12、留守
「アンナ、本当に大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。3日間くらいお留守番出来ます」
セイフィード様はこれから、火竜の所と、ダークエルフの所と、ドワーフの所に伺う。
ダークエルフとドワーフの所で一泊ずつし、3日目に帰ってくる。
火竜の所には、私が作ったクッキーを届ける。
セイフィード様は、火竜が城に来て欲しくないので自ら届けるとのこと。
もちろん私も、もう火竜とは会いたくないので、届けてくれるのは有難い。
けれど、セイフィード様に何か起こらないか心配だ。
「はぁ⋯⋯。不安だ」
「大丈夫ですって。私はセイフィード様の方が心配です。火竜、本当に襲って来たりしませんか?」
「火竜は問題ない。守人を傷つけるような事はしないからな」
「そうなんですね⋯⋯」
「ふぅ⋯⋯。ストラス3号とウィステリア様もいるから心配はないと思うが⋯⋯、やはり心配だ」
セイフィード様は頭を抱えながら何度も溜息を付いている。
私の事、心配で心配で仕方がないみたい。
でも、ストラス3号とウィステリア様は実体化していて、この3日間は私を警護してくれる。
それにお城は安全なのに⋯⋯、ほんと、セイフィード様って心配性だな。
「私、城から出ませんし、大人しくしてますから心配しないで下さい」
「ああ。あと、アンナにこの水鏡を渡しておく。これは離れていても会話が出来る魔法道具だ。そうだな、夜の9時くらいにアンナに話しかけるから、この水鏡の前で待機しておいて欲しい」
水鏡は丸い器に水が入っていて、まるで水晶玉のよう。
「はい。わかりました」
「じゃあ、行ってくる」
「セイフィード様、行ってらっしゃい。チュっ」
私は念願だった行ってらっしゃいのキスをセイフィード様の頬にしてみた。
セイフィード様は物凄くビックリし口をポカンを開ける。
そして、みるみるうちにセイフィード様の頬が赤くなり、それを隠すようにセイフィード様は急いで銀色の鳥に乗り、すぐに飛び立ってしまった。
「さーって、今日、明日は、思っ切りダラけよっと」
私は自分の部屋のソファーの周りにお菓子、果物、パン、紅茶を手の届く範囲に置く。
またソファーには、フカフカのクッションを数個置き、その上に私が寝転び、お気に入りのブランケットを掛ける。
すぐ隣にはストラス3号と、テリア様が仲良く小競り合いをしている。
そして私の手には、一冊の本がある。
フフフ⋯⋯、とうとう私は見つけてしまった。
夜の営みに関する本を!
昔、一夫多妻の国から選ばれた守人が13人の夫人を連れて魔界に来たらしい。
その夫人達の正妻に当たる人物がこの本を書いた。
本の中身はその正妻の日記だ。
13夫人達の頂点に立つ正妻が書いた日記なら、きっと夜の営みについて書かれているに違いない。
人の日記を読むのは少し良心の呵責を感じたが、好奇心の方が勝ってしまった。
私は早速、ページをめくる。
⋯⋯⋯⋯。
なんだこれ⋯⋯⋯⋯。
物凄く怖い日記なんだけど。
正妻は守人ジン様が好き過ぎて夫人3人も殺している。
8人の夫人は結局人間界に帰ったけど、残された正妻と第10番夫人のバトルがとても恐ろしい。
第10番夫人は守人ジン様に愛され過ぎて人間界に帰りたいのに帰れず、さらに正妻から毒を盛られて不妊になってしまう。
それがきっかけで第10番夫人は精神破綻をきたし、自殺。
守人ジン様も第10番夫人の自殺のショックで精神がおかしくなり、最後は正妻に殺されてしまう。
これは、本当に実話なのだろうか⋯⋯。
事実は小説より奇なりって言うけど、本当にその通り。
って、夜の営みについて何も書かれてない、全然Hな本じゃない。
というか、ある意味ホラー本だ。
せっかく、楽しいお一人様を満喫しようとしたのに、一人が逆に怖い。
きっと他人の日記なんて読むからバチが当たったんだ。
さっき別れたばっかりなのに、早くもセイフィード様に会いたくなってしまった。
私は気を紛らすために、謁見の間で魔王ごっこをして楽しむ事にした。
もちろん私が魔王。
私はセイフィード様のマントを羽織り、テリア様の杖を持ち、ストラス3号は私の従者。
それに対して、勇者はルン、賢者役はテリア様。
しかし、ストラス3号とテリア様は、戦いに熱が入り過ぎて、謁見の間の壁を大きく破損させてしまう。
執事ゴブリンに相談したけど、修復には一週間ぐらいかかるとのこと。
とてもまずい、誤魔化しきれない。
はぁ、セイフィード様に謝らないと⋯⋯。
そしてセイフィード様とお約束した夜の9時になる。
すると水鏡が一瞬白く濁ると、セイフィード様が映った。
「わぁ。凄い。セイフィード様が見えてます。私のことも見えてますか?」
「ああ、見えている。今日一日、問題無かったか? 大丈夫か?」
「ええっと⋯⋯、実は問題が発生しまして⋯⋯」
「何があった? アンナは大丈夫なのか?」
「実はですね⋯⋯」
私は謁見の間で壁を壊してしまった事を説明した。
必然的に私が魔王になったこともバレてしまう。
「アンナが無事ならいい。それにしても、アンナが魔王か⋯⋯。俺も今度、魔王になったアンナを見てみたい」
セイフィード様は手で口元を押さえ、笑いを堪えている。
「じゃあ、セイフィード様は私の従者になってください。魔王の命令は絶対ですからね」
「ああ、わかった」
うん?なんかセイフィード様がいる奥の方に美しいダークエルフの女性がいる。
2、3人いて、セイフィード様に「早く」とか「こっちに来て」とか言っている。
私だってエルフ語講座を学んでいたから、それくらいの言葉わかる。
「セイフィード様っ! 奥にいる女性は誰ですか?」
「今、パーティの途中だったんだ。それを抜け出してきたから、早く戻るよう呼びに来たみたいだ」
「って、パーティには、もっとたくさんの美しいダークエルフがいるって事ですよね!?」
「⋯⋯そうだな」
「そうだなって、まさか一緒に踊ったりしないですよね?」
「さあな。もう戻らなきゃいけないから、また明日な」
セイフィード様はそう言うと、水鏡から消えてしまった。
なんて事だ⋯⋯、セイフィード様が浮気⋯⋯。
イヤイヤ、セイフィード様が浮気するなんてありえない。
⋯⋯本当にありえないだろうか。
だって、ダークエルフにしてみればセイフィード様の周りにいる闇の精霊なんて怖くないはず。
と言うことは人間の女性よりもダークエルフの女性の方が危険じゃないだろうか⋯⋯。
色々考えると、ムカムカしそうなので私は早めに就寝する事にした。
けれど、当たり前なんだけど、セイフィード様がいないベッドは広い。
何度もゴロゴロできてしまう。
寂しい。
あの日記の正妻も、こんな風に寂しかったんだろうか。
どこの部屋で守人ジン様を殺害したんだろう⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
いけない、そんな事考えたら眠れなくなっちゃう。
私のバカバカ。
もう、何も考えずに寝るんだ。
「おはようございます。アンナ様」
「おはようございます⋯⋯」
ルンのお母さんがピカピカの笑顔で私に朝の挨拶をした。
結局、私はあまり寝られなかった。
考えないようにしたのに、次から次へと変な事を考えてしまう。
はぁ⋯⋯、こんなんじゃダメだ、気分を一心しなきゃ。
そうだ!今日は女子会を開く事にしよう。
私とルンのお母さんと、ゴブリン女子数名が、私の部屋に集まり、お喋りに興じることにした。
もちろん、美味しいお菓子と紅茶も用意して。
しかし、私の希望する楽しい女子会ではなく、なぜか途中から怪談百物語になってしまった⋯⋯。
「守人ジン様の最後は壮絶で⋯⋯」
「それなら守人サーシャ様の方が、最後は⋯⋯」
「やっぱり、壮絶と言ったら、セイフィード様の前の守人じゃないかしら⋯⋯」
「そうよね、確かに壮絶だったわ。ずっと、クララ、クララって言いながら徘徊するんですもの」
「怖かったわね⋯⋯。弟さんが一緒の時は、そこまでおかしくなっていなかったのにね」
ダメだ⋯⋯、これ以上、聞けない。
精神的に無理、怖すぎる。
「あっ、あの。私、やる事思い出しちゃって。また今度女子会しましょう」
私は嘘を付いて、皆んなを私の部屋から追い出した。
どうしよう⋯⋯、昨日よりもっと怖くなってしまった。
今日の夜も一人だなんて、私⋯⋯、耐えられるだろうか。
もう今日は何もせず、セイフィード様と水鏡で会話したらすぐに寝よう。
寝不足だからすぐに寝られるはず。
私は約束の時間よりだいぶ前に、水鏡の前に待機した。
まだかな⋯⋯、セイフィード様。
テリア様とストラス3号は見回りと称して遊びに行っちゃうし。
こんな時に私1人だなんて最悪だ。
1人シーンとする中、突然、部屋の外から物音が聞こえた。
人が歩くような、そんな音。
まさか、前任の守人の幽霊が徘徊する音じゃ⋯⋯、ないよね。
クララって言いながら徘徊してたって言ってたけど、私、また間違われたりしないよね。
あー、もう、本当に怖い。
ようやく夜の9時になり、水鏡にセイフィード様が映し出され、話しかけて来た。
「アンナ、今日は大丈夫だったか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「アンナ?」
「セイフィード様は、明日、何時頃⋯⋯、帰って来ますか?」
我慢してたのに、セイフィード様の顔を見た途端、涙がポロポロと落ちる。
ダメなのに、泣いちゃダメなのに。
1人でちゃんとお留守番できるんだって認めて貰いたいのに。
寂しくて、怖くて、無性にセイフィード様に会いたくて、涙が止まらない。
「アンナ、何があった?」
「セイフィード様っ、ヒックっ、なるべく、なるべく、グスっ、早く帰って来てくださいっ」
「アンナ⋯⋯」
早く帰って来て、なんて言っちゃダメなのに。
お仕事の邪魔したくないのに、迷惑掛けたくないのに、私はどうしてこんな事言っちゃうんだっ。
弱すぎる自分が嫌だ⋯⋯。
「ごめんなさい⋯⋯、ヒック、ごめんなさい。泣くつもりなんてなかったのに、セイフィード様の顔を見たら急に恋しくなっちゃって⋯⋯」
私はなんとか涙を抑えつつ、水鏡を見る。
セイフィード様、困惑しているだろうな⋯⋯。
けれど、水鏡には何も写ってはいなかった。
「セイフィード様っ?」
何度もセイフィード様の名前を呼んだけれど、応答はない。
もしかして、呆れてしまったのだろうか。
だから水鏡の魔法を終了させてしまったのかもしれない。
どうしよう⋯⋯、私の事、嫌いになって明日も帰って来なかったら⋯⋯。
そんなの嫌だっ。
その時、城の外が一瞬光り、銀色の鳥が城のベランダに降り立つ。
もしかして、セイフィード様が帰ってきたの?
私が急いでベランダに行こうとした時、目の前にセイフィード様が現れる。
そして、私をギュッと抱きしめる。
「アンナ、何があった?」
セイフィード様は冷たい夜の空気をまとっていて、微かに震えている。
「セっ、セイフィードさまっ」
緊急な事でも何でも無いのに、私が泣いたりするから、セイフィード様は城に戻ってきてしまった。
きっとまだ仕事が残っているはずなのに⋯⋯。
喜んじゃいけない事なのに、凄く嬉しい。
「怪我とかはしてないようだな。それで何があったんだ?」
「それが、その⋯⋯」
私は日記の事や女子会で聞いた話を、全てセイフィード様に打ち明けた。
それで怖くなってしまったと⋯⋯。
私は、そんなくだらない事で泣いたのかって、セイフィード様が怒ったり呆れたりすると思っていたのに、セイフィード様は真剣に私の話を最後まで聞いてくれる。
安心させるように、背中を優しくポンポンと叩きながら。
「少し落ち着いてきたか?」
「はい。こんな事で泣いて、セイフィード様に心配かけて、ごめんなさい。仕事、まだ残っていますよね?」
「大丈夫だ。それにドワーフの所に行ったのは仕事じゃない。これを取りに行ったんだ」
「何ですか?」
セイフィード様は私に紺色の小さな箱を手渡してくれる。
箱には水色の可愛いリボンが巻かれてある。
「開ければわかる」
私はリボンの紐を解き、箱を開ける。
そこには、小さな銀色のリングが2つ並んで入っていた。
そのリングの少し小さい方にはダイヤの宝石が埋め込まれている。
「これって⋯⋯」
「そう。結婚指輪だ。アンナ、結婚しよう」
「セイフィードさまっ⋯⋯」
「返事は?」
「はい。結婚しますっ。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
セイフィード様は私に優しいキスをした。




