頭カラッポのほうが『夢』詰め込める
わが家への帰り道はあっという間だった。
一日で帰れたのである。これはこの世界に於いて驚異的な移動スピードだった。
行きは一週間ほどかかった道のりであるにもかかわらず、僅か一日で戻ってこれたのには【瞬間移動】の技能のおかげだった。
クウゴの【瞬間移動】は、移動先に居る人物の顔を思い描き、移動するため、いま無人状態の館には【瞬間移動】できない。
しかし、まずクウゴがキロルを抱きかかえ、空中移動で全速力で館まで戻る。
その後、キロルを館に残し、クウゴは【瞬間移動】でエリのもとに移動。
そして、今度はみんなを連れて、キロルの顔を思い浮かべ【瞬間移動】する。
これでたった一日という時間で、クウゴたちは帰って来たのだ。
「凄いわね、クーゴの【瞬間移動】……」
「この移動技術は……革新的だワ……! これなら、世界中にあっという間に移動できるじゃない」
「移動先にいる人の顔と、【気】を一致させねぇとならねえから、一度は移動先に居る人物に会ってねぇとできねえけどな」
「つまり、シントーワの王様のところにいきなり移動ってことは、できないってこと?」
「ああ、そういうことだ。オラはシントーワの王様の顔と【気】を知らねえからな。……でも、あの討伐部隊の隊長さんや、魔術師のところになら、いけると思う」
だとしたら、怪しい動きをしているシントーワにもあっという間に潜入できるということだ。
これは、今後の活動としても有利に動くことができる。
「とりあえず、七竜玉を隠そうか」
クウゴたちは館の地下にある隠し部屋に行き、キロルのネクロマンシーの魔法陣の傍らに七竜玉を置いておく。
ここなら、簡単には見付けられないだろう。
ややこしい仕掛けを突破しないと、この隠し部屋には入れないからだ。
「はぁ……疲れたなァ」
クウゴは一安心という様子で、肩の力を抜いた。
本当は、この世界を大冒険するよりも、ゆったりスローライフをしていたい気持ちが強いクウゴは、帰って来た我が家に、一気に脱力する。
その姿はとても、特殊なドラゴンを一人で撃破した勇者とは思えない。
「お風呂、沸かそうか?」
「おっ、そいつはいいな! ひとっぷろ浴びて、リフレッシュしてぇ」
エリがクウゴを労うように、笑顔を見せて、お風呂を沸かすために一階に向かった。
「クーゴはゆっくり休んでていいよ。アタシも夕飯の支度するわ。細やかだけど祝勝会をしましょ」
「じゃあ、お言葉に甘えちまうぞ」
「私もお料理手伝う! ねえ、ウモナ! ケーキ作ろう?」
「タマゴとミルクがないから無理よ」
備蓄食料は、保存食しかない。今日のところは大したものは作れないと、ウモナは言う。
それに対して、キロルはぷくっと頬を膨らませ、不満そうに声を出した。
「せっかくお祝いなのにー!」
「んじゃあ、オラがひとっ走り、町に買い出しにいこうか?」
近くにある町に【瞬間移動】すればいいだけなので、そんなに手間ではない。
「あ……」
ふと、今まで黙っていたエマクオンが、なにか伝えたそうに、クウゴに手を伸ばした。
「どうした?」
「えと……、買い物ついて行っても良い?」
なにやら、もじもじとしているエマクオンの様子に、クウゴは少し首を傾げたが、別にエマクオンを一緒に連れて瞬間移動するだけの話なので、ついてくるのを否定する理由はない。
「んじゃ、オラとエマクオンで買い出しに行ってくる」
「だったら、盛大にご馳走つくるから、コレで色々と食べ物買ってきて」
ウモナがそう言って金貨袋を投げ渡した。
その重みに、かなりの額が入っていると分かった。
「お……おめえ、こんな大金どこで?」
思えば今回の旅で、事件は解決したが、それに対する報酬をクウゴは断っていた。
儲けはゼロだったはずだが、ウモナのこの資金はどこから調達してきたのだろう。
「アタシ、貰えるものは貰っておく主義なのよネ」
そう言って強かにウィンクをするウモナ。
どうやら、事件解決の報酬は、ウモナがお金としてきっちり頂戴していたらしい。
抜け目ないところが、彼女のシーフとしての実力を匂わせる。
クウゴはこの世界の金銭感覚がいまいちよく分かっていないし、これから先暮らしていく上で金は必要だろう。
ウモナのような人物が仲間にいて、正直なところ助かっていた。
サイフの紐を握る母、という姿はウモナにピッタリな気もする。
「じゃあ、こいつで色々買ってくる。行こうぜ、エマクオン」
「うん」
クウゴの誘いに、エマクオンは手を取り、二人は一瞬にして姿を消す。
シュンッ――。
そして、クウゴたちが出現したのは、以前キロルのドレスを買った洋服店の、店員である女性の目の前だった。
「えっ……!?」
急に目の前に現れたクウゴとエマクオンに、店員の女性はギョッとしていた。
「い、いつの間に……? い、いらっしゃいませ……」
「あ、あはは。いや、さ、最初からずっといたぞ。おねーさんが、ぼうっとしてたんじゃないかー? ははは」
下手糞な言い訳をして、驚いている女性にクウゴがわたわたと手を振る。
しくじった、と内心思っていた。
確かに、いきなり瞬間移動でクウゴが出現したら、ビックリするに決まっていた。
今後は、瞬間移動の使用方法を、きちんと考えて利用しないと、怪しまれてしまうだろう。
クウゴは、なんとかこの場を誤魔化すために、エマクオンに話を振った。
「エ、エマクオン。な、なんか欲しいアクセサリーとかあったんだよなっ?」
洋服店に移動してしまった以上、なにも買わないで出ていくのは余計に妙に思われる。
しかもここは婦人服の店だ。クウゴが買うようなものはないし、一緒に来てくれたエマクオンに欲しいものを確認するのが一番自然だろう。
「えっ、いいの? ボク……」
エマクオンが驚いたような顔をするので、クウゴも、この場を取り繕うために、ちょっと焦りながら、うんうんと頷いた。
「お、おう。なんでもいいんだぞ。こ、この店、指輪も扱ってるんだよなぁ、おねーさん!」
「は、はい……」
前に、エリの身体に憑りついたキロルと一緒にこの店に入った時、そんな話を聞かされた。
それを思い出して、エマクオンに指輪コーナーを指さす。
エマクオンは、指輪コーナーのほうに、トコトコと歩いていった。
「……お客様も、隅に置けませんね……。以前の彼女さんとは別の女の子を連れてくるなんて……」
そっとクウゴに耳打ちする店員に、クウゴはすっかり慌ててしまった。
「い、いや、そういう関係じゃなくて! え……と、家族っちゅうんかなっ??」
「あら、妹さんですか?」
「ははは……」
もうとりあえず、そう言うことにしておこう。
クウゴはこの場を切り抜けるために、店員の女性の言葉に曖昧な笑顔で応えた。
エマクオンは、妙に真剣な顔で、指輪をひとつひとつ覗き込んでいた。
こうして見ていると、エマクオンも普通の女の子のように見えてくる。
双刃のベルセルクなんて異名があるSランクの冒険者とは思えない。
「クーゴ」
「んっ……、いいの、あったのか?」
やがて、エマクオンが一つ、気に入ったらしい指輪を選んで持ってきた。
それは、小さなグリーンの宝石がはめ込まれた指輪だった。
エメラルドに似ているが、異世界の貴金属なので、きっと別ものなのかもしれない。
「それは、『森の星』と呼ばれる石ですよ」
店員の女性が、宝石のうんちくを語ってくれた。
森の精霊が零した涙が宝石になったという伝承があり、この宝石はパワーストーンとしても有名だそうだ。
石言葉は、『清浄』とか『無垢なる愛』らしい。
「へえ、エマクオンに似合うじゃねえか」
「に、似合う?」
「おう。オラ、あんまり宝石のことはわかんねえけど、エマクオンは緑が似合うって前から思ってた」
クウゴは思ったままの感想を口にした。その言葉に、エマクオンは俯いて、「へへ」と小さく、誰にも聞こえないような声で零した。
頬は赤く染まっていて、瞳には喜びの光に満ちていた。
クウゴからはその顔は見えなかったが、エマクオンがじっとその宝石を見つめているようだったので、よほどそれが気に入ったらしいと思った。
「じゃあ、これをくれ」
「毎度ありがとうございます」
「ほ、ほんとに……、いいの……?」
エマクオンが、上目遣いでクウゴに確認をして来た。
ウモナにバレると何か言われそうではあったが、エマクオンがこんなに喜ぶと思わなかったので、クウゴもなんだか嬉しくなった。
クウゴ自身が以前クエストで稼いだ資金もあるし、そこからこの金額を出せば、文句もないだろう。
「おう。オラのこの服を選ぶとき、エマクオンの希望、聞けなかっただろ? あのとき、オラ、エマクオンもお洒落に関心があるんだなと思ったんだ」
「あ、あれは……、クーゴの服だったから……」
ムアル=ダステムで、エマクオンは山吹色の道着が似合うとクウゴに言ったことを、クウゴが覚えていた。
そのことが、エマクオンをさらに真っ赤にした。
クウゴが、自分の何気ない好みの話をきちんと聞いてくれていた。
そんな些細なことが、とんでもなく嬉しくて、恥ずかしくて、もどかしくなった。
きゅう、と胸の奥が熱くなるのを、エマクオンは感じていた。生まれて初めての感覚だった。
「エマクオンが、その指輪を選んだってのが、なんかオラも『いいな』って思ったんだ」
「クーゴ……」
「どうしましょうか、その指輪身に着けて帰りますか?」
女性が、エマクオンが持っている指輪を包むのか確認してきた。
「着けて帰る!」
エマクオンは、待ちきれないという様子だった。
まるでサンタクロースにプレゼントを貰った子供みたいに、嬉しそうだ。
エマクオンが、そっと自分の薬指にその指輪を通すと、ぴったりとはまり、良く似合っていた。
クウゴは、女性に指輪の代金を支払い、満足そうなエマクオンと共に店を出た。
「ありがと、クーゴ……」
「気にすんな。考えてみたら、エマクオンはそのリボンも随分拘ってるみたいだし、お洒落が好きだったんだな」
エマクオンが装備している、花をモチーフにしたピンクのリボンを見て、クウゴは微笑んだ。
「……これは、お洒落じゃない」
「……? そうなんか?」
ふと、嬉しそうにしていたエマクオンが、その表情を切り替えて、仮面をかぶったようになる。
クウゴは、そんなエマクオンの様子に、自分も笑みを消して、じっとエマクオンのリボンを見てしまう。
とても可愛らしいそのリボンは、小さな女の子が身に着けているような、メルヘンチックなピンクだ。
エマクオンの装備は、上級冒険者らしく、物々しいもので固められているが、唯一そのリボンだけは意味深に愛らしい。
てっきり、クウゴはお洒落で身に着けているんだと思ったが、本人はそうじゃないと言う。
「クーゴ。復讐ってどうおもう?」
「え? なんだいきなり」
いきなり物騒な単語が出てきて、クウゴは少し目を丸くした。
エマクオンは、じっと指輪を見つめたままで、クウゴに顔を向けていない。
「あの魔術師たち……恨みや怒りのために生きてた」
「ああ、旧ムアル=ダステムの連中か」
何の話かと思ったら、グエンたちをはじめとした魔術師達の話のようだ。
クウゴは少し考えて、エマクオンに答える。
「オラも、あんまり難しいことは言えねえけど……、どうしても許せねえって気持ちになったとき、復讐しか考えられなくなっちまうんだろうなぁって想像はできる」
「そういうの、どう思う?」
「うーん……。オラは、前から言ってるとおり、のんびり生活したいって考えしかねえから、そういう生き方をするのはきっちぃだろうなぁーって思うなあ」
「…………」
ただ、単純に幸せな人生を思い描くとき、そこに怒りや憎しみあったら、きっと笑顔は遠のくと思った。
クウゴはそんな考えから、復讐を考えて生きるのは、心身ともに辛いだろうなと考える。自分はできればそういうことはしたくない。
どうしても許せない悔しい思いを抱えてしまうことはあるだろうが、それをずっと考えていても、疲れるように思うから、きっとクウゴならそんな怒りや恨みは、ほおり出して無責任に気楽な生き方を求めてしまうと思った。
戦争なんかない、平和な日本で生活していたからこその、のほほんとした考え方だろうが、それはそれで悪いことでもないと思うのだ。
荒んだ心がぶつかり合って、摩擦を生めば、そこから火花散り始め、大火事になる。
きっと、人間同士の争いはそういうところからはじまるのだろう。
だからクウゴは、頭カラっぽの方が、夢が詰め込めると思うのだ。
「ボク……、クーゴに出逢えてよかった。やっぱり神様のお告げは間違ってないんだ」
「神様のお告げ?」
「うん、ボクの生まれ故郷、タルカジャの信仰だよ」
エマクオンの故郷。どんなところなのか分からないが、随分と信仰心の熱い故郷らしい。
エマクオンはまた笑顔を見せてくれた。クウゴはそんなエマクオンにホッとした。
なにか、彼女は抱え込んでいるものがある様子だったが、それはエマクオンが自分から話そうとしない限りは、聞き出そうとするのはよそうとクウゴは思った。
エマクオンが、きゅ、とクウゴの右手を握ってくる。
小さな手だと思った。こんな手なのに、凄腕の剣技を打ち出してくるのだから、エマクオンは本当に凄いレベルの冒険者なのだ。
「……すき、クーゴ……」
そっと、風の音にも負けるような声で、エマクオンが呟いた。
それはクウゴの耳には届かないまま、かき消える。
「よし、んじゃ早くメシの材料を買って帰るか」
「うん」
二人は連れ立って、町の食材屋に向かっていった。
エマクオンの手が、とっても熱いのが気になったが、クウゴは空腹と疲労でぼんやりしていて、そこは曖昧にしたままお使いを済ませたのだった――。




