと向かおうとしていた。静かにドアを開けると、後ろから声が聞こえた。
「クレアー。どこに行くのよ?」
エリスとの約束を忘れていた訳ではないが、月光草採取より今は、昨日の成果を確かなものにしたい気持ちが強かった。
「次の採取は危険だし、延期ということにならないでしょうか…。」
無情にも私の願いは通らず、襟元を捕まれて店の方へと連行された。そして、エリス先生の座学が始まってしまう。
「…。だからいい?月光草は最初の一本を見つけることが何よりも大事なの。私たちの村からは護衛団を含めて二十人くらいが向かうことになるけど、人海戦術で最初の一本を見つけることになる。暗闇の中で光っているから簡単だと思っているなら大間違いよ。なぜなら、木々が月明かりを遮っているからね。それでも最初に見つけた功労者には…」
泣きたくなってくる話に耐えていると、希望の光の如くカイルが店にやってきた。
「服屋に案内してくれないか?騎士団であることは伏せておいたほうが、都合がいいだろう。」
私はすぐに立ち上がった。カイルの腕を右手で掴み、店の外へと連れ出した。もちろん、左手には杖がある。引き止められる間もなく、私たちは走り出す。エリスも慌てて追いかけるが、すぐに観念したようだった。
「夕方には帰ってくるからー!」
(服を買いに行くだけで夕方になるわけないでしょ。まったく…)
逃げ出したクレアに対し、エリスは何故か笑っていた。
第七話、読んでいただきありがとうございます!
次の満月の夜が第1章の佳境になります!それはまあ流石にクレアたち行くよねっていう感じではありますが、本物語では今後の大まかな展開を予想しやすいように構成していくつもりです。