川島の顔も三度
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
3日連続で、待ちぼうけをくらっている。
社宅は、内装が撤去されて、窓枠も障子も取り除かれている。外装も、手摺やタラップなんかの鉄ものを除き、手の届くところはほぼ撤去してある。意匠がない構造だけの状態、と言って想像できるのだろうか。化粧を落としたすっぴん、と言った方がイメージしやすいのかも知れない。
後は、養生足場を組んで、散水しながら重機で躯体を噛んで、足場をばらして、土間基礎を食って、と続いていく。
しかし、切の良い所で工事が止まっていてよかった、と川島は思った。
足場を組んでいたら、止まっていた間のリース代を誰が持つかで少し、揉めたかもしれないな。待ちぼうけをくらいながら、微糖の缶コーヒーを一口飲んだ。
「微糖って、甘いよな。」独り言をいって、腕時計をみる。
おそらく、裏にスペースがあったから、そこを重機の取り壊し口であけておいて、残り三方を養生足場で取り囲む。足場を先に組んでしまうと重機が裏に入り難いから、先に重機を入れて、というところで、重機が暴れてしまったのだろう。
そんなことあるのか?素人じゃあるまいし。川島の中で、やはり、違和感は残っていた。
今回は、先に足場を組んでから、重機を搬入することにした。というのも、0.45級は空いていたが、3階建て相手では、少し力不足だ。0.7級の出番だが、ちょうど出払っていて、手配を待っている時間がもったいないから、先に組もうという話になった。
大組は、リスクがデカいからだめだ。事故の起きた現場では特にだめだ。
きっぱりと新田組の山下に言い放った。
「でも、新見さんはいいって…。」
「新見がなんて?」
手間代はどこかで面倒を見るから、現場が現場だから、と説得した。
特にこの現場は、安全第一で行く。しかしその方針なら、足場を組むより先に重機搬入するべきだが、重機は絵島が運転するから、という信頼があった。
しかし、先に重機を搬入できるかもしれない。仮設材がまったくやってこないのだ。
搬入予定日、朝9時の約束が、10時を回ってもこなかった。山下に連絡する。夜9時の約束だったっけ、嫌味を言うと、確認して折り返してきた。もうおろしたという。ずっと朝から川島は現場にいる。念の為、裏に回る。ない。俺にだけ見えない仮設材なのか、と電話を入れる。
よくよく山下が事情聴取をすると、全く見当違いの現場に持って行って、そこの現場にいた人間が、よくわからないまま、ここにおろせ、と言ったから、おろしたらしい。まだ笑い話で済んだ。あるあるだが、こっちがミスした場合の対処には、やはり手間取るし、それになかなか文句も言えないが、自分のところがしでかしたミスのリカバリー速度は、早い。
次の日、朝イチには必ず搬入します、と大見得を切られたが、その日も時間通りに来ない。山下に連絡をとると、運転手と連絡が取れなくなっているという。
夕方にわかった事のあらましは、こうだ。宵積みをして、家の近くにトラックをおけるところがあるからと、そのまま運転手が家に乗って帰ったが、運転手の体調が急に悪くなり、トラックは放置されていた。夜中だけならいいだろうと置いてあったらしいが、本来、勝手に駐車していい場所ではなかったらしい。常習的に、以前から何度もとめていたのだろう。さすがに昼間までの置きっ放しは看破できないと、近所の人間に通報されて、運送会社とリース会社は、関係各所から、しこたま怒られたらしい。
今度こそ、明日の朝イチに搬入する、と昨晩、山下が言っていたが、もう10時だ。朝イチという概念というか、共通認識としては、8時台までだろう、と川島は考えている。人により、業種にもよるだろうが、9時台が朝イチに当てはまると言われれば、否定はできない。100歩ゆずったが、10時は朝イチとは呼べない。
山下に連絡しようとしたら、向こうから掛かってきた。
「川島君。トラック、事故ってるわ。」
山下の声は、若干開き直ってはいたが、ここまでくると流石に怖い、とも言っていた。
「1度、お祓いした方がいいかもしれない。」
山下と同じことを、経緯を聞いた絵島も言った。
「お祓いねえ。」
川島は、乗り気ではなかった。




