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第2話 願いの代償

セツナは錬金術を諦めて、別のものを探すことにした。

様々な人々と言葉を交わし、沢山の情報を集めた。


──吹き荒ぶ氷湖の『人魚(メロウ)』。

その肉を口にすれば、不老になるという。


──煮え滾る活火山の『火蜥蜴(サラマンダー)』。

その生き血を啜れば、不死になるという。


──漆黒の森の迷宮の『牛頭巨人(ミノタウロス)』。

その骨を砕いてかければ、魂を肉体へ呼び戻すという。


──絶界の死の渓谷の『不死者(ノスフェラトゥ)』。

その魂を捧げれば、肉体を失っても生まれ変われるという。


どれも伝説級の代物であり、並大抵の苦労では手にすることができない。

それからのセツナは人が変わったように、それらを追い求めた。


そして、数々の冒険の果てに、セツナは不死者以外の物をすべて入手する。

これらの物にどこまでの効果があるかは分からない。

「どれかひとつでいい。トワの呪いを解けるなら、もうなんだっていい」


セツナはそれらに一縷の望みをかけ、ようやくトワの待つ家へと戻る。



セツナは自分の家に戻ったものの、目の前の光景に困惑してしまった。

「どうしてこんなに家がボロボロなの? トワ! トワはどこなの?」


家の半分は倒壊しており、すでに草木が侵食していた。

「トワ、どこにいるの? 聞いて、きっとこれで貴方の身体を治せるわ!」


だが、どこにもトワの姿は見当たらない。

セツナは、探し回ってベッドのあった場所に辿り着く。


そして、そこで発見してしまった。

かなりの時間が経過していて原型を留めていない()()を。

それでも、セツナは()()がトワだとすぐに分かった。

なぜなら、セツナの置いていった髪を大事そうに抱えていたからだ。


セツナはその場に泣き崩れてしまう。

「嫌だよ。嘘だ、こんなの絶対嘘だよ。トワ、私を一人にしないで……」


セツナは、初めて死というものを目の当たりにした。

最早、トワの肉体は朽ち果て、魂は虚無に囚われてしまった。

彼女は絶望に打ち震えた。


だが、セツナは大事なことを思い出す。

今、彼女の手には、死をも超越する切り札があることを。


だが、セツナは再び絶望することになる。

「嘘よ! 嘘よ……、こんな……」


『人魚の肉』や『火蜥蜴の血』は、生者にしか使えない。

『牛頭巨人の骨』の方は、風化してしまった亡骸には効果がない。

彼女が苦労した物は、どれも今のトワには何の効果もないものだった。


セツナは無気力になって暴れた。家具も壁も壊してしまった。

「ああ! どうしてなの! 私はトワがいればそれで良かったのに!」


結局、トワとは喧嘩別れしたままで再会もできなかった。

謝ることもできず、もはや一生分かり合えない。

「ごめんなさい、トワ……。ごめんなさい……」


セツナは、深い後悔の涙に溺れていくしかなかった。



セツナはそのまま何もせずに過ごした。

どれほど時間が経ったことだろうか。


その時、ふと風か、家の歪みか。偶然に奥の扉が開いていった。

そこにはトワの工房があった。


セツナは、頼りない足取りで中へと足を踏み入れる。

そこには、見たことのない肖像画が壁にかけてあった。

おそらく、トワがセツナをモチーフに描いたのだろう。

セツナに芸術のことは分からないが、上手だとは思えなかった。


だが、セツナの目に涙が溢れ、それを止めることができなかった。

なぜなら、その拙い絵にはトワの愛に溢れていた。


セツナはその絵を手に取ってみた。

すると、その裏側に一言だけ走り書きが添えられていた。


──『愛している』と。


セツナはそれから、死んだように何もない日々を過ごした。

毎日、その絵を見て過ごすだけの日々だ。


そして、ある日。

セツナは、見よう見まねでトワの肖像画を描こうとする。


だが、彼女は今まで絵など描いたことはない。

しかも、記憶の中にあるのは、最後に見たトワの悲しげな表情。


結局、肖像画はいつまでも完成しなかった。



失意のセツナは、ふと麓の町へと降りた。

それは『不死者』のことを思い出したからだ。

その魂を捧げることができれば、トワを虚無から救えるかもしれない。


だが、麓の町へ行くと見知った者はもう誰もいなかった。

それどころか、町並みも随分と変わってしまっている。

「私が知っている人が誰もいない。一体どういうことなの?」


セツナの泣き続けた日々は、相当に長いものだったのかもしれない。

それはもう、彼女の知っている人たちが全員老いて死んでしまうほどに。


そうして、セツナはようやく気付く。

自分こそが『不死者』であることに。

そして、トワを蝕んでいた呪いの正体が『老い』であることに。


不死者の肉体は不老不死であり、朽ちることはない。

だが、魂を失えば、不死者であろうと消滅するだろう。

それに、魂を捧げてトワが転生したとしても、セツナは彼と会うことはない。


そもそも転生してしまえば、別の人間となる。

たとえ会えたとしても、彼はセツナのことを何も知らないのだ。


だが、セツナに迷いはなかった。

すぐにトワの元へと戻り、自身の魂を捧げることにした。


それは自身の死を願い、ただ相手を求めること。

セツナは、殆ど原型の留めていないトワの肉体を抱く。

その行為に、どんな意味があるかは分からない。

彼女は、心からトワに消えてほしくなかっただけなのだ。

「トワ、戻ってきて。貴方のためなら、私はどんな代償も厭わない」


セツナの身体から霧散するように何かが消えていった。

そして、魂を失った彼女の肉体はゆっくりと倒れ、泡と消えてしまった。


こうしてトワの魂は虚無を逃れ、トワは新たな生を受ける。

だが、その人物はセツナのその献身を知ることはなかった。

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