5、災難
ラウル先生のお茶会への招待は、私とシャーロット宛だった。
「ラウル先生は、大変な美食家らしいから、楽しみですこと」
シャーロットはとても嬉しそう。
私は、ラウル先生が美食家だなんて、今、初めて知った。
パーティー関連のシャーロットの情報網は、ほんと凄い。
「誰が、来るんだろ⋯⋯」
私は一番気になることをシャーロットに尋ねる。
「さぁ、日にちも迫っているから、調べようがないわね。でもきっと今回のお茶会で、ラウル先生は舞踏会で転んだことの名誉挽回を、目論んでいるのですわ。だから舞踏会にいた人達が招待されていることと思うわ」
「セイフィード様、来るかな?」
私は、今度は直球でシャーロットに訊いてみた。
私の今の関心ごとは、セイフィード様だけだ。
「それは、難しいでしょうね。あの事件のせいで忙しいらしいもの。でも腕輪の魔力は、まだ大丈夫そうなのでしょう」
「うん。腕輪の魔力はまだ大丈夫」
大丈夫だけど、十分ではない。
余裕はあまりない感じだ⋯⋯⋯。
はぁ⋯⋯、セイフィード様と会えないんだ。
だったらお茶会になんて行きたくないな⋯⋯。
そして私は、セイフィード様と会えないまま、ラウル先生のお茶会日を迎えた。
「ご機嫌よう、ラウル先生。招待して頂き、有難うございます」
「ご機嫌よう、シャーロット、アンナ。来てくれてとても嬉しいよ」
ラウル先生は満面の笑みで、私達を出迎えてくれた。
ラウル先生のお茶会は庭園で催され、その庭園には素朴な花々が咲いており、とても心地が良い。
また、お茶菓子や軽食がそこかしこに配置されている。
どうやらビュッフェ形式のようだ。
参加人数は20人程で、殆どが舞踏会に出席していたメンバーだ。
セイフィード様はやっぱりいない⋯⋯。
しかし、あの赤い髪の女性、オリヴィア様は招待されていた。
オリヴィア様は舞踏会で私を睨んでいたし⋯⋯、ちょっと苦手意識があったので、私は見つからないように、シャーロットの影に小さく隠れていた。
挨拶を済ませ、私とシャーロットは可愛らしい小さなケーキを2、3個選び、メイドさんに席まで運んでもらう。
席に着くと、香り豊かなハーブティーが、ティーカップに注がれる。
すると、ラウル先生も私達の席に着き、話しを始めた。
「この前の舞踏会では、すまなかったね」
ラウル先生は頭を掻きながら私に謝罪した。
「いえいえ、私も申し訳ございませんでした。転んでしまったけれど、ラウル先生とダンスできて楽しかったです」
楽しかったけど、やっぱりもう転ぶのは勘弁して欲しい。
きっと、もう誰も私をダンスには誘ってくれないはず。
でも、別にダンス好きじゃないからいいけど⋯⋯ね。
でもでも、やっぱりセイフィード様に1回くらいダンスに誘われたい。
「そう言ってもらえて、私も嬉しいよ、アンナ」
ラウル先生は本当に嬉しそう。
なんか、ラウル先生を見ていると和むなぁ⋯⋯。
「ウフフ、でもラウル先生とアンナが転んだおかげて、わたくしと第2王子は怪我しなくてすみましたわ」
「あはは、確かにそうだ! アハハハハ」
ラウル先生は豪快に笑った。
「そうだ! アンナにお願いしたいことがあるんだ。良かったら、セイフィードが作った腕輪を見せてもらえるかな? どんな魔法陣を施しているか興味津々なのだよ」
「⋯⋯はい、わかりました。どうぞ」
一瞬、腕輪を見せていいか躊躇したけど、ラウル先生なら問題ないよね。
「これは⋯⋯、うーーん、残念だ。どんな魔法陣を施してあるか見れないようになっている⋯⋯。無理やり覗くこともできそうだが⋯⋯、嫌な予感しかしない」
私の腕輪を乗せたラウル先生の手の平がほのかに光っている。
「ラウル先生にも覗けない魔法陣があるんですね」
魔法陣学の助手のジークさんが突如現れ、私達に話しかけてきた。
ジークさんもお茶会に招待されていた。
私は、ジークさんとはなるべく近づきたくなかったのに⋯⋯。
もしジークさんと楽しくお茶を飲んだことが、セイフィード様にバレたら、セイフィード様の機嫌を損ねそうで怖い。
「では、ラウル先生やジークさんも、この腕輪に魔力付与することはできないのかしら」
シャーロットがラウル先生に尋ねる。
「うーん。残念ながら、そのようだ」
たとえ、この腕輪にラウル先生やジークさんが魔力付与できたとしても、私はして欲しくない。
私の腕輪には、セイフィード様の魔力がこもっていて欲しい。
図々しいけど、いやなのだ。
しばらくの間、私達4人でお茶を楽しんでいたが、話がひと段落済むと、ラウル先生とジークさんは、違う人のテーブルに行ってしまった。
その間、私は、ジークさんとお喋りをしないで済むように、常にティーカップを口元に寄せていた。
そのせいで、お茶を飲み過ぎてしまう。
とても、苦しい、ウプっ⋯⋯。
歩いたら、お腹からタプンタプンと音が聞こえそう。
なので、私はお腹が苦しいのを気付かれないように、1人離れ、木陰のベンチで休むことにした。
シャーロットは知り合いの人と、庭園を散策をするという。
私はしばらく目を瞑り、そよ風が頬に当たるのを楽しんでいた。
しかし、目をうっすら開けると、いつのまにか、オリヴィア様が私の目の前にいた。
「ご機嫌よう、アンナ様。わたくしはオリヴィア・フォン・オズロー。わたくしのこと、もうご存知でしょう。舞踏会では災難でしたわね」
オリヴィア様は不敵な笑みを浮かべ、私の隣に腰掛ける。
まじまじと近くでオリヴィア様を見たけど、本当に美しい。
肌がピカピカしていて、眩しいくらい。
そんなオリヴィア様に対して、私は精一杯の笑顔とお世辞で受け答えした。
「ご、ご機嫌よう。そうですね、クイーンオブハートの呼び名を噂に聞いています。素敵ですね」
「クスっ、ありがとう。アンナ様は……、クイーンオブスリップかしら」
うん!?スリップって⋯⋯、あれだよね。
転ぶのスリップだよね。
“クイーンオブスリップ” って、つまり “転びの女王” ってことだよね。
凄い嫌味だ⋯⋯。
こ、こわい。
きっと舞踏会で私が転んだ時、セイフィード様が私を助けたから、それを妬んでるんだ。
「わたくし、まどろっこしいのは嫌いなの。なので、単刀直入に言わせて貰うわ。アンナ様、セイフィード様から身を引いて頂けますかしら」
オリヴィア様は冷たい視線を私に投げ掛け、はっきり言い放つ。
そしてオリヴィア様は優雅に扇子を振りながら、私の返答を待っている。
「どうして⋯⋯、どうして、オリヴィア様に、そんなこと言われなきゃいけないんですか」
「あら、そんなこともお分かりにならないのかしら。私とセイフィード様はいずれ婚約して結婚するもの。だからわたくしには言う権利がありますのよ」
私を見下し、バカにしたように、オリヴィア様は述べた。
「婚約⋯⋯、本当に⋯⋯?」
冷や水を浴びせられたような気分とは、まさに今このことだ。
血の気が無くなり、体が急速に冷える。
信じられない⋯⋯、セイフィード様が婚約なんて⋯⋯。
目が潤み、景色がぼやける⋯⋯。
なっ、泣いちゃダメだ⋯⋯、今はダメ。
「クスっ、今、わたくしのお父様と、セイフィード様のお父様で縁談を進めているところですわ」
「そんな⋯⋯」
「クスっ。それにアンナ様は、聞くところによると、魔力がないんですってね。そんな方がセイフィード様の近くにいらっしゃるなんて、さぞセイフィード様は迷惑に思っていることと思いますわ」
「⋯⋯⋯⋯」
魔力がないことを言われると、私は言い返せない。
「それに、アンナ様は魔力がないことをいいことに、セイフィード様から魔力を搾取してらっしゃるとか。浅ましいですわ」
オリヴィア様は軽蔑の目で私を見る。
「搾取だなんて⋯⋯、セイフィード様はそんな風には思っていないと思います」
「まぁ、ではアンナ様は、反対にセイフィード様に何かしてあげられることが、お有りなのかしら」
「それは⋯⋯、何もないです」
今は、セイフィード様の宿題もできていない。
私には何もない⋯⋯。
私には、セイフィード様にしてあげられることが何1つない。
それどころか、オリヴィア様が言う通り迷惑をかけている。
「クスっ。わたくしには色々ございますわ。わたくしには富もありますし、魔力も強いですわ」
オリヴィア様は勝ち誇ったように私に言い、席を立つ。
私はもう、何も言い返せない。
「では、アンナ様。この事はくれぐれも忘れなき様お願いします。それでは失礼させて頂きますわ」
オリヴィア様は手を小さく振りながら、私から去っていった。




