第八話 「亀裂」
「クレアの夢は魔女になることなんだろ?」
カイルと村の服屋へ向かっている最中に唐突に私に話しかけてきた。ドキッとしつつも何か話の続きがあるような口ぶりだったので、私はその問いに答えず待っていた。
「あまり強力な魔法を覚えると、アークトリアに目を付けられるから気をつけたほうがいい。この村は平和すぎるがゆえに悪目立ちする可能性があるからね。」
私はカイルが本当にアークトリア騎士団であるのか疑わしくなってきた。それは、カイルの言葉にカイル自身が私の夢を取り締まる志を感じられなかったからである。
私はカイルの真意が知りたくて、勇気を振り絞って聞いてみた。
「私は魔女を目指しているよ。カイルは私を捕まえなくていいの?」
「ははは。僕に自国への帰属意識はないんだよ。あるのはアースさんへの忠義だけだ。だから、魔女になることを止めはしない。クレアが僕らの敵になるとは思えないしね。」
なんだか、副団長が私たちの護衛にカイルを任命した理由が、なんとなく分かった気がした。
しばらくして服屋に着くと、カイルに似合いそうなものを私が楽しげに選び始めた。
「手持ちが少ないんだ、一番安いものでいい。」
ワクワクしながら選んでいる私とは対極的に、カイルは冷めた発言をする。そもそも何で私が楽しんでいるのか分からなかった。それでも、無関心すぎるその態度に納得がいかず、私が選んだ服をカイルに提案する。
「高い…。手持ちが少ないと言っているだろう…。」
「足りない分は私が出すから!これにして!」
カイルは渋々了承し、その場で新しい服に着替え終えた。
最低限の目的を果たしたが、そのまま帰路に着くわけがない。私は森の方へと歩き出す。方向を間違えていることを指摘するカイルに本来の目的を説明すると、何故かカイルもついてきた。
いつもの練習場所に到着した。私は目を閉じ、森の静けさの中でわずかに聞こえる風の音を感じながら、心を落ち着かせた。昨日発現させた魔法の感覚を体に蘇らせ、杖を構える。
自分の魔力量を自覚し、小さな光を意識した。すると、またしても青白い光が出現した。その光はふわふわと宙を舞い、やがて儚く消えた。
クレアの魔法が偶然ではなく、確かなものになった瞬間である。そばにいたカイルは黙ってその姿を見届けていた。
私の心の中に自信が湧き上がってくる。次は光ではなく、小さな火を想像しながら杖を構えた。光を出現させた時とは違う感覚が手に伝わってくる。
…その瞬間、杖の先端には小さな火が灯っていた。その杖はまるで、大きなマッチのようであった。
「すごい…。」
私の魔法を見届けていたカイルがつぶやく。着実に上達した実感はあったものの、脆弱すぎるその魔法に私の心に不安が募る。
「昨日初めて一つの魔法を発現せたばかりだというのに、早くも二つ目の具現化ができるなんて…。」
なに?すごいの?副団長のような豪快な魔法を使えるようになりたいのに。私は魔法の発現には成功したものの、魔力量という生まれ持った才能がものを言う課題に直面してしまった。それでも、私はその後も小さな火を発現させる魔法を何度か繰り返し練習した。
しかし、無情にもその時は訪れた。
「魔力切れだね。」
私は深く落胆する。最大の欠点に気づくことはできた。いや、最初から魔力量の少なさは自覚していた。ただ、私は目を背けていただけなんだ。
落ち込むクレアの姿を見たカイルは、居た堪れない気持ちになり声をかける。
「魔力の少なさを補う方法なら一つだけ知っている。ただこれは…」
その喋り出しを聞いて顔をあげた。私はどんな方法なのか期待が膨らみ、かつて無いほどの集中力でカイルの話に耳を傾けた。
「ただこれは、クレアにはおすすめできない。それでも聞く?」
私は黙って頷く。
「広く知れ渡ってはいないけど、この世には人や魔物から魔力を吸い取る、《吸収魔法》という特殊な魔法があるんだ。僕も詳しい方法は知らない。でも、以前立ち寄った村に《吸収魔法》を研究しているという魔女に出会ったことがある。その魔女の名前は【セレシア・ナイトフォール】。」
なんとも不気味な名前だ。その後も話は続いて、カイル曰くその村へはここから歩みで5日はかかる所にあるそうだ。魔物との遭遇は避けられないらしい。たとえ、その魔女に出会えても私に教えてくれる保証も習得できる確証もない。それでも、目の前にある希望を捨てたくない一心で、私は無理を承知でカイルに懇願する。
「お願いカイル!私をその村に連れてって!」
「《吸収魔法》はアークトリアから脅威魔法認定されている。習得が知られれば、クレアは間違いなく制裁されることになるよ。その覚悟はある?」
誰からも支配されない、自由な村を作る。力を手にしてアークトリアなんて跳ね除けてみせる。私に迷いはなかった。大きく胸を張り、私はカイルを見つめて頷いた。
「出発は2日後、長い旅路になるから準備は万端にしよう。これは服を選んでくれたお礼ということにしておくよ。それに僕も、剣を振るわないと腕が鈍ってしまうからね。」
その夜、私は少し長い旅に出ることを家族全員がいる場で伝えた。家族に嘘をつくことは出来ない。エリスとの約束も破ることになる。だから私は何一つ隠すことなく、旅の目的を全て話した。
「…だから私は《吸収魔法》を覚えたいの!!」
「今のクレアに魔物から身を守る術はないのよ。昨日だって危ない目に遭ったそうじゃない。私は反対です。」
ミリーゼさんが最初に意見を言う。それに乗っかるようにハンスさんも私の心配を危惧して、反対の意思を示す。
「確かに…。クレアがこれ以上危険な目に遭うのは心配でなあ。」
「道中の魔物は僕が倒します。クレアの身の安全は保証できるかと。」
カイルがそうは言っても、二人の表情は曇ったままだった。どうしても私を送り出したくないのか、ミリーゼさんが急所をついてくる。
「その、《吸収魔法》っていう魔法は脅威魔法なんでしょ?万が一クレアがそんなものを覚えたら、今後も危険が付きまとうじゃない。」
私はそれを説得させられるだけの力も材料もなかった。正論がない今、私は心から溢れ出す強い思いを使って、熱量だけで押し切ろうとしていた。
「カイルがいる今しかこのチャンスはない…。私は目の前にある可能性を逃したくないの!それに力を手に入れればアークトリアだって跳ね除けられる!だから行かせて!」
沈黙が訪れた瞬間、重く淀んだ空気が部屋を満たす。エリスは、それまで一言も発していなかった。その瞳は揺れ、何か言いたげに唇がかすかに動いた。けれど結局、彼女は言葉を選ぶことなく、ただ俯いたまま自室の方へと背を向けた。
信じていた。エリスだけは、私の夢を理解し、味方になってくれると。家族全員が反対する中で、彼女の一言が支えになると信じていた。
けれど、その希望は、静かに、無言のまま扉の向こうへと消えていった。
――バタン。
閉じられたドアの音が、胸の奥で何かを強く断ち切った。私の中で、何かが崩れ始める。そのとき、ハンスさんが、優しさを滲ませるように口を開いた
「きっと他にいい方法があるかもしれないだろう…。エリスだってクレアのことを思って…」
もう、私の感情は抑え切れなくなっていた。心の中でずっと思っていたこと、けれど絶対に言ってはいけないこと。本心と嘘の狭間にあるこの気持ちを、涙を堪えて思いっきりぶつけた。
「もうやめて…! いつもいつも、心配ばっかりして…! 二人は本当のお父さんとお母さんじゃないのに! 私の夢を邪魔しないで!!」
私は家を飛び出した。行く当てもないまま走り出す。村の暗闇が私の心を孤独に引き裂いていく。だが、すぐに足が止まった。
どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
どうして逃げ出してしまったんだろう。
胸が苦しい。息が詰まりそうだった。夢を守りたかっただけなのに。信じてほしかっただけなのに。私は後悔の念に押し潰され、その場で泣き崩れた。




