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凡人と超人と

 シントーワから離れ、二日目の夜のことだった。

 【気】の修行を続けながら、キャンプを張り、暫くここで過ごすということをしていたのだ。

 クウゴは一人、見張りをしてくれるというので、エリとエマクオンは一緒に寝床に入っていた。


「ねえ、エマクオン」


 クウゴには聞こえないように、エリは声を潜めてエマクオンに声をかけた。

 エマクオンはごろんと転がるようにして、エリに顔を向けた。


「なに?」

「ずっと気になってたんだけど、どうして私たちのパーティーに入る気になったの?」


 エリは、あのギルドであった一連の話の中で、今日までずっと引っかかっていたのだ。

 噂では、エマクオンはソロ・クエスターとしても有名で、誰とも組まないと本人も語っていた。

 それがクウゴが声をかけてから、どういう心境の変化なのか、あっさりと仲間に加わってくれたのだ。

 エリは何か裏があるのではないかと訝しんでいた。


「ボクは、はるか北の国にあるタルカジャの出身だ」

「聞いたことない場所だなぁ。それと仲間になったこととどう関係があるの?」

「タルカジャの民は、生まれながらに神からお告げを受け取る。ボクもそうだった。そのお告げに従うのがタルカジャの民の誇りだ」

「ずいぶんとストイックなんだね」


 生まれた時に神様から言われたことを守り通して生きていくというのは、なんだか堅苦しそうだ。

 エリにはそんな生き方はできないだろうな、とエマクオンの話を聞きながら思っていた。

 しかし、そんなストイックな教えに従って来たからこそ、エマクオンはこんな歳でも超級の力を獲得できたのかもしれない。


「ボクへのお告げは、単純なもの。そんなに大変なしきたりじゃない」

「そ、そうなの? どんなお告げなの?」

「バカものに処女を捧げること」


 …………。

 時が静止したみたいに、沈黙が訪れた。

 エリは聞き間違えたのかと思って、穏やかな笑顔を作って確認する。


「うん? ……え、なんていったのかな?」

「バカの代表みたいな男がいずれ現れるから、そいつに処女を捧げることがボクへのお告げだ」


 エリは笑顔を凍り付かせて、二の句が継げなくなっていた。


「クーゴは、バカみたいだから、多分、ボクの処女をもらうはずだ」

「な、何言ってるのよ! だ、ダメに決まってるでしょ!!」

「? なんで?」


 流石にエリが顔を真っ赤にして食いついた。

 乙女の恥じらいも何もないエマクオンの発言に、困惑と焦りを纏わせた。

 対して、当人であるエマクオンはきょとんとした顔をしていた。

 処女の捧げるという言葉の意味をきちんと理解しているのかも怪しい。


「な、なんでって……、お、女の子の大事なものを、そんな……お告げなんかで決めて……」

「タルカジャのお告げは絶対だ。ボクは、処女を誰かに奪われないために強くなった。パーティーを組まなかったのは、みんな賢そうだったからだ。バカっぽいやつは、S級ランクの冒険者に居なかった」


 バカだったら、そもそもS級にはなるはずもない。

 バカとパーティーを組むつもりだったからという理由で、今までソロ・クエスターをしていたというのは、エリを呆れさせた。


「い、いやクーゴはバカっていうより、非常識なだけだから、エマクオンの相手とは限らないんじゃない?」

 汗を垂らしながら、必死にクウゴは違うと力説しているエリ。

「いや、ボクは分かった。クーゴこそ、ボクの処女をあげる人だ。あんな奇妙な男は他にいない。神様はきっとクーゴと出逢うことを予言して、ボクにこんなお告げを授けたんだ」

「確かに、クーゴは奇妙で珍妙で面妖だけどっ……」

「それにボクは空を飛んだ時、胸を触られた。男が女の胸を触るのは、処女がほしいときだって勉強した」

「どんな勉強したんだぁぁっ!」


 どうやら、常識はずれなのはクウゴだけではない。このエマクオンもどこかネジが緩んでいる。

 ある意味、非常識な人間同士お似合いと言えなくもないが、エリは頑なにそこを認めるわけにはいかなかった。


「わ、私だって、……お腹のとこ、さわられたもん」

「エリも処女をあげたいの?」

 エマクオンは素朴な疑問という声色で、エリに訊き返した。

「ば、ばか!」

「ボクもバカだったか。これはもうお似合いの夫婦」

「うぐぐ、頭痛がしてきた……」


 エマクオンがなぜ仲間になってくれたのかは、分かった――と言うことにしておくが、納得はいかない。

 エマクオンは確かにS級冒険者で実力もあるだろう。だが、そこだけを磨き続けた結果、一般的な常識が備わっていないのかもしれない。

 男女の関係というのは、そんな風にお告げだからという理由で決めていいとは思えない。

 ちゃんと、お互いに好きになって、キスをして、抱きしめて――。


(はうっ……)

 ぽっと、エリの耳たぶに火がついたようだった。熱くてたまらなくなる。

 クウゴとそういうことをしている姿を想像して、途端に恥ずかしくなった。



「クーゴの強さは、ホンモノだ。エリも分かるよね」

 熱に身を焦がすエリの隣で、涼しい顔をした金色の目の少女は、純粋なままそんなことを言う。

「そ、それはまぁ……」

「クーゴはドラゴンを全滅させるつもりだって言ってた。本当にクーゴなら、それが出来ると思う」

「う、うん。私も、それは思ってる」

 パーフェクトオーガの砦を一瞬で塵にしたあの力があれば、ドラゴンも敵じゃないだろう。


「もしクーゴがドラゴンを全部倒したら、世界中から認められて、救世主として名を馳せることになるよね」

「そう、だね。これまで誰も成しえていない偉業だからね」

「そうしたら、英雄の子孫を多く残すため、クーゴは沢山女を囲うことになるはず」

「えっ、えぇ!? そ、そうなっちゃうの!?」


 慌てて大きな声が出てしまったエリは、はっとして口を押えた。


「なっちゃう。だから、ボクはそのお嫁さんに入る。エリも入りたいんじゃないの?」

「う、いや……でも、そんな……」

「ボクはタルカジャの民として、強い子孫を産みたいから、クーゴの子供がほしい」

「エ、エマクオン? あなた、ちゃんと分かってる? 子供を作るってどういうことか……」

「分かってる。勉強した。ここのところに、赤ちゃんの卵がある」

 もぞもぞと、エマクオンが寝袋の中で自分の下腹部を触っているのがわかった。

「い、いやそういう話じゃなくて……」

「ボクは、【気】の修行をして思った。クーゴが言ってた丹田に、エネルギーを感じるように呼吸するのは、子作りにも効果があるはず」

「……っ」


 ほんのりと、エリのお腹の下が温かくなる。

 クウゴに触ってもらった丹田の場所。

 それは、女性の子を宿す部分で、その部分の活性化は、たしかに健康な赤ん坊を育てるために大切なことかもしれない。


「ボクは思った。クーゴは【気】の修行は、強い女を育てる修行でもあるって」

「そ……そうかな……」

「ボクはクーゴの修行を頑張って、子供を作るんだ」

「も、もうこの話、おしまいね!」


 エマクオンの話を打ち切るようにして、エリはがばりと背を向けた。

 なんだか自分の中の気持ちがグルグルしはじめたから、もうエマクオンの話を聞いていられなくなった。


(な、なんでこんなに気持ちが落ち着かないの?)


 別にエマクオンとクウゴが、子供を作ったっていいじゃないか――。


(よくないよくない!)


 固く目をつぶりながら、ぶんぶんと頭を振るエリ。


(よく、ないよ……)


 しかし、エマクオンが語った、クウゴはやがて英雄になるという話は否定できない。

 そうなったら、世界中からクウゴの子孫を欲して、女性が押し寄せてくるのは間違いない。

 優秀な人の遺伝子を未来につなぎ、後の世の繁栄を考えるのは至極当たり前の話だ。


 かつての英雄も、何百人という愛人をもっていたと聞く。


(私……、全然強くないし……クーゴに付いていけてない……。エマクオンは、あんなに凄くって……クーゴと肩を並べていられる……)


 ぎゅ、と寝袋の中でエリは拳を握った。

 クウゴがどちらかを選ぶなら、それは明白な気がする。


(選ぶならって……)


 ふと、自分の考えを第三者のように見直して、エリは気が付いた。


(私……、クーゴのこと……。好きなんだ)


 握りしめた自分の拳のなんと弱々しいことだろう。

 レベル3という駆け出しのエリは、クウゴとエマクオンが遠い存在にしか見えなくなった。


(悔しい……)


 力を込める。

 非力な細い腕が、きゅ、と固まるだけで、それで世界を救えるのかと問われたら、エリは出来ないと即答するだろう。


 そんな自分が、赦せなかった。

 エマクオンにライバル意識など持つようなレベルですらない。

 クウゴの仲間として、隣に立っていられない自分を悔しく思った。


(私も、強くなりたい!)


 エリはその晩、声を殺して泣いた。

 そして、人知れず決意した。


 強くなる、と――。

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