人は見た目が10割
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
守衛が居る規模の工場で、工場が稼働しながらの改修工事。工事関係者の入退場については、当然、厳格なルールが課せられる。改修工事の担当は、新見が任ぜられた。いい加減な管理(本人は、決していい加減な管理をしたつもりはなく、それがまた、始末が悪いのだが)をした新見は、わずか2週間足らずで、先方の責任者から、出入禁止だ!と追放された。新見も悪いが、そうなるとわかっていて、新見しかいないからと放り込んだ会社も悪い。
先方との関係性が、マイナスからスタートする川島の立場は、きわめてしんどいものだった。
川島は、仕事中、身なりに気を使わない方だ。本来、怪我によるリスク軽減の為、長袖が大原則だが、腕まくりをするし、ろくにボタンも留めない。上着をはだけ、アンダーは、海外のバンドTシャツだったりする。洋楽を聴くわけではないが、ダサいとカッコいいの狭間にある、絶妙なテイストが好きなのだ。年を取って、ファッションは、誰かに見られることを意識するよりも、自分の好きなもの、着心地の良いものにシフトしていった。その辺を歩いているおじいさんたちを眺めて、おそらく、自分は、ループタイを締めるようなパリっとした紳士のおじいさんではなく、ダサいラフな恰好のじじいになるんだろうな、とぼんやり将来の姿を見据えている。
川島の持論として、人は見た目が10割、というものがある。
大先輩宮田も、宮田の影響で川島がそうなったのか、資質が似ていたのかはわからないが、宮田も、身だしなみには、杜撰だった。社内で、出世コースに乗ってはいなかったが、各派閥から重宝されていたので、ある程度のポジションは与えられていた。しかし、宮田がパリッとした姿をしていたのは、年に1回見るか見ないかだったから、外野からは、そんなポジションの社員には、到底見えなかった。
初見の営業に、名刺も渡されないので、上役から、せめてもう少し立場らしい恰好をしてくれ、と懇願されていた。宮田も、営業を試しているわけではないが、はじめて訪れた会社で、見た目だけで名刺を渡すのを渋るような奴とは、俺は仕事できないよ、と返していた。そういうことじゃなくて、それなりの身分の者は、それなりの恰好をする責任がある、というのが、上役の反論だった。
川島も同じような立場になって、宮田と似たようないでたちだから、同様のことが起こる。確かに、その営業に悪いと思わないでもない。分かりやすくしてやった方が親切だとわかる。世の中は、持ちつ持たれつだし、試す、という行為は、必要だが、少しだけ嫌いだからだ。それは、自分が試されるのが嫌い、という感情に起因するのだが。どちらにせよ、名刺を渡しやすくするよう、役職にあった恰好をしていなかったのは、悪いと考えているが、それでも名刺を渡さない方が失礼、という方が強い。
川島は、名刺を渡さない奴は、自分と仕事をする気がない奴だ、と判断している。
閑話休題。
川島が身なりに気を使わないのは、自分が外交メインの営業畑ではないからで、近隣の挨拶とか、そういう時は、気を遣うことにしている。接する相手、客先にとって、社員は会社の窓口、というのもまた事実だからだ。
だから、つまり、川島は、苦手な、きちんとした服装で、その仕事に挑んだ。いい加減な管理をしてしまった担当者の後任の服装が乱れていたら、先方は、どう思うか。
おのれ、新見。
上司から交代を告げられたミーティングルームで、新見への恨みが湧いた。交代劇に、少し食い下がった。後任の自分が、前任者よりも格下でいいのか、と。しかし、上司からは、お前しか新見の尻は拭えないだろう、と頼み込まれた。それが、社内での川島の役割だった。
おのれ、新見。
こういう場合、交代する場合、前任者が後任者にかける言葉はまず、申し訳ない、だとか、すまない、だろう。新見が、川島にかけた言葉は、ありがとう、だった。よりにもよって、ありがとう。何がありがとうなのか。
「ありがとう川島ちゃん。これが引き継ぎの資料。あとヨロシクね。」
おお、なんだ、この男が新見に重なる。新見に似ても似つかない、目の前の男が、川島には、新見に見えてきた。
工場の改修工事では、厳正に、粛々と、入退場のルールを各社に守らせた。前もって書面で各社に事情を説明して、各担当者に電話連絡して協力を呼び掛けた。運送会社の都合もあるのだろうが、こちらも都合がある。時に声を荒げては、時間通りに来なかった搬入車両を追い返したこともあった。
「マニュアル通りばっかりじゃいかんよ。少しは頭を柔らかくして、融通してくれないと。」
こういうことを言う奴が、一番ルールもマナーも守らない、自分勝手な奴だ。今の川島なら、角が取れて多少は丸くなっている(つもりだから)、そんなことを言わずに頼むよ、などとかわしたのだろうが、当時の川島は、今もだが、剛寄りの監督である。全面戦争だとばかりに追い返し、運送会社の責任ある立場の人間から、書面で、工場宛てに、詫び状を提出させた。
このような経緯もあって、ある種、不可抗力な事態だったが、一部の運転手から嫌われたり、運送会社の社員から、面倒な監督というレッテルを貼られることになった。
代わりに、数は少ないが、ちゃんと真面目にやっている運転手からは、一定の信頼を得た。
新見が暴走したのも、先方から、いい加減な管理と断ぜられたのも、おそらく、こういった手合いの、融通を利かせろ、とのたまった運転手どもの言い分を、気のいい新見が聞き届けているうちに、そうなってしまったのだろう。
「前の監督さんはやってくれたよ。」
だから、居なくなったんだ。ルールを破れと運転手どもが唆したから、居なくなったんだ。
おお、どうしたことだろう。目の前の男が、あの一番、粋り倒してきた運転手の顔と重なる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ…。」
目の前の男は、狼狽えていた。
「つ、通行手形を落とすと、し、し、し、死罪に…な、なるのか…?」
「い、いや、そんなことはない!」
「だ、だって…。」
男が川島を指差す。
川島は、他人の顔を指差すとは、失礼な奴だ、と睨み返した。




