レベル上げ
「え? レベル上げをしたい?」
「そうよ! 私はまだレベル3なの! これからドラゴンを倒すんだったら、レベルを上げなくちゃ命がいくらあっても足りないわ!」
三日目の朝、エリはクウゴにそうせっついた。
強くなるにはレベル上げ、そんなのこの世界の常識だ。
レベル上げをするためにも、依頼をこなして経験値を獲得しなくてはならない。
「【気】のラーニングはいいのか?」
「私、思ったんだけど、その【気】って技能、ユニークスキルよ」
「ユニークスキル?」
「その人だけしか持ちえない、他人には教えることができない才能のこと。私の【魔法資質】と同じだわ」
生まれ持った才能ということか。確かにそれは他人には教えられるようなものではないかもしれない。
「ボクは、クーゴの【気】が欲しい」
「そ、それは、エマクロンはもうレベル70だし、レベル上げに関心が薄いのは分かるけど、私はまだ駆け出しで伸び盛りなの! 経験が必要なの!」
「エリの言いたいことは分かるけど……。オラ、さっさと世界を平和にしてのんびり暮らしてぇぞ」
レベル上げをして、コツコツ強くなってボスであるドラゴンに挑むという手段は取りたくないクウゴは、困った顔でエリを宥めた。
しかし、エリも譲らない。
「ドラゴンを倒しきっちゃったら! ク、クーゴが英雄になっちゃうでしょ!」
「……? なったらマズイのか?」
「うっ……それは、その……」
口ごもるエリに、クウゴは怪訝な顔をする。隣では無表情なエマクオンが事の成り行きを見守っていた。
エマクオンからすればどっちでもいいようだ。
「安心しろよ、エリ。オラ、英雄になりてぇわけじゃねぇんだ。この世界で、のんびり生きてるって実感を感じながら過ごしてぇだけなんだ」
「な、なんかクーゴっていつもそれ言ってるね。のんびり暮らしたいって」
「それがオラの幸せだと思ってるからなぁ」
クウゴは現代社会で生きていたときのことを考えていた。
思えば日本社会で生活している人々はみな、時間に追われ、人生を慌ただしく過ごしているように思う。
クウゴ自身は病院で寝たきりの生活をしていたが、ニュースから聞こえる自殺者のニュースや、ブラック企業の問題だとか、とかく社会は生きにくいものなのだと実感していた。
きっと、現代は発展することを目的にしすぎて、多くを求め過ぎたからあんな風なストレス社会になってしまったのだと思う。
本来、人間は幸せを求めて生活するべきなのに、発展を求めて生活するようになったから、心の豊かさを失ったのではないだろうか。
だから、クウゴはこの世界でのんびり、細やかな幸せを感じながら過ごしていきたいと願っていた。
英雄になって、持て囃されて豪邸に住みたいわけではない。
「でも……それじゃあ私は、いつまで経ってもクーゴの隣に立てないんだもん……」
エリは誰にも聞こえないように、そう呟いた。
このままでは、あまりにも不釣り合いな気がして、自分が許せなくなる気がした。
「それに、一刻でも早くドラゴンが居なくなったほうが、苦しむ人たちを救えるだろ?」
「それは、そうだけど……」
エリとて、故郷をドラゴンに襲われているので、そう言われると言い返せない。
クウゴの力でドラゴンを一掃してしまうのが手っ取り早いのは分かる。
「エリのレベルが上がればいいの?」
今まで黙っていたエマクオンが口をはさんで来た。
思わず、エリとクウゴはエマクオンに振り向いた。
「だったら、いい方法があるよ。メタル狩りをすればいいんだ」
「メタル狩り……?」
メタルモンスターという希少なモンスターがいることをエマクオンは教えてくれた。
そのモンスターは滅多に人前に姿を見せず、しかも素早く逃げ出すことから退治できる冒険者はごく少数なのだが、見事倒し切れば、莫大な経験値を獲得できるというのだ。
「そのメタルモンスターって、どこにいけば狩れるの?」
「希少なモンスターだから、狩場なんかないよ。出会ったときに逃がさず倒せばいいんだ」
「そ、そんな運任せな……」
ほとんどギャンブルみたいなレベルアップ手段だった。エリはがくりと肩を落とした。
そんなエリに、エマクオンは、ぽんと肩を叩いた。
「大丈夫、裏技がある」
「え?」
「メタルモンスターっていうのは、要するに、突然変異のモンスターなんだ。いきなり偶然生まれるモンスターがメタル化してる」
「……どういうこと?」
「ボクはソロでずっと冒険してたとき、ネバネバスライムってモンスターと戦ったことがある」
ネバネバスライムは中級モンスターで、ランクDくらいの冒険者の相手として設定されることが多い。
特徴としては素早く倒さないと、どんどん分裂して数を増やし、冒険者をかく乱してくる。
そのため、ネバネバスライムの対処法は、一撃で仕留めることだと情報が普及している。
「ボクは、そのスライムが分裂したとき、新しく生まれたスライムがメタル化して生まれたのを見てるんだ」
「突然変異って……まさか……!」
「うん、メタルモンスターを見付けるだけなら、そういう分裂するモンスターを増やしまくってたら、メタル化したものが出てくるかもしれない」
「すっげえな、ホントに裏技みてぇじゃねえか!」
クウゴも面白そうに目を輝かせていた。
「でも、それでメタルモンスターに出逢っても、倒せるかどうかはまた別問題だよ。メタル化したモンスターは、固いし、急所を突かないと倒せない」
「そ、それじゃ……結局私には無理じゃない」
エリは自分の攻撃力を知っている。とても敵を一撃で倒せるような能力は持ってない。
「無理じゃねぇと思う。エリ、おめぇならできっさ」
「そんなお世辞……」
「お世辞じゃねぇ。今のおめぇなら、きっと倒せる。オラが保証すっぞ」
エリの自信の無さをクウゴが支えるように元気づけた。
エリにはそのクウゴの言葉が、単なる優しさにしか聞こえなかった。
「じゃあ、分裂するモンスターを探さねぇとな! どこにいるかな」
「この辺りなら、森ヒトデが生息してるはず。あれは分裂するタイプのモンスター」
森ヒトデは、名前通りに森林地帯に生息するヒトデだ。外見が星型なのでヒトデと名前が付いているが、分類的にはスライム族のモンスターらしい。
「よし、じゃあ森ヒトデを探しみっか」
「う、うん」
こうして、森の中でヒトデを探すという探索が始まった。
木の根っこなんかに張り付いていることが多いというエマクオンの情報を頼りに、生い茂る木々の股を探っていく。
「あっ、いた!」
エリが気の根っこに張り付いている星型のスライムを見付けた。森ヒトデだ。人間の掌と同じくらいのサイズしかない。
何かを啜るような音を立てている。樹液を吸っているのだろう。
「狂暴なモンスターなのか? みたところてぇしたことなさそうだけど」
「一匹二匹なら害はないけど、群れになると強気になるのか、人間にも襲い掛かってきて、体液を吸うよ」
「き、きもちわるい……」
森ヒトデの群れに襲われることを想像すると、エリはぞっとして鳥肌を立てた。
「だから、森ヒトデを見付けたら、普通は数が増えないうちに駆除する。増え過ぎた時は森ごと焼却して対処したりするんだ」
「今回は増殖させて、メタル化したものを倒すから、あぶねえことになるな」
「動きは緩慢だから、油断しなかったら、一匹ずつ処理できる。分裂したら、メタルじゃないならその場ですぐに倒しちゃえばいい」
「な、なんか作業感高まるな……」
ということで、森ヒトデ増殖メタル狩りの裏技が開始されることになった。
エリが見付けた森ヒトデを攻撃し、分裂したら、そちらを一撃で倒す。その繰り返しの単純作業だ。
レベル上げというのは、どの世界でも作業になってしまうんだなぁと、クウゴはひっそりと考えていた。
「じゃあ、私が攻撃するってこといでいいのね?」
「ああ、オラやエマクオンじゃ強すぎて、分裂させるまえに倒しちまうだろうからな」
「分かった、じゃあ行くわよ!」
エマは装備している精霊の杖を握り、樹液を吸っている森ヒトデに力を込めて振り下ろした。
ぶちゅんっ。
嫌な手ごたえを与える森ヒトデは、杖に潰されて変形すると、樹の根っこから剥がれ、ヒルかナメクジみたいに、這いずって動き出した。
すると、潰れたヒトデがそのまま二つに分かれ、分裂を行った。
「あっ、増えた!」
「メタル化していないね。はい処理」
ザク。
増えたほうのヒトデをエマクオンが妖刀『血桜』で斬り捨てた。それでヒトデは倒されて、どろっとした粘液みたいにって地面に沁み込んでいく。スライム系特有の死に方だ。
元々、スライムは魔法生物なので、死というのも適当な言葉ではないかもしれないが、活動を停止した。
「じゃ、この流れでメタルが出るまでやっていこ」
「えぇ……なんか私の知ってる冒険と違う……」
ジト汗を垂らしながら、エリはぶちゅんとヒトデを潰し、増殖したら、それをエマクオンが斬る。
そんな作業感満載のレベル上げが始まった。
ぶちゅん。ザク。ぶちゅん。ザク。ぶちゅん。ザク……。
何匹それを繰り返したか分からない。森ヒトデは叩くとほぼ無尽蔵に数を増やすので、ある意味脅威の生命力と言っても過言ではない。
そして、七十八匹目をエマクオンが斬った時だった。
「はぁ、はぁ。杖で叩き続けるのも、けっこう疲れるわね」
「単純作業は、精神的にも疲れちまうからなぁ……」
すっかりクタクタになってきているエリは、よっこいしょ、と杖を振りかぶる。
どうせ、次も出ないだろう。っていうか、ホントに出るですかね? くらいの気持ちで完全に滅入っていた。
ぶちゅんっ。
シュルンッ!
「ッ!?」
潰したヒトデが分裂した。そこまではもう見なれた光景だった。だが、分裂した片割れが、異様に素早く動き、光沢を持っていた。
まるで水銀みたいなそのヒトデは、メタル化した森ヒトデで間違いない。
「出た!」
「エリ!」
「えっ、わっ! きゃっ!?」
油断していたことで、不意に出てきたメタル化モンスターに対応が遅れた。
通常種のヒトデが、のらりくらりと動くのに、メタル化している森ヒトデは、ネズミみたいにちょこまかとすばしっこい。
「逃がしたらダメ!」
「ま、まちなさいよ!」
メタル化した森ヒトデを倒すのは、クウゴでも、エマクオンでもない。エリ本人が倒さなくてはならない。
エリが望んだレベル上げだからだ。ここで二人に手を借りてしまえば、エリが『強くなる』ことの意味がない。
やり遂げなければならないのは、エリの他にいない。
(私が倒さなきゃ!)
山の中、エリは走り出した。
素早く動くメタルヒトデを追いながら、右手に握る杖に力を込める。
「私が倒さなくちゃっ!」
険しい山の道と、木々が生い茂る森を縫い、エリは汗を散らして駆けた。
「パーティーにいられないのよぉっ!」
銀色の森ヒトデに追いつき、杖を振りかぶる。
全力を込めて硬質な軟体動物を殴り潰した――。
つるんっ!
だが、その森ヒトデのメタルボディはエリの非力な一撃を物ともしていない。
受け流すように杖の打撃を滑らせて、また逃げていく。
「う、うそ……。固すぎる……」
エリの渾身の一撃を当てたつもりだった。だというのに、メタル森ヒトデには全くダメージが入らなかったようだ。
これ以上の打撃力なんて、自分では出せない。せっかくエマクオンが協力してくれて、早くドラゴンを退治したいというクウゴの言葉も押し切って、レベル上げをしているのというのに。
不甲斐ない――。
かっこ悪い――。
エリの足が力を失う。
駆け出そうという意思が弱まる。
どうせ自分では付いていけない――。
クウゴの隣には、似合わない――。
「エリ! おめぇならできる!」
「っ!!」
クウゴの声がした。
エリは木の上に立つクウゴを見付けた。クウゴは挫けそうになっているエリを真っすぐ見ていた。
「教えた通りにやってみろ! おめえには、【魔法素質】があるんだろ!」
「っ……」
クウゴに教えられたとおりに……。
そう脳裏で反芻する。
気は丹田を意識する。
エリは足を止め、呼吸を落ち着かせる。脚を肩幅まで開き、杖を真っすぐに構えた。
(気は、魔力。魔力は、私の素質……! 私が誇れる武器……!)
自分の体内を巡るエネルギーを感じ取る。そしてそれを一か所に集めるのだ。
クウゴが見せたように、指先でもどこでもいい。
エネルギーを打ち出すことをイメージする。
エリの身体から、青白いオーラが揺らめき始めた。彼女の長いストレートの銀髪がふわりと舞い上がり、エリの構えた杖の先に力が収束していく。
「どんな相手にだって、【気】はある! あのメタルヒトデにもあるんだ。それを探れ!」
クウゴの声がしみこむように伝わってくる。
かつてないほど自分が集中していることを実感していた。
エリは、瞼を下ろし、高速で動くメタルヒトデの気配を探る。相手は魔法生物だ。
魔力がモンスターを動かしている。魔力の扱いなら――。
「魔力の扱いなら、誰にも負けたくない!」
瞳を開いた。一点先に、魔力が煌めいた。
あれが、目標だ!
「マジック・ミサイル!」
気合を打ち出すように、エリは魔力の塊を具現化し、青白い魔法のエネルギー弾を杖から発射した。
ビシュンッ!
超速で打ち出された魔法の光は、意思をもつかのように、木々をすり抜けて、逃げるメタルヒトデに向かっていく。
(身体を貫くんじゃない。存在を貫くんだ!)
メタルヒトデの表面をなぐるのではなく、その中にある魔力を突くことが重要だと気が付いた。
エリのマジック・ミサイルは、その意思を乗せ、メタルボディを貫いた――。
バシュゥンッ!
直撃の音が響く。そして、遠くで何かがぶちゃりと潰れる音がした。
「やったぞ! エリ!」
木の上からそれを見ていたクウゴが嬉しそうな声を出した。
「……た、たおせたの……?」
「クリティカルヒットだったぞ、エリ!」
敵の急所を貫き、一撃のもと、仕留めて見せた。
へたりと、エリは座り込んだ。
「わ……私……できた……」
ひゅん、とクウゴがエリの前に下りてくる。
「やるじゃねえか。オラ、初めて魔法を見たぞ、すっげえな!」
「クーゴ……」
心底嬉しそうな顔をしているクウゴの顔が、エリの心に焼き付いた。
もう、たまらなくなったので、エリはクウゴに飛びついていた。




