この話の意味が分かった人は、筋斗雲に乗れません
隠れ家を出て森を抜けるころには、すっかり日が落ちていた。
このペースだと、ムアル=ダステム魔法学校までは早くとも五日ほどかかるだろうか。
エリはドラゴンの反応を鏡で確認しながら、やはりその魔法学校が怪しいと睨んでいた。
赤い反応がついたり消えたり、不定期にチラつくのだ。
赤い竜が、魔法学校で暗躍しているのだと想像できたが、凶悪なドラゴンが何故、こんなに身を隠しながらコソコソとしているのかは分からなかった。
「クーゴ、あたらしいカラダはー?」
クウゴの肩に張り付いている森ヒトデ……、キロルが不満そうな声を出していた。
森を抜けたところではあったが、まだキロルがお気に召すような魔獣とは出会えていない。
「もう少しまってくれよ」
「でも、この森ヒトデ、お腹が減ってきたら、眼を覚ましちゃうよ。そしたら私、憑依が解けちゃう」
確かに、キロルがこの森ヒトデに催眠術をかけてずいぶん時間が経過した。
空腹を感じたら、いくら催眠術にかかっていようと目覚めるのが野生の動物だろう。
とは言え、もう随分と暗くなった。これ以上は今日は旅を進めるのは難しい。
この辺でキャンプを張って、明日の朝にまた移動をするのが安全だ。
森を抜けた先は平野になっていて、この辺りならキャンプもやりやすいだろうが、問題はキロルだ。
「今日はこの辺で野宿だな」
「夜の番はどうするの?」
「交代にすっか」
休める時には休むべきだ。四人いるので、二人ずつペアになって休憩と見張りを交代することになった。
最初はクウゴとエリが見張りに立ち、エマクオンとウモナが眠ることになった。
「エマクオンとウモナ、寝るの? じゃあその間は、私、どっちかの身体に入ってていい?」
「えっ……」
キロルのその提案に、顔を引きつらせたのはウモナだった。
自分の意識が眠っている間に、自身の身体を他人の入れ物にされるのはいい気分ではないだろう。
エマクオンも、以前キロルにやられて全裸にされたので、頭のリボンを気にして、身体を譲るのは避けたい様子だ。
「ボクはだめ。ウモナに入っていいよ」
「な、なんでアタシ!?」
「エリもボクも、キロルに憑依されたから、今度はウモナの番」
「ええ……、順番せいだったの……?」
エリは服を買いに行った時にキロルに入り込まれていた。
その時の記憶はなかったが、のちほどキロル本人から、エリの身体に入った事が告白されている。
その時のエリの真っ赤になった顔は、今でも忘れられない。
結局キロルに憑依されたことがないは、クウゴとウモナだけということだ。
クウゴはこれからまだ夜の見張りを行うので、ウモナが今回の憑依対象だという理屈は……まぁ、筋が通る。
ウモナは観念したように、両手をあげた。
「わかったわヨ。でも、代わりの動物が見つかったら、すぐにそっちに入ってよ?」
「わぁい! やっと、スライムから離れられるっ」
キロルは嬉しそうに言うと、森ヒトデの身体でウモナと共にテントの中に入っていく。
エマクオンも、ほっとした様子で一緒にテントに入っていった。
「だ、大丈夫かなあ」
エリが不安そうな声を出したものの、クウゴだって何とも言えない。
ともかく、二人が寝たら、キロルはウモナに憑依して、森ヒトデはお役御免だろうか。
ずっとウモナに入ってもらっているのも悪いから、何か別の動物を見付けてやりたいところだが、この辺りは開けた草原で、動物は見当たらない。
「とりあえず、火を起こすか」
「あっ、私に任せて。魔法の勉強して、ひとつ習得したものがあるの」
「おっ、そいつはすげえな!」
クウゴは魔法をまだそんなに知らない。これからいく魔法学校に興味があったし、エリだけが唯一このパーティーで魔法の知識に長けている。
魔法を身近に感じさせてくれるエリを、クウゴは好きだった。
「【ぬくもりの炎】!」
エリがかざした杖から、光が溢れ、暗い夜のキャンプ地に温かい熱が生まれる。
それは、魔法で作られた炎の光だ。
まるで、ストーブのように、一か所にとどまり、光と熱を発し続けている。
「おお、すげえな。これなら、キャンプファイアーを起こさなくていいじゃねえか」
「明かりとぬくもりだけの魔法だから、なにかを焼いたりはできないけどね」
てへ、と褒められたことが嬉しそうに、エリは説明した。
低燃費の魔法だが、旅には必須の便利魔法だろう。
「エリ、魔法の修行なんかやってたんかぁ」
「うん、いつかはドラゴン退治に旅を再開すると思ってたから、館の書庫で使えそうな魔法を勉強したんだ」
勉強熱心ないい冒険家だとクウゴは感心していた。
きっとエリはいい魔法使いになるはずだ。
「オラも、ただ自分の力を過信しねえで、もっともっと修行して技を編み出したほうがいいかなぁ」
「ク、クーゴはそれ以上強くならなくてもいいんじゃないの?」
エリがクウゴの傍に腰かけて、暖かい光に当たる。
確かに、クウゴの力はこれ以上強くなると逆に災厄をもたらしてしまうような破壊力があるので、危険かもしれない。
だが、クウゴはそういう考えで発言をしたわけではなかった。
「いや、ちげぇんだ。オラ、エリの魔法を見て、感心したんだよ」
「え? わ、私の魔法で……。大したことないよ、私の魔法……」
エリは謙遜しているのか、照れながらクウゴに両手をパタパタと振っていた。
「何言ってんだ。この魔法、すげえじゃねえか。オラ、これまでは魔法って、すっかり敵を攻撃するためのものばっか想像してた。でも、この魔法がそうじゃねえだろ。生活のための知恵が入れられている」
「魔法は開発次第で、色々な利便性を持つからね……。水中呼吸できる魔法や、身体を透明にする魔法だってあるよ」
「なるほどなあ。オラ、力ってのの使い方をひとつ学んだぞ」
クウゴはエリの話を興味深く聞いていた。
エリはそんなクウゴに、頬を赤らめながら頷く。
「オラも、エリみてえに、力を求めるんじゃないスキルの利用方法を考えてみっか……」
思えば、クウゴが取得している空を飛ぶスキルの利用方法だって、破壊や攻撃のための技術ではない。
そういう力の使い方もあるし、人の成長の仕方だってあるのだと、エリから教えてもらった気分だった。
まだどんなスキル開発するのかは、構想がないものの、クウゴはこれからの冒険の中で自分でも技術を編み出すような修行をしてみるのも悪くないと考えるのだった。
やがて、暫くすると、テントからウモナが顔を出して来た。
眠れずに出てきたのかと思ったが、逆だ。しっかりと眠っていて、その身体にキロルが入っているようだった。
「クーゴ♪」
「お、おわっ」
不意に背後からウモナの身体で、キロルがクウゴに抱き着いてきた。
ウモナはハッキリ言ってグラマラスな肉体をしているので、密着されると、弾力が半端ない。
背中越しに、ウモナの女性の象徴を感じ取り、「ボク、元気!」と反応してしまいそうになる。
おそらく、ウモナのサイズなら、顔を挟んでのスキル【ぱふぱふ】が使用できることだろう。
「ウ、ウモナ! ……じゃない、キロル! 離れなさい!」
エリが割り込んできて、キロルをクウゴから引きはがす。
「なにすんの、エリー!」
「な、なにって……むやみにくっついちゃダメ!」
「なんで?」
きょとんとするウモナの顔は、なかなか普段ではお目にかかれない。
こういうところが、キロルに憑依されるのを拒んでしまうところだろう。自分では見せないようにしている部分を見せてしまうのは恥じらいを生んでしまうだろう。
キロルはまだ八歳の少女であるため、無邪気な子供の精神だ。
だから、大人の身体をしているウモナに入ると、色々とギャップが凄い。
「と、とにかく、女の子がはしたないでしょ」
「うわー、ウモナのおっぱいおっきいー」
「ひとの話を聞きなさいー!」
ぽよぽよと自らの胸を触りながら、キロルは興味深そうに眼玉をキラキラさせていた。
「あ、あんまりウモナの身体に悪戯すんなよ、キロル」
「悪戯なんかしないよー。でもでも、この身体で大人のお洋服きてみたい! ドレスとか!」
キロルは嬉しそうに笑顔を見せた。ウモナの顔で。
確かにウモナほどもプロポーションがあれば、色々と着込んでみたいと思うのは分かるかもしれない。
「ねえねえ、エリ。お洋服交換しようよ。私、ウモナの身体でその服着てみたい!」
「だめです! こ、こんなとこで服を交換できるわけないし……」
それに、ウモナとは『サイズ』が違うと見ただけで分かる。
なので、エリは断固として拒否していた。
クウゴの前でそんな恥じはかきたくないというのが、乙女心であった。
「次は、クーゴの身体にも入ってみたいなァ」
「うっ、少しだけならいいけど、オラの身体はちょっとあぶねえと思うから、できればやめた方がいいぞ」
「えー? 絶対楽しいと思うし、入ってみたいなあ。私、男の子になってみたいって思ってたんだ。男の子の服も着てみたいもん!」
無邪気な好奇心の言葉だろうが、考えてみると、異性に自分の身体に入られるのはなんだか妙な気持ちになった。
男女で体が入れ替わる……。そんなことになったらと考えると、確かに興味深いと思うのは理解できる。
クウゴは思わず、エリをじっと見てしまっていた。
「えっ……? な、なに?」
「い、いや、なんでもねえ……っ」
思春期の少年らしく、ちょっとそういう想像をしてしまったのは、健全な証拠だろう。
「ねえねえ、可愛い動物、見付けられるかな?」
「あ、ああ? み、見付けねぇとなァ。どこかに居れば良いんだけどなァ~」
上ずった声が出てしまったクウゴは、キロルにそんな返しをする。
ウモナのためにもキロルの憑依体になってくれる存在がいればいいが、今晩はこのままで過ごすしかないだろう。
これから先の道中で、意識的に動物を探しながら進んでいくのが一番いいだろうか。
「あれ……? そう言えば、今まで入っていた森ヒトデはどこにいったの?」
「んー? テントでウモナと交代したあとは知らない」
ぶんぶんとウモナの顔で、キロルは首を振る。
……と言うことは、森ヒトデはまだテントの中にいるのだろうか。
「テントの中……って、エマクオンが寝てるんじゃ!?」
ほとんど無害な森ヒトデではあるものの、場合によっては人を襲う魔物であることに違いはない。
エリとクウゴは弾けたように立ち上がり、テントの中を確認した。
「!!」
テントに首を突っ込むと共に、エリはクウゴをテントから追い出した。
「ク、クーゴは見たらだめっ」
「な、なんだ、エマクオンは無事なんかっ?」
エマクオンはかなりの上級冒険者なので、森ヒトデなんかにやられてしまうことはないはずではあるが、寝込みを襲われてしまったらどうなってしまうか分からない。
クウゴはテントに頑なに入れないエリに、中の状況の確認を求めた。
しかし、エリは絶対に、エマクオンのことを語らなかった。
「だ、ダメ。クーゴは絶対ダメだからね。ちょっとそこで待ってて」
「……? わ、分かった」
エリの剣幕に、クウゴは目をぱちくりとさせた。一体中でなにがあったのだろうか。
ウモナの身体に入っているキロルも、クウゴの横に立ち、きょとんと首をかしげていた。
「森ヒトデ、お腹空いてたみたいだから、ご飯食べたがってたよ」
「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな……?」
憑依体が意識を取り戻したら、キロルが取り憑いていられなくなる。
睡眠欲が満たされたら、次は食欲だろう。
長いことキロルに憑依されていたから、腹も空いてしまったということか。
森スライムが、樹液を啜っていたのを思い出す。
テントの中には樹なんて生えていないし、なにか食欲を満たせるものがあっただろうか。
場合によっては、人を襲って体液を吸う――。
そんな情報をエマクオンが語っていたのを、思い出した。
(……体液?)
あのテントの中にいたのは……エマクオンだけなので……。
腹を空かせた森ヒトデは、食欲を満たすために……。
「エ、エリ? エマクオンは……、だ、大丈夫なんか……?」
「だ、大丈夫だから。い、命には全然別状ないっていうか……。キ、キロルも来ちゃダメだからね! こ、子供には早すぎるから!」
「えー? エリってばすぐ私のこと、お邪魔ムシ扱いするー」
ぷく、と頬を膨らませたキロル。
クウゴは、そそくさとキロルを連れてテントから離れた。
なんというか、察した。
テントのなかで、なにがあったか……。
クウゴは精神統一の修行をするために座禅を組んだ。
テントの中から、エマクオンの切なそうな声が漏れ出ていた。
(いかん、いかんぞクウゴ。邪気があっては筋斗雲に乗れんぞ!)
何を自分に言い聞かせているのか、クウゴは必死になって、頭の中で素数を数える。
それは別の作品のパロディではないか! と突っ込みを入れ、テントの中で格闘をしているエリを応援していた。
「う、うわ、すごい……こんなに……」
テントの奥から聞こえるエリの声が震えていた。
「ねえ、クーゴ。なんかすごいことになってるみたいよ?」
「キロル、聞いちゃだめだ」
「えー?」
それからしばらくして、満腹になったらしい森ヒトデがテントからほおり出されてきた。
満足したのか、また眠り出していたので、クウゴはそれを捕まえると、キロルに言った。
「これに入ってなさい」
「えーっ。またそれ~?」
「絶・対にっ、明日には別のやつを用意すっからッ!!」
クウゴの剣幕に押され、キロルは文句をひっこめて、うんうんと頷くと、ウモナから離れ、また森ヒトデの中に入っていく。
「ううん……、あれ? もう交代?」
キロルが離れたことで、ウモナの意識が戻ったようだ。
朦朧とした意識を支えて、ウモナを眉間を押さえていた。
「……あれ、どうしたの? なにかあったの?」
「詳しく説明すると、運営から削除しろって言われちまうから、何も聞かねえでくれ」
クウゴは身勝手の極意には程遠いと、自らの力の未熟さを思い知るのだった――。




