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第1話 賢者の石

深山幽谷(しんざんゆうこく)に行き交う人はなく、野の獣ですら陰に紛れる。

ひっそりと佇む静寂(しじま)に、人知れず隠れ住むのは男女の(つがい)──


女は長く美しい髪の持ち主で、名を『刹那(セツナ)』といった。

このうら若き健康的な者は、せっかちでそそっかしい性格。

良く言えば、積極的で大胆。そして、大らかである。


男の方は長い(ひげ)を貯えており、名を『永遠(トワ)』といった。

この痩せ細った弱々しい者は、おっとりとしていて臆病な性格。

良く言えば、慎重で柔和。そして、生真面目である。


トワは、奔放で明るいセツナが好きだった。

「ああ、セツナ。ボクはキミの笑顔さえあれば、もう多くを望まない」

セツナもまた、思慮深く優しいトワが大好きだった。

「ああ、トワ。私は貴方と一緒に居られるなら、他に何もいらないわ」


ただし、セツナには秘密がある。

彼女の記憶は曖昧で、いつからここにいるかを覚えていない。

それでも彼女が深く考えることはなかった。

「私にはトワがいればいいの。それ以外は些細な問題だわ」


そうして番は、悠久の日々を紡いでいく。

今日も、明日も、明後日も──



数日に一度、セツナは外へ狩りに出かける。

大きな弓と磨き上げたナイフを持って。


トワの方は山菜取りにいくが、いつもすぐに終わってしまう。

だから、彼女を待つ間は決まって工房に篭っていた。


トワはセツナの知らない外界を知っており、豊富な知識を持っている。

そのせいか、彼の工房は不思議なもので溢れ、神秘的な風景であった。

外界で仕入れたという、透明なガラス容器が並ぶ。

そこから、透明な長いガラス管が伸びていく。

ガラス容器には、何やら液体が溜まっている。

中には、ひどく異臭のするものもあった。


セツナが不用意に触れようとすると、トワがそれを必死に押し止めた。

だから、セツナは自然と工房には立ち入らなくなった。



ある日のこと。セツナが狩りから帰ると、トワの姿が見えない。

また工房に籠っているのだろうかと、彼女はそっと中を覗いてみた。

「トワ、帰ったよ。いるの? ──ああ、トワ! しっかりして!」

そこには、床に倒れたトワの姿があった。


トワは衰弱する呪いにかかっており、その症状は深刻だった。

セツナはトワを優しく抱き上げ、寝室のベッドへと寝かせる。

「ありがとう、セツナ。すまないね、キミにはいつも苦労をかける」

痩せ細ったトワの身体は、随分と小さく軽いように感じた。


セツナは寝室を出てから密かに涙を流す。

「トワ、嫌だよ。貴方が苦しむ姿を私は見ていられない」

彼女は現実を受け入れられなかった。



セツナは旅に出ることを決意する、『呪いを解く方法』を探すために。

「トワ、待っていて。貴方の呪いは、私がなんとかする」


トワは引き留める。

「ああ、セツナ。行かないで。どうかボクのそばにいて欲しい」


だが、セツナはその言葉を受け入れない。

セツナにとってトワこそがすべて。

トワの幸せこそが、彼女の生きる意味だった。

「いいえ、トワ。貴方の苦しみは私の苦しみ。放ってはおけないわ」


それからの数日間、二人の口から出たのは同じ内容だった。

行ったり来たりの平行線で、仕舞いには喧嘩となってしまう。

セツナは意地っ張りで、彼女が譲らないのはいつものこと。

「どうして分からないの? 貴方に苦しんで欲しくないだけなのに」


だが、その時に限っては、トワも頑なに譲ろうとしなかった。

「お願いだ、聞いてくれ。ボクの幸せはキミと在ることだけなんだ」


セツナは焦っていた。

こうしている間にも、トワの衰弱は進行していく。

「あんなトワを見ていたくはない。私はどうしたらいいの……」


そして、セツナは何も言わずに家を出ていった。

長い髪をバッサリと切って束ね、書き置きと一緒に残す。

「せめて髪を置いていくわ。トワ、これを私だと思って待っていて」


セツナは疑いもしなかったのだ。

「呪いが解ければ、必ずトワともまた分かり合えるはずよ」



外界へと旅立ったセツナ。

彼女にとって、そこには刺激的な世界が広がっていた。

多種多様な人々、見たこともない建物、色とりどりの景色。

セツナは思う。この世界をトワにも見せたい、と。


そして、ふと考えが(よぎ)る。

「どうしてトワは私と暮らしていたの? 世界はこんなにも素晴らしいのに」


何も知らないセツナとは違い、トワは外界を知っている。

これほど素晴らしい世界なのに、彼はなぜ外界を捨てたのだろうか。

だが、セツナがいくら考えても、その理由は思いつかなかった。


トワの呪いを解くため、セツナは町で情報を集め始める。

だが、呪いを解く方法は一向に見つからない。


奇しくも、その過程でセツナは様々な知識に触れた。

その多くは、セツナにとって未知の概念だった。


──人の『死』。

その先には何も存在しない。

肉体は消滅し、魂も完全な虚無に囚われるという。


セツナは急に恐ろしくなった。

トワが死んでしまえば、もう二度と会えなくなる。

虚無に囚われるトワのことを考えると眠れなくなった。

セツナにとって、それは何よりも避けたい最悪の未来だ。


それから再び懸命に情報を集めた。

おかげで、呪いとは別に有用な情報を掴んだ。


──それは『錬金術』。

高価な金属を生み出し、不老不死の法を研究しているのだという。


そして、偶然にもその施設へ立ち入る機会が訪れる。

奇しくも、そこはトワの工房にとても良く似ていた。

だが、錬金術の知識がないセツナは、その意味を理解できなかった。

それでも有益な情報はあった。


──錬金術による『賢者の石』。

それは『不老不死となり、死者をも蘇生する』のだという。

セツナは、その石を死に物狂いで探した。

「きっとこれがあれば、トワを救うことができるはず!」


だが、見つからなかった。

「どうして? どうして何も見つからないの?」


少しずつ全容があきらかになっていく。

『錬金術』とは、詐欺師の常套句でしかなかった。

不老不死を餌に人々から金を巻き上げる。

ある意味、それこそが金を生み出す錬金術だった。


つまり、不老不死の法など最初から無かったのだ。

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