出港
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
船を出す出さないで、ひと悶着あった。もう夕暮れだから、明日にしよう、という大半の意見を蹴って、川島は、直ぐに船を出すよう、強く主張した。
「今から船を出せ。」
日が暮れれば、夜になる。夜に船を出すのは、危険だ。それは、川島も承知している。しかし、川島は、こちらに長くいない方がいい、という気持ちを強くしていた。自分に課せられた用事だけを果たし、早々に元の生活に戻った方がいい。休みが残り少ないというのもあるが、こちらにいる時間が長くなればなるほど、何かに巻き込まれてしまうという予感がある。それも避けたい。
このような手合いの物語は、古今東西、フィクションの世界では、あふれている。神話、伝説、小説。漫画、映画。巷で人気の異世界もののことではない。それらの物語の伝統的な構成では、主人公は、現実世界で悩みを抱えている。何か鬱屈していたり、難儀な状況に陥っていたりしている。そして、違う世界に足を踏み入れ、そこで何かに巻き込まれ、困難に立ち向かい、悟りを得て、人間的成長を遂げる。そして、元の世界に戻り、持ち帰った経験値で、現実世界で自分の置かれた状況を打破する。
川島は、仕事の悩みは、仕事でしか解決しない、と考えている男だ。だから、現実の悩みは、現実でしか解決しない、と考えている。ここで、人間的成長を遂げるような出来事はない、と断じる。
そもそも、生きていく上で、なりたい自分になり続ける、あるいは、自ら定めたルールに則って行動する。その蓄積で、人となりは構築されていく。よく、三十を超えたら性格は直らない、という。直らないのではなく、直さないのだ。今更、直せないのだ。それまでの生きてきたやり方で構成された、自分という人間は、変えられない。もう変えようのないところまで来る。その大体の年齢が、三十前後である。三十をこえて、それまでの自分を捨てて、自らを変えることができる者は、ごく限られた者たちだ。
老境に至り、諦観によって、変わる者もいるだろう。丸くなる、という表現がそれかもしれない。また、何か、例えば大病を患うとか、人生設計においてイレギュラーな衝撃があって、世界が変わる者もいるだろう。
だが、川島はまだ、丸くなっていないし、血圧が少し高いくらいだ。ここで何を経験するのかは、未知数だが、そう簡単に、性格は変わらないだろう。
ここでは、人間的成長よりも、人間的解放があるのではないか、と懸念している。
ここでの自分の行動の節々に、現実世界では考えられない言動が混ざっていることを、川島は認識し始めた。ここに長く居てはいけない。タガが外れる前に、早々に現実世界へ戻った方がいい。
だから、詰め寄った。
「いいから早く船を出せ。」
ほら、こんな語気の荒い言葉を、初対面でそう簡単に、川島は投げない男の筈だった。
川島は、言い直した。
「頼むから、船を出してくれ。」




