第26話 シアと紗季さん
俺がラノベ作家デビューを果たしてから早五年、その間ずっと俺の担当編集を受け持ってくれたのが紗季さんで、その関係は実は夢原より長い付き合いだったりする。
それだけ長い間接してくればこの人のことも色々と見えてくるものがあるわけで。
俺から見た紗季さんはとてもストイックな人だ。
こうやって俺が締め切りに遅れたら直接ここに来て、仕上がるまで待つように、他人に厳しく、自分に厳しい。
真面目が服を着て歩いているようで、正直少し近づきにくく思う人もいるかもしれない。
だからかな? 具体的な数字は知らないけど、夢原が言うには二十代後半で男っ気が全くないらしい。
それはもう、彼氏どころか男友達の名前ですら聞こえてくることが無いみたいで、もしかしたら交流のある異性は天斗くんだけなんじゃないかなぁ? って夢原が言ってたくらいだ。
しかもそんな状態は今に始まったことではなく、紗季さんが俺の担当編集になる前、俺が高校一年生の時、つまりは五年も前からずっとらしい。
というかヘタをしなくても学生時代も同じような感じだったんじゃないだろうか? そんな気がありすぎる。
そして、そのせいかどうかはわからないけど、紗季さんは恋愛ごとというか男女のことになると、とたんに面倒くさくなる。
前も俺と夢原が同じ学校だって知った時にはすごくめんどくさかった。やれ、なんてベタな展開で今時流行らないだの。やれ、私が担当する二人が爛れた関係になるのは許さないだの。
うん。すごく拗らせてて、とにかく面倒くさいんだ。
そんな人がシアという女の子がさも当然と家にいたらどう思うだろう? 絶対に邪推して変な方向に勘違いをしてとてもめんどくさくなるに決まってる。
今だってほら、勝手につかつかと入っていったと思ったら、どっかりと椅子に座って不機嫌そうにこっちを睨みつけてくる。
「アマト先生、早くこっちに来てください。どういうことかしっかりと話してもらいますから」
「もぉ、紗季ちゃんもそうやって攻撃的になるのはよくないよぅ」
紗季さんと一緒に上がっていった夢原が宥めてるけど、俺に向けられる切れ長の瞳は鋭いまま。
絶対勘違いしてるんだろうなぁ‥‥‥俺が締め切りに間に合わなかった理由がシアとうつつを抜かしていたせいだと思ってるんだろう。
はぁ‥‥‥と、ため息をついて、どうやって誤解をといてシアのことを説明しようか考えながら俺もリビングに向かおうとすると、袖をちょんちょんと引っ張られる。
顔を横に向かると、シアが紗季さんに厳しい目を向けながら小さな声で聞いてきた。
「天斗、あの人は誰ですか? 私と天斗の愛の巣に勝手につかつか入り込んできて失礼じゃありません? ‥‥‥灰にしてやりましょうか?」
「そんな物騒なことせんでいい。確かに、ちょっと横暴なところはあるけど、知らない仲じゃないしそんなに目くじら立てなくていいよ。あと、愛の巣なんて言い方はあの人の前では絶対に言うなよ」
「私たちの関係は二人の秘密ってことですね! なんかドキドキします!」
「そんな大層な関係じゃないだろうが‥‥‥まぁいいや、とりあえずシアはおとなしくしてろよ」
シアとこそこそ話してることに訝しんだのか、紗季さんの目つきがさらに厳ついものになっていくのを感じて、俺はシアを連れてそそくさとリビングに向かう。
その間もまるでレーダー光線のような視線が突き刺さっていて、自分の家なのにすごく居心地が悪かった。
適当にお茶を人数分用意して、俺はシアの隣に座る。席の位置は俺の向かいに紗季さんがいて、シアの向かいには夢原。まるで気分は高校の時の二者面談。
隣に座ってるシアも、正面の夢原ににこやかに手を振られてちょっと気まずそうだ。この前の居酒屋に行った時のこと気にしてたみたいだし。
そんなこんなで場所のセッティングか完了すると、さっそく紗季さんが話し始めた。
「それで、アマト先生。そこの彼女はどなたですか? 私はあなたに恋人ができたなんて聞いて無いのですが?」
「え、えーっと‥‥‥」
じー--っと視線で射抜いてくる紗季さんから目を逸らしながら、俺はどう説明したものかと考える。
当然、シアが吸血鬼であることは絶対に言えないし、夢原の時も思ったけど親戚とかいうのは苦しいだろうし、かといって恋人って嘘つくのもなぁ。
紗季さんが今より不機嫌になるのは目に見えてるし、しかも今は隣にシアがいるんだから、そんなこと言ったらシアが暴走しそうな気がする。というか、恋人ができたら俺はこの人に報告しないといけないんだろうか?
「‥‥‥えっと、実は今日たまたま来ていた友達で——」
「さっきここに来る時に廊下で見えましたが、あの物置部屋がかたずいていてダブルベットが置かれてましたよね? それに入ってみて前とは違う空気を感じます。その言い訳は厳しいのでは?」
「‥‥‥はい」
うぐっ‥‥‥バレてる。シアが居候していて同居状態になってるのは完璧に見抜かれてる。ここでダブルベットが仇になるとは。
でもまぁ、そうだよなぁ。今日届いたばかりでまだ一度も寝てないとはいえ、ダブルベットは普通二人用のベットな訳で、そしてそこに住むのが男女であれば十人中十人が恋人関係だって思い込む。
だから肯定しちゃえば納得はしてもらえるかと思うけど、紗季さんが不機嫌にさらに磨きがかかるだろうし、なによりシアが今後どうなるか怖い。
別にシアのことは嫌いじゃないし、慕ってくれるのは嬉しい。けど、そこで自分を戒めないとずぶずぶの泥沼にはまりそうだ。
さっきだってちょっと絆されそうになってたし、それでなし崩し的に関係を持ってしまうのは絶対よくないと思う。自分のためにも、なによりシアの為にも。
‥‥‥うぁぁぁぁぁぁぁ! もういっそ、この場は恋人関係を認めて、シアが何かして来ようとしたら今までより強く抵抗するか? でも、シアは吸血鬼だしなぁ‥‥‥本気を出されると、俺は無力。
そんな風に頭をぐるぐると回してると、一向に喋らない俺にしびれを切らしたのか、紗季さんがため息をついて叱るように俺を見つめてくる。
「いいですか天斗さん。私はあなたが恋人を作ることは妬まし——いえ、どうでもいいです」
「いや、いま妬ましいって——」
「ごほんっ! 話をそらさない」
「‥‥‥」
話を逸らしたのはこの人では? なんだか理不尽に思いながら俺は話を黙って聞く。
「同棲も結構でしょう。しかし、それでやらなければならないことをやっていないのは問題です。文章を書く速さは作家それぞれで、あなたは遅筆ですからある程度余裕はもってますが、こういった理由では強く注意せざる負えません」
紗季さんの言うことはごもっともだし、そう言う口調はさっきまでの理不尽とは違い、出来の悪い子供を叱るような感じだった。
「あなたはまだ学生の身ですが、特殊な環境で既に社会に一歩踏み入れています。今年で年齢も二十歳になり、立場はもう大人と同じです。そのことにもっと自覚をもってください」
紗季さんとはさっきも言った通り、五年前の高校の時からの付き合いだ。出会ったころは俺もまだまだ田舎から出て来たばっかの子供で、いきなり作家デビューが決まって右も左もわからない俺を引っ張ってくれた人だ。
担当編集で、人生の先輩で、ちょっと歳の離れた姉のような存在。
きっとそれは紗季さんも俺に対してそう思ってくれていて、だからこそそれが理不尽に思えても、俺のことをしっかりと考えて言ってくれているということが分かる。
だから俺は、紗季さんの言葉をしっかりと噛みしめて、締め切りに間に合わなかったことを改めて謝ろうとして。
——バンッ!
しかし、隣から大きくテーブルを叩く音がして。
驚いて隣を見ると、ルビーのような瞳に炎を燃やして、紗季さんを睨みつけるシアがいた。




