5、部屋
討伐部隊が、巨大スライムの大きさや特性を調べ終わると、セイフィード様や魔法騎士は、巨大スライムを取り囲み全員で何かの魔法を施した。
恐らく、湿地の水を堰き止め、これ以上、巨大スライムが大きくならないようにしたのだろう。
そして、何度も騎士達が集まり何かを話し合っている。
私一人蚊帳の外。
思いのほか、偵察作業は大変らしく、終了したのは昼を通り越して夕方だった。
その後、私達は城に戻り、討伐部隊は再度作戦会議を開いた。
私は、どうか、何か食べ物がありますようにと願いながら、部屋に戻った。
しかし⋯⋯、いや予想通り、何も食べ物らしき物はない。
お昼ご飯も食べてなかったので、私は極度の空腹を感じていた。
今となっては、あの硬いパンでさえ恋しい。
少し、図々しい気もしたが、私は食堂に赴くことにした。
食堂に行くと、お肉を焼いた匂い、パンの香ばしい匂いが充満していた。
どうやら、作戦会議に出ている騎士達に肉を挟んだサンドイッチを届けるようだ。
厨房のメイドさんが、慌ただしく、その準備をしている。
私も⋯⋯⋯、食べたいっ。
今日一日、特に働いていないけど、食べたい。
「あの、すみませんっ。私もお腹空いてしまって、何か頂けないでしょうか?」
「まぁまぁ、それは大変。今お持ちしますから、ここに座って待っててくださいね」
黒髪で、小柄なメイドさんが、太陽みたいな笑顔を私に向け、応対してくれた。
年齢は50歳くらいだろうか⋯⋯、黒髪に白髪が混じっている。
どことなく、前世の私のママを彷彿とさせる。
「はい、どうぞ。いっぱい食べてくださいね」
「ありがとうございます。頂きます」
差し出されたのは、サンドイッチ、スープ、マッシュポテト、ベーコン、ゆで卵、サラダ、ミルクと盛りだくさん。
サンドイッチには、薄くスライスされたお肉が幾重にも重なって、ギュウギュウに挟み込まれている。
腹ペコの私は、すぐにかぶりついた。
肉汁が、滴り落ちる。
「美味しい、とても美味しいです」
「そりゃ、良かった。たんと食べてくださっ⋯⋯⋯、お嬢さま、どこか痛いのですか? どうしましたか?」
私は、ヴェルジーナ公爵領に着いてから、ずっと気を張っていた。
けれど、サンドイッチを食べた瞬間、気が緩み、なぜか涙が溢れ出てきた。
堰を切ったように涙が流れ、止まらない。
「ごっ、ごめんなさい。どこか痛いわけじゃないんですっ。なんかホッとしたら、涙が出てきちゃって」
「そうかい、そうかい。お嬢様は、頑張り屋さんなんだね。誰も見てないから、ここでいっぱい泣くといいですよ」
黒髪のメイドさんは私の背中を優しくさすってくれた。
何度も何度も、私が落ち着くまで。
まるで前世のママのように⋯⋯。
お腹がいっぱいになった私は、その黒髪のメイドさんにお礼を言い、部屋に戻った。
部屋に戻ると、あの硬いパンが一個、テーブルの上に置かれていた。
きっとルシウスの手下であろうメイドさんが持ってきたに違いない。
ふんっ、ルシウスってほんとしょうもない奴。
気を取り直して、私は明日に備えて、服を選んだり、持ち物を確認したりしていた。
その時、昨日と同じメイドさんが私の部屋を訪れた。
「アンナ様、ゾフィー様から伝言です。明日も本日と同様、6時に大広間に集合してくださいとのことです」
「わかりました。そういえば、昨日あなたが伝えた集合時刻、間違っていましたよ。今回は大丈夫ですよね?」
「⋯⋯いえ、昨日お伝えした集合時刻も6時です。アンナ様が聞き間違えたのではないでしょうか」
「そうかもしれませんね。だから今回は間違えないように、今あなたが伝えてくれた内容をこの腕輪に保存しました。すごいでしょう? この腕輪には人の会話や音などを保存できる魔法を施してあるんです」
私は嘘八白を並べた。
もちろん、私の腕輪に、そんな機能はない。
「⋯⋯っ、そうですか、それなら安心ですね。でっ、では失礼させて頂きますっ」
メイドさん、慌ててる、慌ててる。
私って、性格悪いな。
でも、明日の集合時刻は6時で間違いなさそう。
これで、安心して寝られる。
私はお腹いっぱいになったせいか、すぐに眠気に襲われた。
「バタンっ」
うっんん⋯⋯、なんか扉が閉まった音がしたけど、誰か来たのかな⋯⋯。
私は暗闇の中、目をこすりながら、辺りを見渡した。
「ガサゴソ、ガサゴソ」
「トトトトト」
な、何?
変な音がする。
私は目を凝らし、音がする方へ視線を向けた。
同時に、黒い物体が、動く。
「ひぃっ」
私は思わず、悲鳴をあげた。
あれは、ゴキブリじゃない。
ゴキブリより、もっと、かなり大きかった。
私は、恐る恐る、その黒い物体がいる方に体を近づけ、再度目を凝らした。
「チュウ」
ネ、ネズミだ。
むっ無理⋯⋯⋯。
ゴキブリも無理だけど、ネズミも無理。
ネズミって、確か人間をかじったりするんだよね。
逃げなきゃっ。
私は自分でも、驚くようなスピードで部屋を出て、扉を勢いよく閉めた。
部屋を出たはいいが、これからどうしよう⋯⋯。
ゾフィー兄様か、セイフィード様の部屋に避難するか⋯⋯、それともメイドさんにお願いしてネズミを退治してもらうか。
ただ、夜中過ぎて、メイドさんが誰一人いない。
私は、迷いながらも、セイフィード様の部屋の前にきた。
でも、なんて言って部屋に入れてもらおう。
ネズミが私の部屋に出たと正直に話したら、私の部屋に行って、退治してくれそう。
そうなったら、私の現状がバレて、せっかく今まで我慢してきたのが、水の泡になってしまう。
そんなの、だめだ。
しおらしく、スライムが怖くって寝付けないから、一緒に寝て欲しい、って言うのが、いいかも。
あざといかな。
でも、セイフィード様も何かあれば言えって言ってくれたし、いいよね。
ふぅーーーー、私は深く深呼吸し、セイフィード様の扉をノックしようとした。
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
緊張する、ノックするだけなのに、なかなか、できないっ。
私はもう一度、深呼吸し、意を決して拳に力を入れ、扉をノックしようとした時、部屋の扉が開いた。
セイフィード様は寝間着の薄いシャツを着ていて、胸元が露わになっている。
セクシーすぎて、なんだかこっちまで恥ずかしくなる。
「おいアンナ、いつまで俺の部屋の前で、突っ立っている気だ」
「セイフィード様、起きていたんですか?」
「それより、何かあったのか?」
「ええっと、スライムが怖くて、寝られなくて」
「ふーん⋯⋯、少し待ってろ」
セイフィード様は、一旦部屋の中に戻り、手に小瓶を持って、私の所に戻ってきた。
「これを飲めば、良く寝られる」
セイフィード様は私に小瓶を渡してくれた。
しまった⋯⋯。
私の言い方が良くなかった。
これは、ちゃんと言わないとダメだ。
「ありがとうございます。あの⋯⋯、セイフィード様の部屋で一緒に寝ちゃダメですか? 」
「はぁ?」
「ダメでしょうか⋯⋯? もちろん私はソファーでも、どこでも構いません」
セイフィード様は頭を抱え、考えこんでしまった。
「⋯⋯⋯⋯入れ」
「いいですかっ!?」
「早く、入れ」
やった!
これで安心して眠られる。
セイフィード様の部屋はゾフィー兄様の部屋と一緒で、いかにも快適な貴族の客間だった。
私は早速、ソファーに腰を下ろし、寝心地はどんなもんだろうかと、感触を確かめた。
うん!いい感じ。
固過ぎず、柔らか過ぎず、ぐっすりと寝られそう。
私は、セイフィード様から貰った小瓶の中身をゴクリと飲み、ゴロンとソファーに寝そべった。
しかし、セイフィード様は、寝そべっていた私を抱きかかえ、ベッドに移動させた。
「アンナは、ベットで寝ろ。俺がソファーで寝る」
「えっ⋯⋯、そんなのダメです。セイフィード様ではソファーからはみ出てしまいます」
「問題ない」
いやいや、問題大有りだ。
明日は、巨大スライムの討伐本番で、おそらくセイフィード様はいっぱい魔法を使うはず。
それに対して、私は何もしない。
どう考えても、セイフィード様がベッドで寝て明日に備えてもらわなければいけない。
「ダメです、ダメです。私がソファーに寝ます」
「いいから、早く寝ろ」
セイフィード様は私に布団をかけ、ソファーに腰を下ろした。
「灯りを消すぞ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。このベッド大きいですし、私、端に寄りますので、一緒に寝ましょう」
「はぁ?」
「私、大丈夫ですよ、変なことしませんから」
「⋯⋯⋯⋯アンナは何もわかっていない」
セイフィード様はボソッと呟くと、灯りを消し、私がいるベットに入り、横になった。




