灰色の手
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
これが山本の言っていた、灰色の手か!
「グマさん。あそこには何かいる。気をつけろ。」
山本が、妙なことを言い残していた。
「偉いさんには言っていないが、俺は、灰色の手に足を引っ張られて、床下に落ちたんだ。」
冗談にしては面白くない話を、真剣な顔でするものだから、どうリアクションしていいか困った。
「信じてくれなんて言わない。ただ、気を付けて欲しい。」
山本がこの解体工事中に復帰できる見込みは、ない。山本は、ここで退場だ。
山本のケガは、大きなケガになった。しかし、その割にはスムーズに、短期間で工事を再開することができた。近頃は、労災隠しなんて流行りはしないから、そのあたりは、ちゃんと会社と元請けがやったはずだ。自分も聞かれるがまま、事情を話した。もう少しかかると思っていたが、こんなに早く再開できるのは、元請けがまともな会社だからだろうか、などと考えたが、とにかく早く再開できたのは、よかった。
切り替えて行こう。
裏庭が広い。裏から噛もう。足場を組むと、回送車を止めるスペースがなくなるし、重機を回すのも面倒だ。重機は、先に入れてしまおう。
「なんでもいいよー。グマさんの好きにしてー。」
新見は、すぐに了承した。内装も終わり、厄介な外装も片付けた。いよいよ本丸を残すのみ、だ。
重機を搬入し、回送車を若い衆に見送らせている間、重機を裏に回す為に、動かしていた。回送車を見送り、バリケードを簡単に閉じて、若い衆が重機誘導にやってきた頃には、すでに裏庭に回り込んでいた。
「誘導なしは、ダメでしょう。」と、若い衆の顔に書いてある。近頃の若い奴らは、かたい。
もう面倒なルートは抜けていたというのに、それでも若い衆は、誘導をし始めた。新社長の教育がしっかりしているのだろう。自分のような旧いスタイルは、もう通用しない時代になっている。老兵は死なず、消え去るのみ、か。そろそろ一線を退いて、ダンプでも転がそう。そう思い、キャタピラーの前進を止め、アームのレバーを握った瞬間だった。
腕を、掴まれた。
「!?」
レバーを持つ手を、その腕を、灰色の手が掴んでいる。
これが山本の言っていた、灰色の手か!
次の瞬間、腕を強引に動かされた。重機が急旋回し始めた。ぐっと堪えた。止まる。灰色の手が、小椋の腕を掴んでいる灰色の手が、小椋の腕を使って、重機を動かそうとしている。これはいかん。小椋は夢中で耐えた。
挙動があやしくなった重機の様子に、何かあったのかと、若い衆は運転席が見える位置にやってきて、小椋を見た。同時、小椋の視界に、若い衆が入った。いかん!咄嗟に、エンジンを切ろうとキーに手を伸ばしたところを、別の灰色の手に掴まれた。真っ赤な顔をしている小椋を心配して、若い衆が近づいてくる。灰色の手は、重機のアームで、若い衆に襲い掛かろうとした。ぞっとした。
「離れろバカヤロウ!」
生きてきた中で、一番の大声を出した。
小椋は、目いっぱい、力の限り、若い衆と逆方向、社宅のベランダに重機ごと倒れ込むように強引に急旋回した。大きな音と振動がして、腕を掴んでいた手の感触が、消えた。直ぐにキーを抜き取って投げ捨てた。
「グマさん!大丈夫ですか!?」
駆け寄った若い衆に、
「重機旋回内立入禁止だろう。馬鹿垂れ。」
と叱ってから、気を失った。この数十秒の間に、精も根も尽き果てた。真に、力を使い果たして、眠りに就いた。




