怨嗟たちの行方
魔力欠乏症にかかった患者たちが、一斉に回復したことは、すぐに魔法学校に知れ渡った。
その報を受けた校長のデネブは、クウゴを呼び出し、褒章を与えようと申し出たが、クウゴはそれを拒否した。
元々、クウゴは目立つことはしたくないと考えていたし、赤い七竜玉のこともあり、あまり大々的に事件解決に関わったことを世間に認知されたくなかったのだ。
もし、クウゴたちが赤い七竜玉を入手したことをシントーワにバレたら、必ず追手が仕向けられるだろう。
いずれ、バレることだとしても、できることなら、まだシントーワ側にはレッド・ドラゴンの討伐が完了したことを知られたくはない。
「……で、どうするの? 明日の朝、早くに出るってことで間違いない?」
「そうしよう。どうもこの町は、落ち着かねえんだ」
「……ボクもそう思う。誰からか、監視されてるような感じがする」
エマクオンも同意した事で、一同の脳裏に浮かんだのは、あの妙な魔術師の集団だ。
クウゴたち、シントーワから来た冒険者を目の敵にしている様子だったし、長居すればまた面倒なことに巻き込まれるように思った。
(それに、シントーワの王様のことを、本格的に調べてみてぇからな)
隠れ家である館に戻り、ボールを隠して、シントーワの動きを警戒したい。
そういうわけで今夜は早々に休むことにして、一同はそれぞれの部屋で休むことにした――。
人々が寝静まる深夜。月明りだけが町を照らすような暗闇に紛れ、クウゴたちの宿に忍び寄る漆黒のローブに身を包む魔術師たちがいた。
以前、クウゴたちの前に現れた連中と同じ魔術師達で、闇討ちをするつもりなのだ。
「標的は、連中の中にいるガキだ。人質に取ってしまえば、やつらがS級だろうがなんだろうが、手出しできまい」
「了解。男と、剣士らしき女はケタ違いに強い。気を付けろ」
「他にいる魔法使いらしい女と、色っぽい女はどうする?」
「好きにしていいさ。人質を取ったら、一緒にたっぷりと楽しませてもらおうや」
ぐへへ、と下賎な笑い声を出す魔術師は、『お楽しみ』を想像し、涎を垂らしていた。
魔術師達は、魔法で姿を透明にし、宿舎に入り込んで来た。
メンバーは総勢六名だが、宿屋に入るのは三名。
外で三名が待機し、手早く誘拐するために逃げ道を確保しておく。
宿舎内に入った三名は、しいんと静まり返っている廊下を進み、一人が部屋の扉を開く。
そして、キロルに狙いをつけ、眠りこけているだろう少女の寝室へと侵入していく――。
「へへ……、悪いなお嬢ちゃん。ちょっと付き合ってもらうぜ」
誘拐を考えている魔術師は、ベッドの中で寝息を立てている少女にニタリと笑みを浮かべ、その毛布を引きはがした。
「なっ――!?」
なんと、そこに居たのは、八歳の少女ではなく、老婆……。魔法学校のデネブだった。
「デネブ校長が、な、なぜここに!?」
「そこっ!」
びしゃあっ!
刹那、驚愕している透明の魔術師達に、なにかがぶつけられた。
それはペイント・ボールだった。染料が中に詰め込まれていて、なにかぶつかるとそれは弾け、相手にその染料をぶちまけるのだ。
投げたのは女怪盗、ウモナである。
すると、透明だった魔術師達に、染料がかかり、居場所がバレてしまう。
「な、なにい!?」
「侵入が下手ね。魔法に頼り過ぎてて、気配を消すのがおざなりになってるわよ。それじゃシーフは出来ないわネ」
「我らがやってくることが分かっていたのか!?」
驚く魔術師達だったが、部屋外で待機していた仲間たちの悲鳴が上がった。
「ぐあああっ」
「ボクたちをずっと尾行してたの、バレバレだったよ」
そう言って、外で待機していた魔術師達を倒したエマクオンが、寝室に現れる。
ベッドの中で寝ていたデネブも、その姿をぐにゃっと変形させ、キロルの姿になる。
「残念でした~。びっくりした?」
「ど、どうなってるんだ、こいつら……!!」
シントーワからやってきた冒険者たちの想像を絶する力に、魔術師は完全に困惑していた。
もっとも足手まといだろうと狙いを付けた少女のキロルさえ、特殊な力を持っているのだ。
「あんたたち……旧ムアル=ダステムの魔術師たちね?」
ウモナがダガーを突き出し、魔術師を追い込み、尋問した。
出口はエマクオンがしっかりと押さえていて、完全に逃げ場がない。
ウモナは躊躇なく、魔術師の首筋にナイフの刃を押し付け、いつでも殺せるぞと威圧する。
魔術師の男は、冷や汗を垂らし、狼狽えながら、白状した。
「そ、その通りだ。我らは、純粋なる魔術師、正ムアル=ダステムの血を継ぐものだ……」
「偉そうに。所詮テロリストでしょう」
「ひっ」
ぐ、と首に押し付けられた刃が、男の薄く首の皮を切り、血を滲ませる。
「何百年も昔の戦争の遺恨をズルズル現代に持ち込んで、今が気に入らないって?」
「こんなムアル=ダステムを認められるはずがない! なにが魔法学校だ! なにが赤いリボンだ! 我ら魔術師は、シントーワの飼い犬ではない!」
シントーワとの戦争に負け、ムアル=ダステムが魔法学校になったこと、そしてシントーワとの協定が結ばれた赤いリボンの旗。
それは、彼らにとっては、首輪を付けられたような感覚だったらしい。
正ムアル=ダステムの純粋なる魔術師、という名目を掲げ、先祖代々、シントーワに対する恨みを忘れぬように教育されて育ってきた彼らは、己の価値観を信じ、今を認めようとしていない。
「復讐を育ててきて、それで毎日幸せなの?」
エマクオンが、魔術師に問い詰めた。
その目は、どこか寂しげだった。
「……復讐したら、幸せになれるの?」
「何年経とうと、忘れてはならぬ怒りもあるのだ!」
「…………」
エマクオンは口をつぐんだ。
その様子にウモナは、少し気になったが、この男を逮捕するのが先決だ。
「キロル。縄を用意して。エマクオン、こいつらを縛るよ」
「うん」
そうして、宿屋内に襲撃してきた三名の魔術師を縄で縛り上げ、ウモナはイヤリングを使い、クウゴに連絡した。
「こっちは片付いたわよ」
「了解」
――一方クウゴとエリは、宿屋の外で残り三名の魔術師を退治していた。
完全に、魔術師達の計画はバレバレだったのだ。
最初に魔術師達の動きに気が付いたのは、ウモナだった。
クウゴの服を買っている時から、尾行されているのは気が付いていたし、宿に戻ってから、仲間たちに今夜襲撃されるだろうと助言もした。
以前、クウゴとエマクオンのステータスを、魔法で調べている以上、彼らは真っ向からは仕掛けて来ないと推測した。
ウモナは、自分が相手なら、キロルを狙うとクウゴに伝えると、この作戦を練り上げた。
キロルを襲いに来た魔術師を返り討ちにして、しょっ引いてしまおうということだ。
その作戦はものの見事にハマった。
宿の外で魔術師達がやってくるのを待ち構えていたクウゴとエリは、彼らを一網打尽にするため、その人数が六名であることをしっかりと調べてから、一人残らず倒したわけだ。
「く、くそ……」
「おめえら、魔力欠乏症のカラクリを分かってたのか?」
「……わ、私達は、命令されて……」
気の弱そうな魔術師が、クウゴに迫られ、ビクビクと白状した。
この魔術師は前にクウゴのステータスを魔法で確認しようとした魔術師だと、思い出した。
どうやら、クウゴの【気】を開放したステータスを目の当たりにして、そうとう恐れおののいている様子だ。
ハッキリ言って、人外の力を持っていると言っても過言ではないからだ。
「命令って誰にだ?」
「そ、それは……」
言いよどむ魔術師に、クウゴは近寄り、彼を掴み上げた。
「ひっ!?」
そして、そのままふわっと空中に上がっていく。
「うわあああ!?」
「暴れると落ちっぞ?」
「わ、分かった、言う! 言うから下ろしてくれぇ!」
上空数十メートルというところで、クウゴの右腕一本で吊り下げられている魔術師は、遥か下の地面を見て、完全に敗北宣言をして全てを白状するのだった。
「正ムアル=ダステム魔術師の現当主さまだっ……」
「それは誰なんだよ?」
「グエン様だっ! ま、町の病院で錬金術師をしているっ」
「っ……! あいつか」
一度、魔力欠乏症の話を聞くため、訪ねたことがある病院にいた錬金術師の名前だった。
青い髪をして、聡明そうな顔をしている青年だったと思ったが、まさか彼が魔術師だとは意外だった。
おそらく、純粋なる魔術師という姿を眩ませるための隠れ蓑だったのかもしれない。
確かに、正ムアル=ダステムの魔術師と名乗る男が、錬金術師だとは想像しにくかっただろう。
クウゴは、ひゅっと地面に下りてくると完全に腰を抜かした魔術師を縛り、エリに振り向いた。
「エリ。こいつらをウモナ達と一緒にデネブ校長に突き出してくれ」
「分かったわ。クウゴは?」
「こいつらの親玉と話しつけてくる」
クウゴはそういうと、自分の額に自らの指を押し当て、精神を集中させる。
「は、はは……無駄だよ……。グエン様はもうあの病院にはいない。遠くへ逃げ延びていらっしゃる。そしていつか、正ムアル=ダステムのために立ち上がるだろう!」
「そ、そんな……!」
「ふうん、そうなんか。ガッカリさせちまうけど、その希望は叶わねぇと思う」
「え……?」
シュンッ!
クウゴはその一瞬で、姿を消した。
「き、消えた!?」
魔術師は目を剥いてクウゴが居た空間に目を凝らす。
瞬間移動だ。
クウゴは、対象の顔を思い出せれば、その人物のところに瞬時にワープできる新技術を身に着けている。
グエンとは面識がある。それが全てのラッキーだった。
もしかすると、このラッキーは、クウゴが新しく装備したメタモル族の民族衣装に付与されている魔法効果によるものなのかもしれない。
――真っ暗な地下道を進んでいるグエンは、魔法のランタンの明かりを頼りに、必死にムアル=ダステムから遠ざかろうとしていた。
この通路は、かつての旧ムアル=ダステムの貴族たちだけが知っている秘密の通路だ。
ここを通って戦火を逃れた魔術師もいたのだろう。
歯痒いが、この町からは離れなくてはならないと、グエンは怒りの表情でその道を進んでいた。
「こ、この私が……! こんな屈辱を……! ぜ、絶対に許さんぞ、虫けらども……!」
真の魔術師であるムアル=ダステムの血を色濃く引継ぎながら、グエンはその身に魔力を有していなかった。
彼は、生まれながらにして、本当の魔力欠乏症だったのだ。
それは彼のプライドを大きく傷つけていた。
親からはこのことをひた隠しにするように言われ、色々な細工をして暮らして来た。
惨めでたまらなかった。
錬金術師としての地位を獲得したのは、魔力がない自分にできることの一つだったからだが、本来ならば、グエンは魔法学校の校長の座を狙っていたのだ。
そんなある日のことだ。
彼は錬金術の研究の中で、奇妙な微生物を見付けた。
それはヒドラに似ていたが、それではなく、強大な能力を持つ、レッド・ドラゴンだった。
なぜ、自分の錬金術の試験管の中に、そのレッド・ドラゴンが出現したのかは不明だ。
試験管の中のドラゴンは、人の魔力をエサにして大きく育っていくことを知った。
そして、グエンはその心の内側にあった闇を膨らませた。
これは、自分のために神が与えた力だと。
グエンは、レッド・ドラゴンを用い、魔法学校の有能な生徒の魔力を喰わせていった。
そうすることで、魔法学校の評判を落とすことも出来る。
そして、なにより自分と同じ魔力のない人間が増えることで、己の中の劣等感を癒せるように思えたのだ。
「必ず、私はここに戻ってくるッ……! そ、そのときこそ、ムアル=ダステムの真の姿を取り戻し……」
シュンッ――。
「!?」
「よう、グエン先生」
グエンの目の前に【瞬間移動】で出現したクウゴは、立ちふさがる。
グエンは一瞬、驚いた表情をみせたものの、すぐさまその顔が強い憎しみに染まっていく。
「き、キサマぁぁぁ~~っ! キサマさえ来なければ……!」
「今回の事件、あんたが真犯人なんだな」
「あのドラゴンは、私の希望だったのだッ! ゆ、許さんぞ~~~~ッ!」
「……オラは、あんたのこと、誤解しちまってたんだな」
もはやグエンは初めて出会った時のような聡明な印象がない。
野獣のように怒りをぶちまけ、クウゴを睨みつけていた。
「オラは……医者を尊敬してる。オラの病気を治そうと必死に頑張ってくれてたのを知ってたからな」
「なんだと、キサマも魔力がないだろう?! 魔力欠乏症に苦しんで、医者に縋ったのだろう!? だが、あいつらは無能だ! この病気のことを不治の病だと言い、さじを投げた! だから私は自分でその治療法を見付けるために死に物狂いで勉強したんだッ!」
「……オラは、魔力欠乏症の苦しみはわかんねえ。だけど、病気で苦しんで理不尽な思いをするのは、理解できる」
転生前のあの惨めな毎日のことを思い出せば、魔力欠乏症の苦しみ自体は理解できなくても、病人として不自由な生活をした気持ちに寄り添うことはできる。
「おめえは、立派な医者だと思ったのに、残念だ」
「私は魔術師だ! エリートなんだ! 純粋なる血の末裔だ!」
残念だが、グエンとの関係は平行線のようだった。
戦うしかない。
ここムアル=ダステムでの、最終決戦が、始まる――。




