丹田呼吸の訓練は子宮の活性化に役立ちます
「そ、それじゃあ【気】の修行を始めっぞ?」
「うん、よろしく」
「が、がんばるわ」
クウゴの言葉に続いて、エマクオンとエリが真面目そうな顔をして顎を引く。
クウゴは内心、どうしたものかと考えあぐねたのだが、自分が分かっている範囲のことだけを二人に伝え、あとは彼女たちのセンス次第だと割り切ることにした。
山の麓の開けた場所で、クウゴは二人の少女の前に立ち、軽く脚を広げて自然体をとる。
「まず、この状態で深く呼吸をしてみてくれ」
「すぅ……はぁ……」
クウゴの指示通り、エリたちも軽く脚を広げ、自然体を取り、呼吸を整えた。
「暫くそのまんまで、ゆっくり自分の中に流れるエネルギーみたいなものを感じ取るんだ」
「……エネルギー……」
少女達は、二人並んで、ゆっくりと瞼を下ろした。
そして、自分の中の力を探るように意識を集中させる。
「気かどうか分からないけど……、魔力は感じられる」
エリは【魔法資質】の技能があるためか、自分の中の魔力の流れを敏感に感じ取ったらしい。
クウゴからすると、その魔力の感じが分からなかったが、気が分からないエリと同じものだと考えれば、状況に差はないように思う。
クウゴの中の【気】をこの世界の住人達に置き換えれば【魔力】となるのだと解釈し、ひとまず、クウゴは納得した。
「それからどうするの?」
エマクオンは流石に実力者らしく、呑み込みが早いのか、自分の中の呼吸を捕まえ、体内の魔力が巡っていることを実感しているみたいだ。
クウゴは、相手に感じる【気】の存在感を計ることができる。やはり、エリよりはエマクオンのほうが修行をモノにできるかもしれない。
「普段その力を、無意識に使いっぱなしにしてると思うんだけど、力の流れをコントロールするんだ」
――スゥ――。
軽く呼吸を整えたクウゴは、自分の中の【気】を操作し、そのエネルギーを自分の右手の人差指にだけ集中させていく。
ブゥゥン……!
すると、クウゴの人差指に、小さな闘気の波動が噴水みたいに吹き出される。
ピッ――!
ザシュッ!
刹那、クウゴの指先から光が煌めいた。あまりに素早く発射されたエネルギーレーザーは、クウゴの傍の樹を一本切り倒していた。
「す、すごいっ」
エリは驚愕の声を上げた。エマクオンも目を見張っていた。
「オラは【気】って能力だけど、おめぇたちは、魔法があるんだろ? 魔法でイメージしたらどうだ?」
「魔法を使うにしても、そこまでの技術力まで高めるのには、ものすごい鍛錬が必要だわ」
「ボクは、今までなんとなくでしか、力を扱ってこなかった。意識して力を発揮するなんて考えたことない」
「それはエマクオンの【超級】によるセンスなのかもしれねぇな」
「……むぅ」
クウゴがエマクオンを素直に褒めると、なぜか隣のエリが頬を膨らませた。
ハッキリ言ってエマクオンとエリでは、かなり実力差があるから、そこは仕方ない話だろう。エリが悔しがることに、クウゴは疑問を浮かべた。
「そうだ。エマクオン、オラと組み手をしねえか?」
「組み手?」
「練習稽古だよ。組み手とは言ったけど、オラは素手、そっちは武器を使ってもかまわねえ」
「……なんだって? ボクの噂話を聞いてなかったわけじゃないだろ?」
「ああ、双刃のベルセルクだっけ。その話を聞いて、オラちょっと、おめぇと戦ってみてぇって思ったんだ」
クウゴはこの世界に来て、実力を発揮しすぎるとまずいことになるというのは理解していた。
だが、この世界で達人級と呼ばれる人間の全力を見たことはない。
ひょっとしたら、S級冒険者程度の実力までなら、自分も発揮してしまっていいのではないかと考えていた。
エマクオンはその試金石になると思った。
「全力でかかってきていいぞ」
「……キミはボクを舐めてるな」
「いいや、おめぇは本当に強えぇって思ってる。だから、全力を見てぇんだ」
「殺しちゃうかもしれないよ」
エマクオンは、腰に差している刀に手を添え、闘気を上らせていく。
「構わねえよ。オラを殺す気で攻撃してみろ」
「……言ったな?」
チャキリ。
金属音が鳴る。
エマクオンの愛刀、首切り正宗がずらりと抜かれた。そしてもう一本の妖刀『血桜』を左手で抜く。
「ちょ、ちょっとなんでいきなり決闘じみたことになってるの!?」
これは【気】のラーニングだったんじゃないのか?
いきなり殺伐とした空気が流れ、エリは声を上げたが、クウゴとエマクオンの間に走る殺気に、ぞくりと一歩引いた。
(こ、この威圧感……。これがS級の……力なの?)
エマクオンは小柄で、きっとエリよりも年下だ。だというのに、こうも力の差があることに、エリは世の中の広さを知った様な気持ちだった。
そして、そんな相手と対峙しても、まるでひるまず、スキのようなものが見えないクウゴの存在感も、エリの喉をゴクリと鳴らせた。
「エリ、よく見てろ。オラとエマクオンの組み手で、【気】の流れや力の動かし方を感じてみろ」
「!」
クウゴの言葉に、ハッとした。
これはただの思い付きではなく、この中で一番レベルの低いエリのために、実演を兼ねた力の使い方のレクチャーなのだ。
エリはそっと二人から距離を取り、応対する二人に視線を向けた。
「つあぁっ!」
気合の声と共に、エマクオンが刃を薙いだ。右手に握る首切り正宗による攻撃だ。
一閃する鈍い光は、空を裂き、肉薄するクウゴの首を狙っていた。
シャッ!
クウゴは仰け反るようにして首先をかすめた刃の初撃を回避する。しかし、息つく間もなく左の妖刀『血桜』が、クウゴの腹を狙って突きを繰り出す。
普通の冒険者なら、これを回避できはしないだろう。
瞬く間に繰り出された二刀目に、腹を貫かれ致命傷を負うはずだ。
しかし、クウゴはその突き込まれてきた刃の切っ先に横から蹴りを入れていた。
「ッ!?」
エマクオンは、クウゴの驚異の素早さに目を見開く。
だが、横に薙ぎ払われた妖刀『血桜』の勢いを活かし、そのままくるりと舞うように身を捻った。
【二回攻撃】の技能が発揮され、回転斬りの要領でそのままクウゴへと距離を詰めてきた。
(普通なら、引くところを突っ込んで来た!)
クウゴもそのエマクオンの動きに、感心していた。こんな行動を選択できるのは、強者のみに許された実力からだ。
ブンッ!
刃がクウゴの腹を真っ二つに裂く――!
が、それはクウゴの残像だった。
「ッ! そこ!」
「おっと!」
残像だと分かったエマクオンは咄嗟に背後に肘鉄を撃ち込んだ。
それを、クウゴは右手で受け止める。
「すげえな、オラの動きを見切ってた」
残像から背後に回ってきたことをエマクオンは、頭ではなく、本能的に察知して、身体を動かしている様子だった。
さっき自分でも言っていた【超級】のカンがそうさせるのだろう。
「く……!」
「見てろ、エリ!」
「っ――!」
クウゴはエマクオンを見据えたまま、エリに声を上げて報せると、流水の如く身体を滑らせ、呼吸を「スゥッ――!」と短く吸った。
そして、右手をスローモーションのように、そっとエマクオンの腹部に添えた。
「はっ」
ドゥンッ!
鈍い衝撃音が響いた。
「うぐっ!」
ドヒュンッ!
瞬きさえする時間もなく、くぐもった声を漏らし、エマクオンは後ろに吹き飛ばされていた。
そしてそのまま、膝を地面に付き、武器を取り落とす。
「う、うそ……? な、なにされたの、ボク……」
「今のが【気】だ。オラの拳が当たったんじゃねえ。拳から発した気合で、おめぇは吹っ飛んだんだ」
腹部を、ぐん、と押しつぶされたような感覚はあった。
だが、クウゴの言葉通り、彼の手はエマクオンに触れる前に、何か別の威圧感みたいな固まりがエマクオンを吹き飛ばしていた。
それが『気合』だという話に、茫然としてしまう。
「確か、こういうの、合気道の技かなんかで、遠当てっていうらしい」
クウゴは現代に居た頃に見た、そんな知識を披露する。
エマクオンに手を差し出し、彼女を立ち上がらせると、ニカっと笑った。
「こ、これが【気】……」
エリは高レベルの戦いを見て、力なく呟いた。
ハッキリ言って、ついていけなかった。クウゴの動きも、エマクオンの動きも、自分とは明らかに次元が違う。
自分だけが、この場についていけない存在だと思い知らされたようで、エリは気落ちしてしまった。
「エリ、でぇじょうぶだ。おめぇの資質は測定のときに、おっちゃんも認めてたじゃねえか」
「で、でも……。私、全然力のコントロールなんか分かんないわよ……」
「んー、じゃあまずは実感するところからだな」
そう言うと、クウゴはがっくりとしているエリの傍に来て、彼女の前にかがんだ。
「もう一回、呼吸を整えて、自分の中の魔力を感じ取ってみろ」
「……う、うん……」
エリは沈みかけた気持ちのまま、眼を閉じて、呼吸を整える。
そして、自分の魔力を感じ取ろうとした。
しかし、いまいちよくわからない。自分のなかに流れる力なんて言われても、抽象的過ぎてピンとこない。
「やっぱり分かんないよ、クーゴ……」
「ここに意識を集中すんだ」
そっとクウゴの手が、エリの下腹部に当てられた。
「へっ? きゃっ!?」
「ここ、丹田っちゅーんだ」
エリの臍の下、下腹部にクウゴの掌は当てられている。
思わずエリはその感触に、変な声を出してしまった。
「た、丹田……?」
「そうだ。オラは、【気】を練るとき、ここに意識を集中する。エリも感じてみろ」
「で……でも、そこ……、お、女の子の……」
添えられたクウゴの温かさがじんわりとエリの下腹部を包み込むみたいだった。
エリは、恥ずかしそうにその感触にもじもじと、内股になってしまう。
なぜだか、クウゴにそこを触られると、妙に身体がゾクゾクしてしまうのだ。
「どうだ? オラのほうから【気】をココに送ってみっから、感じてみろ」
「ク、クーゴ……、んっ……」
エリの肩がビクンと震えた。
クウゴの手から熱が丹田に送られてくるのだが、それはエリのなかの大切なものを柔らかく抱きしめるような、堪らなさも与えた。
「か、感じる……クーゴぉっ……」
思わず、鼻にかかった甘い声が漏れ出たエリは、顔を真っ赤にして、クウゴの掌から伝わる、自分の下腹部のエネルギーに身震いしていた。
「それが【気】だ。全身に巡らせるみてぇに意識すれば、どんどん自在に扱えるようになるぞ」
「わ、分かった、分かったから、いちど、手を離して……っ」
切なそうな声を出しているエリに、クウゴは首を傾げたものの、その手を引いた。
エリの中のエネルギーが高まっているのがクウゴにも感じ取れた。
どうやら、力の存在を認識できるくらいにはなったようだ。
エリは真っ赤な顔で、はぁはぁと息を乱していた。思ったよりもラーニングは難しいかもしれない。
これからも、同じ鍛錬を続けて行けば、エリもエマクオンのように、身体に流れる魔力を自在に操ることもできるだろう。
とりあえず、暫くはシントーワに戻れないので、クウゴたちは、ここで【気】の修行を続けることになりそうだ。
エリはへなへなと腰砕けになったみたいで、その場に尻もちをついた。
腰が勝手にビクンビクンと痙攣しているようだった。
エリは火照った身体を冷まそうと、気持ちを冷静にしようとするのだが、胸の高鳴りはそれから暫く収まらなかった。




