6、興奮
私は、全速力で走っているのに、セイフィード様が物凄いスピードで追いついて来る。
仕方がなく、私は途中、リュックを放り投げ、しまいにはテリア様の杖も放り捨てた。
それを見たテリア様は走っている私の横に来て、呑気に話しかけてきた。
「こらっ、アンナ。杖を粗末に扱うではないわい。それにしても、アンナ。なぜ逃げておるのじゃ? あんなに会いたがっていたのに」
「ハァハァっ、だって、人間界にっ、ハァっ、追い返されちゃう。だからメデオ日が明けるまでっ、ハアハア、逃げるんですっ」
「そんな感じには見えんかったがの」
「それよりっ、ハァハァっ、テリア様、メデオ日が明けるまであとどれくらいっ、ですかっ?」
「もうすぐじゃ。あと5分くらいかの」
まだ、そんなに。
5分も走り回るの、辛すぎるっ。
私はセイフィード様の方を見ると、既にすぐ後ろにいた。
まっ、まずい、追いつかれちゃう。
早く走らなきゃいけないのに、私はどんどんスピードが落ち、逆にセイフィード様はスピードをさらにあげた。
「アンナ、いい加減にしろっ、走るな、止まるんだっ」
セイフィード様はそう言うと、私の腕を捕まえ、動けないよう私を押し倒した。
その瞬間、私の傷口が床に触れ、私の体に痛みが走る。
「痛いっ」
「っ、アンナ、傷口を見せるんだ」
傷口ってお尻の方だっ、いやっ、無理、恥ずかしいっ。
私はセイフィード様から逃れようと必死にもがくが、両手首を掴まれていてビクとも動かない。
「いやっ、嫌です。きっとたいした傷じゃありません、だから離して下さい」
「アンナ、じっとしろっ。大人しくするんだっ」
「いやっ、離して、離して下さいっ」
セイフィード様は、暴れる私に強引にキスをした。
あまりに突然なことに、私は驚き体が固まる。
「離さない。もう二度と俺はアンナを離さない」
セイフィード様はそう言うと、私の体を横に向け、傷口を露わにした。
そして、セイフィード様は私の傷口に手を当てる。
すると傷口の痛みが急速に無くなり、傷口周辺が暖かくなる。
「傷口は、塞いだ」
セイフィード様は、溜息を零し、私の上半身を優しく起こした。
そして、そっと私の頬に触れ、親指で私の唇をなぞる。
気のせいかもしれないけど、セイフィード様は私を愛おしそうに見つめている。
私は、どうしていいか分からず、まだ固まったままだ。
「アンナは、本当にバカアンナだ。ここには、魔界には何もないんだ。それどころか恐ろしい魔物が数多くいる。さっき火竜に襲われてわかっただろう。でも、覚悟するんだな。俺はもう二度とアンナを手放さない。アンナがどんなに後悔しようと、人間界を恋しがろうとも、俺はアンナを離さない」
「違いますっ、セイフィード様の方が、大バカです。私はさっき魔界を見てきました。魔界には美しい木々やお花、蝶々までいました。それに魔界には、セイフィード様がいます。何もなくなんかないですっ」
私はセイフィード様にギュッと抱きついた。
強く、強く、もう決して離れないように抱きついた。
「それに私だって、私だってセイフィード様のこと離してあげません。どんなに鬱陶しがられても、しがみついて離れませんっ」
セイフィード様も力強く私を抱きしめる。
私、これからセイフィード様と一緒に、ずっと一緒に居られるんだっ。
嬉しい⋯⋯、感極まってポロポロと涙が溢れる。
その時、12時を知らせる鐘が城中に鳴り響いた。
メデオ日が明けたということだ。
「アンナ、部屋に行こう」
「部屋って、どこの部屋ですか?」
「俺の部屋だ」
もしかして、もしかして⋯⋯。
セイフィード様と私、大人の階段登っちゃう!?
どうしよう、確かにそんなこと、破廉恥なこといっぱい妄想したけど、やっぱり心の準備というか、いざそうなると思うと恥ずかしい。
興奮してるのか、頭もクラクラしてきた。
うん?興奮するとクラクラするものだっけ⋯⋯。
それになんか、変な脂汗が出てきて、耳鳴りがし始めた。
あれ⋯⋯、なんだか、急に目の前が暗くなってきたような、セイフィード様が霞む。
気分も少し気持ちが悪い。
「アンナ、どうした?」
「少し、気分が悪くて⋯⋯、でも大丈夫⋯⋯で⋯⋯」
突如、目の前がまっくらになり、私は意識を失ってしまった。
どれくらい気を失っていたのだろう⋯⋯。
私は、ベッドに横たわり薄暗闇の中、目覚めた。
傍らにはセイフィード様がベッドにもたれ掛かり目を瞑っている。
そして何かに祈るように私の手を握りしめている。
きっと、セイフィード様に心配かけちゃっただろうな。
私はそっと上体を起こし、セイフィード様の頬に触れた。
「アっ、アンナ。目覚めたのか」
「セイフィード様、心配かけてごめんなさい。私、どれくらい寝てたのでしょうか?」
「今はもう昼だ。12時間ぐらい寝ていた。アンナ、気分はどうだ?」
「大丈夫です。セイフィード様が近くにいるだけで、元気100倍です」
セイフィード様は部屋の明かりをポッとつける。
この城は、朝は青、昼は緑、夜はオレンジ色の明かりがつき、その色合いで大体の時刻がわかるようになっているとセイフィード様は教えてくれた。
私がいる部屋はおそらくセイフィード様の部屋と思われる。
部屋はダークブラウンで統一されていて落ち着きがあり、私が今寝ているベッドは、天蓋付きの木製で高級感が漂う。
ソファーも、カーテンも、テーブルも、全て一級品だけど、どことなく寂しい。
「医者が来ているから呼びに行ってくる。大人しく待っているんだ」
「はい、セイフィード様」
魔界にも医者っているんだ⋯⋯。
びっくり。
でも、守人だって病気になったりするから、必要だよね。
どんな人だろう。
あ、人じゃないのかな⋯⋯。
少しすると長身の女性が部屋に入ってきた。
「初めまして、アンナさん。私はダークエルフのガルミエ。今から体の様子を確認しますので、右手を私の手の上に乗せて下さい」
「はい。初めまして、ガルミエさん。よろしくお願いします」
初めてダークエルフさんと会ってしまった。
嬉しい。
エルフ好きのシャーロットが知ったら悔しがるに違いない。
それにしても、なんて美しいんだろう。
ブロンズ色の肌は輝き、目は金色で麗しい。
何よりスタイルがいい。
私よりも胸があるのに、私よりも細いウエスト⋯⋯。
もしかして、セイフィード様も診てもらっているのかな。
こういう風に手と手を合わせて。
これは魔界でも、油断禁物だ。
浮気されないよう気をつけないと。
「クスクスっ。アンナさんは面白い人ですね。人間は普通、ダークエルフに会うと怯えたり嫌な顔をするのが常ですが、こんなに喜んで頂けたのは初めてです」
「そうなんですか。私はとても嬉しいです」
「それと、アンナさん。私は少し心が読めます。アンナさんが心配するようなことは何もありませんよ。私は結婚していますから」
「ごめんなさいっ。ガルミエさんがあまりにも素敵でしたので少し焼き餅を妬いてしまいました。それに心が読めるだなんて凄いですね」
私は早速、心の中で、私の体はどんな感じですか?もう大丈夫ですか?
と、思ってみた。
「今、私が思ったことも、わかりますか?」
「クスクスっ。アンナさんは本当に面白い人ですね。ダークエルフでさえ心が読めると分かったら嫌な顔をし心を閉ざすのに。自ら心を覗いて欲しいと願った人は初めてですよ」
「そっ、そうなんですね⋯⋯」
「それで、アンナさんが心の中で質問した件ですが、大丈夫ですよ。もう問題ありません。倒れてしまった原因は血が失われてしまったことによるので、これから栄養をいっぱい摂って頂ければすぐに元気になります」
「良かったです。ありがとうございます」
「それでは、お大事に」
ガルミエさんと入れ替わるように、セイフィード様が部屋に入ってきた。
その瞬間を見計らったように、私のお腹がグウゥーっと鳴る。
「アンナのお腹は相変わらずだな。丁度、食事を持ってきたぞ」
さっきまで、不安げな表情をしていたけど、私のお腹の音でようやくセイフィード様が笑顔になる。
私のお腹って、はしたないけど、意外なところで役立ってしまった。
「ありがとうございます。お腹ペコペコでした」
食い意地には勝てず、セイフィード様が持ってきた食事を私は覗き見る。
暖かい具沢山スープにホットミルク、とても美味しそう。
「はい。あーん」
「えっ、私、1人で食べられます」
「俺が食べさせる。アンナ、ほら口を開けろ」
人に食べさせてもらうの慣れてないし、恥ずかしい。
でも、セイフィード様は有無を言わせない感じ。
仕方がなく、私は口を開けた。
「どうだ、美味しいか?」
「はい。とっても美味しいです。魔界には人間界と同じ食料があるんですか?」
「あぁ、ほぼ同じものがある。城の領地で牛や豚を飼育しているし、野菜や果物も作っている。それにメデオ日には各国から色々な食べ物が贈られるから食に関しては不自由していない」
「そうなんですね。私はてっきり魔物のお肉を食べるのかと思っていました」
「アンナは、魔物の肉でも食べられそうだな」
「美味しかったら食べますよ」
「凄いな、アンナは。俺には無理だ」
セイフィード様は喋りながらでも、上手くスープを私の口に運んでくれる。
全くこぼさない。
食べさせて貰うのも慣れると楽チンだし、意外にいいかも。
「あの、セイフィード様。私の腕輪なんですが⋯⋯、また頂けないでしょうか」
「安心しろ、アンナ。少し改良するから、それが終われば渡す」
「ありがとうございます。良かったぁ」
セイフィード様が人間界からいなくなる時にくれた4つの腕輪は火竜の攻撃時に壊れてしまっていた。
だから私は、今は1つも腕輪をしていない。
腕輪が無ければ城内を一人で歩き回れないし、精霊が見える眼鏡も効果を発揮しない。
今は、何をするにもセイフィード様の助けが必要だ。
「食べ終わったな。お腹いっぱいになったか? もっといるか?」
「大丈夫です。ご馳走様でした」
「それじゃあ、体も拭いてやるからちょっと待っていろ」
セイフィード様はそう言うと食器を片付けに部屋から出て行ってしまった。
体を拭く⋯⋯って、誰が誰のを拭くんだろう。
まさかとは思うけどセイフィード様が私の体を拭くんじゃないよね。
気づかない振りしてたけど、魔界に来た時に着てた服じゃなく寝巻きになっているし⋯⋯。
セイフィード様が私を着替えさせてたりしてないよね。
どうしよう⋯⋯、セイフィード様が私の体を拭く妄想したら、今度こそ本当に興奮して胸がドキドキしてきた。
顔も火照り始めるし、鼻血出ちゃいそう。
でもでも、やっぱり妄想と現実は違う。
恥ずかし過ぎて、無理っ。




