人間重機
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
朝礼でおこなうラジオ体操を、ダンベルを持ってやったらどうなるのか、という試みを始めたのは、20代半ばだった。少しずつウェイトを増やしていったが、ある時を境に、頭打ちになった。
面白がった職人から、ある日、
「やっぱり、プロテインとか飲んでたりするの?」
と聞かれた。
飲んでいなかった。
早速、ドラッグストアなどで売っている、有名メーカーのプロテインを買って飲んでみた。すると、3ヶ月で見違えるほど、身体がビルドアップされた。そこから、筋トレに嵌った。
最初は、独学だった。行き詰まると、本を買ったり、インターネットで調べたり。紆余曲折を経て、ぱっと見、一般人とは明らかに違うな、という程度の体つきにはなった。しかし、そこまでだった。
仕事も忙しい、他にも用事がある。マッチョなアクションスターのボディに憧れたりもしたが、筋トレを真面目にやっていて、わかった。それは、何もかもを費やして、ようやく手に入る体だ。自分が、現実的に筋トレに費やせるのは、ここまでだ、という線引きをした。それでも、そこそこの筋量は保っている。
ある改装工事で、取り壊す既設の間仕切り壁の下地が、コンクリートブロックだったことがあった。作業員は言った、これは無理だ、と。明日、斫り機でも持ってこないと、無理だ、と言った。今日中に壊さないと間に合わない、と川島は応えた。無理無理、と作業員は応じない。
川島は、どこからか大ハンマーを借りてきて、コンクリートブロックの壁を叩き続けた。
コンクリートブロックの壁を倒して、
「どこが無理なんぞ。」
汗だくで、息を切らしながら作業員に言った。
「それは、監督だからできるんじゃ…。」
次の日から、その現場では、人間重機と呼ばれた。
川島は、自らの容姿について、平凡であると思っている。確かに、突出して美形でもなければ、不細工でもない。しかし、平凡とは違う。
川島は、体格の割にコンパクトな車を好む。愛車遍歴は、コンパクトカーが多い。
妹は言う。その車を煽った挙句に出てきたのがお兄ちゃんだったら、それは嘘だ!と叫びたくなる。お兄ちゃんは、コンパクトカーから出てくるような人間ではない、と。
更に、妹の証言によれば、街を歩いた時、一人で歩くよりも、夫と歩くよりも、兄と歩いた時が、一番歩きやすい、という。兄と一緒に歩いていて、誰かを避けた記憶がない。こんなにもすいすいと歩けるものなのか、と感動すら覚えたという。
どう表現すればよいのか。みもふたもなく、有り体に言えば、厳ついのだ。
川島が身を置く業界は、職業差別ではなく事実として、厳つい風貌が、他業種と比べて、多い方だ。多様化の進んだ現代においては、多少、話は変わっているかもしれないが、川島が入社したころは、現代よりも、その傾向は、より顕著だった。
厳つい風貌の男社会に埋没しているうちに、感覚が麻痺した。
川島は、自分を、平凡なサラリーマンくらいと思っている。
川島は、自分が思っている以上に、威圧感があることを、自覚していない。
加えて、彼は、瞳の色素が薄く、太陽を眩しく感じるので、常に眉間に皺を寄せている。不可抗力ではあるが、目つきも悪い。
そんな男が、黒のジャージ上下に、白いスニーカー。
もはやそれは、ヤカラなのである。




