聖地
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
知る人ぞ知る、例えるなら地元で有名な夜景スポットくらいの知名度だったものが、恋人たちの聖地だとか言われ始めた頃には、一気に全国に広がっていった。それは海の見える公園だったり、展望台だったり、とにかく景色のいい場所が多い。景色がいいからには、高かったり、開けた場所になるから、安全の為に柵がある。柵に金網のフェンスが使われていると、菱形にしても縦横の格子にしても、金網には、南京錠をかけやすい。そして、鍵をかける、という行為が、恋人たちにとって、愛を誓うデモンストレーションになる、のだろう。行く先々、運転の小休止で寄る、道の駅やサービスエリアで、併設されている展望台のフェンスに、たくさんぶら下がっている南京錠をみつけては、ここもそうなのか、というくらいの気持ちだったが、大流行すると、風情もへったくれもないくらい、大量の南京錠がぶら下がるようになった。
菱形金網が伸びて、まるでフェンスが悲鳴を上げているようで、見ていて辛かった。
もう二度と離さない、とでも言いたのか、南京錠をかけて、鍵を捨てる奴らもいる。少数なら、被害も少なく発覚しにくいが、多数になると、見過ごせない状態になる。聖地は、公園だとか展望台だとか、公共の場所が多かったように思う。いつしか、マナーを守ってもらう為に、ローカルルールが厳しくなると共に、ブームは下火になっていった。今では、南京錠がかけられているフェンスを見かけなくなったが、まだ、どこかで、やっているのかもしれない。
南京錠は、同メーカーで同ナンバーのものなら、だいたい同一キーだ。川島の会社のグループは、あるメーカーのあるナンバーの南京錠を、共有施設の中でも軽微な有象無象の設備で、簡易な施錠方法として、採用されている。グループ社員なら誰もが、そのナンバーの鍵を持っている。
聖地での南京錠が飽和状態にあった時代。あるサービスエリアの売店で、コーヒーを買おうと立ち寄ったら、南京錠が商品棚に並んでいた。ポップで、恋人たちの聖地がどうの、と謳われている。まさに、グループで共有している南京錠のメーカーだった。持っている鍵のナンバーも売られている。
まさか、と思い、展望台に行くと、そのナンバーの南京錠が多くかけられている。共有に採用されるくらいの大きさの鍵だから、最も扱いやすい大きさだ。ここでも、やけに目に付くくらい、多くかけられている。
フェンスの泣き叫び声が聞こえたような気がした。それは、魔が差したと言ってもいい。
持っている鍵で、川島は、南京錠を開けてしまった。
夢中になって何個も何個も開けているうちに、ハッとして、手を止めた。
何をやっているんだ。
そこで、目が覚めた。
南京錠の開け閉めが、頭のどこかにこびり付いていて、昔の記憶と結合し、そんな夢を見てしまったのだろう。
窓がないから、朝かどうかは分からないが、格子の向こうが少し明るいから、朝なのだろう。
鍵がない、鍵はどこだ、と騒ぐ声が聞こえる。
川島のポケットの中にあるわけだが。




