10、火竜
「アンナは、絶対に謁見の間に来るな。わかったな」
「はい⋯⋯。あの、火竜ってお城に入れるんですか? 物凄く大きいですよね」
「火竜は人型になれるし、知能も高い」
セイフィード様はそう言うと、ささっと着替え、足早に執務室を出て行ってしまった。
人間界にいた時、魔界のことかなり勉強したのに、知らないことばかり。
もっと、勉強しよっと⋯⋯。
それにしても、火竜、何しに来たんだろう。
どんな、人型になるんだろう。
物凄く興味を惹かれる。
でも、まぁ、おとなしく執務室で待っていよう。
セイフィード様が居ない方が、ゆっくりHな本を図書室で探せるし。
実践的なものじゃなく、Hするにあたっての心構え的な⋯⋯、H入門編みたいな本があるといいんだけど。
明かりはいつ消すのかとか、自分から服を脱ぐものなのか、香油を付けるべきなのかとか⋯⋯、色々知りたい。
そして私が夢中になってH本を探していると、また突然背後から話しかけられた。
「アンナ、アンナ」
「わぁっ、ビックリしたっ。誰?」
後ろを振り向いたけど、誰もいない。
あ、もしかしてテリア様かもしれない。
私は精霊が見える眼鏡を掛け、再度辺りを見回した。
すると、そこに居たのは、片手サイズの闇の精霊ストラス1体だった。
「ストラスさん、お久しぶりです。会いたかったです。火竜に襲われた時、助けて頂きありがとうございました」
「アンナ好き。だから戦う。褒美くれ。アンナの髪」
「私もストラスさん好きです。褒美って⋯⋯、私の髪でいいんですか? 少しならいいですよ」
私は執務室にあったハサミで、自分の髪を少し切り落とし、ストラスさんの目の前に差し出してみた。
すると風がふわっと起こり、私の髪をストラスが吸い込む。
その瞬間、ストラスは青黒く光り、巨大化した。
「実体化できた。アンナ、キスして」
実体化したストラスは、私よりもかなり大きく、羽で私を包みこむ。
フワフワで気持ちがいい。
「もちろん、いいですよ」
私がストラスの頬にキスをすると、ストラスは目を輝かせ、嬉しそうに羽をパタパタと振る。
私も、こんなに喜ばれると嬉しい。
「あ、ストラスさん、ウィステリア様知りませんか? 一緒に出かけたんですよね?」
「あいつ、火竜に捕まる」
「それって本当ですか⋯⋯。どうしよう、大丈夫かな」
「あいつ嫌い」
もしかして、そのことで火竜はお城に来たのかな。
物凄く心配。
私が行ってどうこうできるわけじゃないけど、テリア様は私の命の恩人以上の存在だ。
どうしても気になる、少しだけ様子を探ってこよう。
私は、そぉっと、そぉっと、謁見の間に近づく。
ストラスも一緒に私について来てしまっているが、静かにしてくれている。
謁見の間の扉は閉まっているため、私が近くに来たことはバレないはず。
私は、物音を立てないよう、扉に耳を当て、聞き耳を立てた。
けれど突然、謁見の間の扉が開かれる。
扉に聞き耳を立て寄りかかっていた私は、そのまま中に倒れこむ。
謁見の間には、私の近くに男性4人いて、私を見下ろしている。
奥の方の椅子に、セイフィード様が座って頬杖をつき、私を見て溜息を溢す。
どうやら、扉を開けたのはその男性の1人らしく、しゃがんで私に挨拶した。
「やぁ、お嬢さん。また会えたね」
「えっと⋯⋯」
「わからない? 俺様は火竜のゴーダ。お嬢さんを貰いに来た」
火竜のゴーダは、何というか勇者ぽい。
燃えるような赤髪に、金色に輝く瞳、意思が強そうな眉毛、大きな剣も携えている。
そして、いきなり火竜のゴーダは私を抱き寄せ、匂いを嗅ぎ始めた。
「そうそう、この匂いだ。甘くてほのかに香ばしい」
「はっ、離して下さい」
「離さないぜ。お嬢さんは俺様の嫁になるんだ」
ええっ、嫁ってどういう事、わけわからない。
それに、香ばしいってどういう事よ。
女性に対して香ばしいって、全く褒め言葉になっていない。
私はちゃんとお風呂入っているし、香ばしくないんだから。
火竜のゴーダから離れようとジタバタもがくが、ビクともしない。
それどころが、片手で持ち上げられてしまう。
闇の精霊ストラスは、私が襲われたと思ったらしく、毛が逆立ち、火竜のゴーダに襲い掛かろうとした。
しかし、突然、私はセイフィード様の所に転移した。
座っているセイフィード様の上に私は落ち、セイフィード様に抱きしめられる。
同時に実体化したストラスも私の隣に来て、すぐに大人しくなる。
「アンナ。来るなと、言ったよな」
セイフィード様は、怒っている。
まぁ、怒るの当然だよね⋯⋯。
「ごっ、ごめんなさい⋯⋯。あの、テリア様が心配で⋯⋯、テリア様は無事ですか?」
私がキョロキョロと周りを見ると、ゴーダではない男の人が鳥籠を持っていて、その中にテリア様がいた。
「おぉ、アンナ。儂を助けてくれ。其奴が、ストラスが儂を嵌めたのじゃー」
「テリア様っ! セイフィード様、お願いです。テリア様を助けて下さい」
「ちっ、その腕輪に転移魔法が仕掛けてあったか。お嬢さん、この精霊ウィステリアを解放してやってもいいぜ。その代わりお嬢さんは俺様の嫁になるんだ」
火竜のゴーダは、セイフィード様に近づき、私にこっちにおいでと言わんばかりに両手を広げる。
「どうしてっ、どうして私なんかを嫁にしたいんですか?」
「お嬢さんからは、今まで嗅いだことのない、いい匂いがしたからだ。とても甘くて香ばしい」
また、香ばしいって言われた。
もしかして、火竜の嫁って、私を食べることなのかな。
なんて、恐ろしいんだ⋯⋯。
うん!?甘くて香ばしいって、それって私じゃなく⋯⋯。
「アンナは渡さない。ウィステリア様も返してもらう」
セイフィード様は私を椅子に下ろすと立ち上がり、数歩前に出る。
「だから守人さんよ。さっきから言っているが、お嬢さんを渡せば精霊ウィステリアを返してやる。それにだ、そこのゴブリンから聞いたが、お嬢さんは守人さんにとってただの愛人だろ。それって遊びだってことだ。だが、俺様は違う。真剣だ、すぐに嫁として迎える」
セイフィード様は執事ゴブリンに目を向ける。
その途端、執事ゴブリンは微妙な表情をし、そっぽ向く。
「あ、あの。ゴーダさん。私からいい匂いがすると言ってましたが、その匂いはきっと私の匂いじゃないです。クッキーの匂いです」
「クッキー?」
「はい。今持って来ますので少々待ち下さい」
私が立ち上がり取りに行こうとすると、セイフィード様は私を制し、瞬時にクッキーを手元に呼び寄せた。
セイフィード様は疑いの眼差しを、そのクッキーに向けている。
けれどセイフィード様は、そのクッキーを執事ゴブリン経由で、火竜のゴーダに手渡す。
すると、ゴーダは目を爛々とさせ、体がフルフルと震えだした。
「これだ、この匂いだ。ああ、なんて甘くて香ばしいんだ。これは何だ?」
「お菓子です。食べることが出来ます」
「お嬢さんが作ったのか?」
「はい。そうです」
「では、そのクッキーとウィステリア様を交換してもらう」
セイフィード様がすかさず、火竜のゴーダに提案した。
「ダメだ。このクッキーはお嬢さんが作ったんだろう。なら、お嬢さんを嫁にすればいくらでも作って貰える」
「そっ、それはダメです。ゴーダさんのお嫁さんになったら私は一切、クッキーを作りません。けれど今、ウィステリア様とこのクッキーを交換して頂ければ、また何度でもクッキーを作って差し上げます」
「⋯⋯⋯⋯、しょうがない、わかった。次来た時には、これの100倍用意しとくんだ。約束できれば精霊ウィステリアを解放してやってもいい」
「わかった。約束する」
私ではなく、セイフィード様が火竜のゴーダに答える。
ゴーダは連れの男の人に目配せすると、鳥籠は一瞬のうちに消え去り、テリア様は解放された。
解放されたテリア様は一直線にストラスに体当たりし、喧嘩をし始める。
セイフィード様はそれを見て、すぐにストラスとウィテリア様をどこかに転移させてしまった。
「それじゃあ、俺様はひとまず帰る。次会うとき楽しみにしてるよ。それと、お嬢さん。まだ諦めたわけじゃないぜ。俺様はお嬢さん自体の匂いも好きだからな」
火竜のゴーダは私にウィンクをし、連れの人達と一緒に帰って行った。
執事ゴブリンも居なくなったので謁見の間には、私とセイフィード様二人っきり。
なんとも、気まずい雰囲気が流れる。
「セイフィード様、ごめんなさい。来るなと言われたのに、来ちゃって⋯⋯」
どうしよう、セイフィード様との約束を守れなかったから、腕輪没収されちゃうかな。
嫌だな⋯⋯。
私が腕輪を撫でていると、セイフィード様はふわっと優しく私を抱き寄せる。
「アンナ。腕輪を奪ったりはしない」
「本当ですかっ。良かったぁ」
「あの約束は、アンナを守るためにしたものだ。苦しめる為のものじゃない」
セイフィード様はそう言うと、私の唇にキスし、力強く私を抱きしめる。
全く動けなくなってしまった私に、セイフィード様はおデコや頬、耳、首筋、至る所にキスをし出した。
セイフィード様、どうしたんだろう。
今回はやけに強引というか、グイグイ来る。
それに、どことなく辛そうな表情をしている。
っ、もう、セイフィード様、キス多すぎっ。
「セっ、セイフィード様。あの、その、火竜の嫁ってどんな感じなんでしょう? 知っていますか? 私、竜と人間が結婚できるなんて、知りませんでした」
私はセイフィード様のキスを制する為に、適当に話を振ってみる。
しかし、私の質問が良くなかったのか、セイフィード様の表情が険しくなってしまった。
「俺もよく知らない。アンナは、火竜のこと気に入ったのか?」
「いっ、いえいえ。気に入っていないです」
「怪しいな」
「怪しくないです。私はセイフィード様の匂いが大好きですから」
「俺の匂いって、アンナは変態だな」
えっ⋯⋯、違う違う、変態なのはセイフィード様の方なのに!
私じゃない。
いや、でも、この頃の私って確かにHなことしか考えていない。
もしかして、私、セイフィード様が言うように変態なのかも。
私達って、変態カップルだったんだ⋯⋯。




