1、犠牲
「ご機嫌よう、セイフィード様」
今日も、セイフィード様は図書室にいる。
私は医術書の本を手に取り、セイフィード様の隣に座り、チラッとセイフィード様を覗き見る。
すると、セイフィード様は微笑み、私の頬にキスをした。
「アンナ、大好きだよ」
セイフィード様は私の耳元で囁き、今度は、私の耳に口付けをする。
くすぐったい。
私は嬉しくって、初めて私からセイフィード様の頬にキスをする。
セイフィード様は少し照れ、今度はこっちだよ、とセイフィード様は自分の唇を指差す。
私は恥ずかしかったけれど、思い切ってセイフィード様の唇に口付けする。
図書室なのに、私とセイフィード様は勉強せず、イチャイチャした。
ずっとイチャイチャしてたかったのに、鐘が鳴り、私は帰らなければいけない時間になってしまった。
仕方がなく、図書室を出ると⋯⋯、視界が歪み⋯⋯、いつも見慣れた私の部屋の天井が現れた。
どうやら私はベッドに寝て、夢を見ていたらしい。
そうだよね、夢だよね⋯⋯、だってセイフィード様が、アンナ大好きだよ、なんて言うわけがない。
「アンナ⋯⋯。目覚めたのね。良かった⋯⋯。朝食の準備が整っているわ。一緒に頂きましょう」
どうしたんだろう、シャーロットが私のベッド脇にいて、優しく私の手を握りしめている。
あれ⋯⋯、私の腕輪がない。
左手じゃなく、右手だったけ⋯⋯。
⋯⋯どっちの手にも、私の腕輪がない、どうして。
「シャーロット、私の腕輪、知らない? セイフィード様しか外せないと思うのに⋯⋯」
「セイフィード様が持っていかれたわ」
「どうし⋯⋯て⋯⋯」
そうだ⋯⋯、セイフィード様は魔界の守人に選ばれて⋯⋯、それで⋯⋯。
私はセイフィード様と一緒に魔界に行くのに、なぜ寝てしまったんだろう。
いやだ、置いていかれちゃう。
「アンナ⋯⋯」
「セイフィード様は? セイフィード様はどこ? 私、セイフィード様のお屋敷に行って来る」
私はベッドから起き上がり、部屋を出ようと扉を開けた時、目の前にゾフィー兄様が行く手を塞ぐように立っていた。
ゾフィー兄様はいつもの華やかさはなく、憔悴し、俯いている。
しかし意を決したようにゾフィー兄様は顔を上げ、私の腕を取り、強引に部屋に連れ戻した。
そして私をベッドに座らせた。
再び私が立ち上がらないよう、ゾフィー兄様は屈み、私の膝に手を置き、視線を私の目に合わせた。
「アンナ、セイフィードは魔界に旅立ったよ。セイフィードが新たな守人になったお陰で平和が保たれた。それと腕輪とこの箱をセイフィードから、預かってきた。アンナが目覚めたら渡して欲しいと言われている」
ゾフィー兄様は私に、真新しい腕輪4つと、リボンが巻かれた手のひらサイズの箱を手渡した。
真新しい腕輪にはそれぞれダイヤやルビーなどの鉱石がはめ込まれている。
リボンの色は、セイフィード様の紋章である藤の花の色と同じ。
箱を揺らすとカタカタと音がした。
「この腕輪は私でも、シャーロットでも、誰でも魔力付与できるようになっている。だからこれからもアンナが生活に困る事は無い」
「ゾフィー兄様、今からでも、私が魔界に行く方法はありませんか?」
「無いよ、アンナ。けれど心配しなくていい。私がアンナの幸せを見つけてあげるから」
私の幸せは、セイフィード様と一緒にいることだけなのに。
なぜ、セイフィード様も、ゾフィー兄様もわかってくれないんだろう。
セイフィード様はよく、アンナは何もわかっていないと言うが、何もわかっていないのはセイフィード様の方だ。
私はセイフィード様と絶対に離れないって、セイフィード様のお母様とも約束した。
だから、私は諦めない。
なんとしても魔界に行くんだから。
ゾフィー兄様の話が終わり、私はセイフィード様から頂いた箱の中身を見たいから一人にしてほしいとお願いした。
ゾフィー兄様もシャーロットも、心配で私を一人にさせたくなさそうだったが、私は無理に笑顔を作り、二人を安心させ、部屋から出て行ってもらった。
すぐに私は、セイフィード様から頂いた箱のリボンを解き、箱を開けた。
箱の中には、紺色の眼鏡が入っていた。
もしかして⋯⋯、これって、精霊が見える眼鏡?
私が幼かった頃、天界の神殿でセイフィード様が作ってくれると約束した、精霊が見られる眼鏡かもしれない。
私は早速、眼鏡をかけ、あたりを見回した。
その景色は、いつも私が見ている景色と寸分の違いもない。
以前、景品で頂いた精霊が眠ると言われている杖も見たけど、いつも通り見栄えがしない杖だった。
窓の外を見ても同じ、精霊なんて見えない。
やっぱりセイフィード様がいなきゃ意味がない。
私はセイフィード様の周りにいるストラスを見たいのだから。
腕輪もはめてみた。
以前と同じ銀色の腕輪で、サイズもピッタリ。
それにしても4つも腕輪があるなんて。
心配性のセイフィード様の事だから、私が壊すと思って多めに用意したに違いない。
この腕輪には、セイフィード様の魔力が込められているのだろうか⋯⋯。
私は、泣きたい気持ちをぐっと堪え、守人について、魔界について学ぶことにした。
魔界についての本は、城内の図書館を除けば、どこよりもセイフィード様の図書室に多くある。
私は少し、図々しい気もしたが、セイフィード様の図書室を訪れることにした。
勿論、図書室に行く事はゾフィー兄様もシャーロットも反対したけれど、医術をどうしても学び続けたい、そのためにはセイフィード様の図書室に行くのが一番なんだと説得した。
セイフィード様のお屋敷では、私が図書室に来る事は想定内だったらしく、嫌な顔一つせず、中に招き入れてくれた。
けれど図書室に入った途端、涙が私の目からポロポロ落ちて、止まらない。
セイフィード様がいない、いつもいるセイフィード様がいない⋯⋯、図書室に来てようやく、私はその残酷な現実を突きつけられた。
でも、私は負けない、セイフィード様に会いにいくんだから。
そのために魔界のことを勉強しなければ。
私は何度も何度も涙を拭いながら、必死に魔界の本を読んだ。
そもそも、なぜ魔界を封じたのだろうか。
魔界にはドワーフも、ダークエルフもいるから封じられることに反発しそうなのに⋯⋯。
私は魔界の歴史を紐解いて行くうちに、その答えに行き着いた。
大昔、人間はドワーフの鉱山を略奪し、ダークエルフの守護樹の実も略奪し、その度に争いが生じていた。
また魔物も数多く人間界に出没し、町や村を襲い多大なる被害を人間界にもたらした。
その混沌した時代に、ある人間ガルバロスが現れ、魔物を支配し、巨大で強力な魔物の軍団を作った。
やがてガルバロスは、その魔物の軍団を引率れ、魔界、人間界、天界をも支配しようと大きな戦争を仕掛けた。
しかし、神々の力を借りた勇者、賢者、エルフ、ドワーフがガルバロスを打ち破り平和をもたらした。
そしてその教訓を生かし、賢者は神の知識を借りて、魔界と人間界が行き来できないよう魔法陣で封じた。
人間界から見れば、その魔法陣は魔界を封じ、魔物の襲来を防いでいる。
魔界の民から見れば、その魔法陣は人間界を封じ、人間からの略奪や侵略を防いでいる。
この魔法陣は人間界にとっても、魔界にとっても、両方にメリットが大きい。
また年2回あるメデオ日にはドワーフも、ダークエルフも人間界や天界に往来できるので対して困らない。
そして、この魔法陣の初代守人は、ガルバロスを倒した賢者だ。
セイフィード様で67代目。
この守人についての供述は多くない。
ただ歴代の守人は総じて寿命が短い。
セイフィード様、大丈夫だろうか⋯⋯、一人で⋯⋯。
私にはセイフィード様に何もしてあげられないけど、一緒にいる事だけはできる。
一緒にいる事で、迷惑掛けちゃうと思うけど⋯⋯。
どうしても、私はセイフィード様と一緒にいたい。
それから私は学校帰りに毎日のようにセイフィード様の図書室に通い詰めた。
魔界について、学べば学ぶほど、私一人で魔界に行くのは絶望的という事がわかった。
メデオ日は魔界と人間界を繋ぐ道が開かれる、同時にその道には多くの魔物が出現する。
もちろん、私は魔物を倒せないので、開かれた道を行く事は出来ない。
唯一、安全に行くとするなら、国が魔界の守人に謁見するために編成した一団に同行するしかない。
私は、その一団に同行するため、第二王子にお願いしようと心に決めた。
そして、すぐにその機会は訪れる。
シャーロットと第二王子の婚約パーティーが城で盛大に開かれることとなったのである。
婚約パーティ当日、私はセイフィード様から頂いた藤の刺繍が施されたイブニングドレスを着た。
ゾフィー兄様も、シャーロットも、そのことに対して特に何も言わない。
今は、そっとしといてあげよう、いつか忘れる日が来るまで、暖かく見守ってあげよう、そんな私への気遣いが感じられていた。
そして私は、第二王子に挨拶を済ませ、本題を切り出した。
「第二王子様、今度のメデオ日、私を魔界に行けるように手配して下さい。お願いします」
「アンナ、残念だがそれは無理だ」
「何故ですか?」
「セイフィードは今や、国王より地位や権限が高いと言ってもいい。そのセイフィードがアンナを拒んでいる限り、アンナを魔界に連れて行く事は出来ない」
「私は今まで、第二王子様のお願いに対して拒否した事がありません。だから私、変装でも何でもするので魔界に連れて行って下さい。お願いします」
「無理なものは無理だ。諦めるんだ。だが、俺はシャーロット同様、アンナの幸せを願っている。魔界に行く以外のことなら、なんだって協力する」
「私の幸せは、セイフィード様といることなんです。もういいです。第二王子様はシャーロットだけを幸せにしてあげて下さい」
私は第二王子に対してかなり無礼な態度と物言いをしてしまった。
でも、そのことに対して誰も私を咎めない、シャーロットでさえ、私を叱らない。
シャーロットは私を深く心配し、心を痛めてしまっている。
せっかくの婚約パーティーなのに、笑顔が少ないシャーロット。
私は、そんなシャーロットを申し訳なく思うけれど、立っているだけで精一杯な私には取り繕うことが出来ない。
少し気まずくなった私は、皆んなと離れ、一人壁際でパーティ会場を見回した。
パーティ会場にいる参列者は、楽しそうに、幸せそうに笑っている。
その笑顔は、守人、セイフィード様の犠牲の上に成り立っているのに、皆んな、そのことに気付いていない、当然のこととして享受している。
そんな笑顔、壊れてしまえばいい、皆んな、死んじゃえばいいのに、と思う。
今なら、全てを壊そうとしたウォーレンの気持ちが痛いほど、わかる。
もし、私に力があったら、ウォーレンと同じように破壊しようとしただろうか⋯⋯。
⋯⋯いや、私には出来ない。
シャーロット、ゾフィー兄様、コルベーナ家の人達、みんな私の大切な人だ。
出来るわけがない。
それにしても今回のパーティでわかった事は、私が魔界に行くことに応援してくれる人は誰一人いないという事だ。
私が魔界に行くためには、国が編成する一団に潜り込むのが一番確実だと思ったのに、それは無理そう。
となると、別の方法を調べなければ。
もう次のメデオ日まで、そう時間がない、急がないと⋯⋯。




