流石にその必殺技名は自重した
「きゃああああっ!?」
絶叫が青い空に吸い込まれていた。
王都シントーワの上空、エリは泣き叫びあられもなく涙を零していた。
「暴れたら危ねぇぞ、しっかりつかまっとけ」
エリの腰を左腕で抱くクウゴは、なんでもないような顔をして、驚き戸惑うエリに自分にしがみつくように促した。
「そ……そ、そんなこと言ったって!」
エリは目玉をぐるぐるさせてしまう。
それもそのはずだ。なにせ、今エリがいる場所は、地上百メートルの空中だったからだ。
「な、な、な、な……」
クウゴの右側には同じく表情をカチコチにしているエマクオンがいた。
彼女もクウゴの右腕で抱かれて、一緒に浮かんでいた。
「よし、パーフェクトオーガがいる山の砦は、あっちだな!」
クウゴは空の上から、クエストの目標地点である山のある方角を見やり、ふわりと空中を自在に方向転換する。
「ど、どーなってるのぉ!?」
クウゴが奇妙な能力を持っているのは分かっていた。だが、空を飛べる人なんて、聞いたことがない。
魔法の中には空を飛ぶものもあると聞いたことはあったが、クウゴは魔法の適性がまるでないはずだった。
エリは、どうやっていま空を飛んでいるのかのからくりが見えず、ますます混乱する。
「二人とも、しっかり捕まってろ。飛ばすぞ」
「えっ!? きゃああぁああ――っ!?」
ギューンッ!!
クウゴはそのまま、真っ直ぐに飛び始めた。
その速度と言ったら、鳥よりも早く、まるで稲妻のようだ。
青天の霹靂、という言葉は合致しないが、青空の中、オーラを纏って空を飛ぶクウゴは、まさに閃光のようだ。
その速度はすさまじく、下に見える地上の景色がぐんぐん流れていく。
エリは怖くなって、クウゴに抱き着いた。
エマクオンも、身体を強張らせ、クウゴに身を寄せてしがみつく。
(うっ、やわらけぇ)
両腕に抱き込んだ二人の少女たちが、落下しないように必死に自分にしがみついてくる感触に、クウゴは血液を勢いよく全身に巡らせていく。
左側のエリは、涙を浮かべた表情でぎゅっとクウゴの腰付近に密着していたが、彼女の胸のふくらみがクウゴの体温を上昇させていた。
つい、意識がエリのぬくもりに奪われかけるが、右側に抱き込むエマクオンもまたおちないように、下半身を絡め、脚でクウゴに抱き着くような形だった。
きゅっと、エマクオンの細い身体が、クウゴの脚に纏わりつくみたいにくっつくと、女の子の身体つきを妙にはっきりと実感できた。
ふにっ……。
クウゴの右手が、エマクオンの胸に触れてしまった。
エマクオンの未発達な胸は、掌で簡単に包み込めるサイズだったが、それでもしっかりした弾力をクウゴの指先に与えた。
(や、やべえっ! この状況は考えてなかった!)
女の子に密着するというところまで考えていなかったクウゴは、空を飛びながら、早く着陸して、二人を降ろさなくてはならないと焦った。
ともかく、さっさとオーガの砦まで行くしかない。
クウゴは思いがけず、全力で空を駆けた。
ギュゥ――……ンッ!!
速度が上がり、強い向かい風がクウゴたちにぶつかる。
クウゴは問題ないが、エリとエマクオンは堪らないだろうと思い、クウゴはマントに【気】を巡らせて、バリアのようにすると、それで二人を防風した。
「あ、あれだ!」
山の中ほどに、厳めしい砦が見えた。あれがパーフェクトオーガの根城だろう。
歩けば五日かかるという距離を、ほんの数時間でクウゴは移動してみせたのだ。
キッ、と空中で止まり、山のふもとに静かに着陸すると、小脇に抱えるようにしていた二人を降ろした。
「ふはぁぁっ……」
安堵の溜息を吐き出したエリは、へなへなとお尻を付けて、脱力した。
エマクオンは、そこまでではないにしても、強張った顔をしたままに、地面を懐かしむ様に、両の脚で踏みしめる。
「クーゴ、その能力は、なんなんですか!」
そして、すぐにクウゴに詰め寄ってくる。
あまりにも得体のしれないクウゴの能力は、未知のものであり、歴戦のエマクオンでさえ初めて経験したものだった。
「オラの力……【気】のコントロールで出来る、空中移動だ」
「気……って……」
そんなもので空まで飛べるというのは、常識外れも甚だしい。
それにただ飛んだだけではない。超スピードで移動し、徒歩五日の距離を縮めたのだから。
エマクオンは、ここにきてクウゴの言葉が、ただのハッタリではないかもしれないと、察し始めた。
ドラゴンを退治するという彼の言葉は、突拍子もないものに聞こえたが、とんでもない能力をもっている事実を知った今は、あながち嘘とは言い切れない。
「クーゴ……、あなた、本当に何者なの……?」
エリも、やっと冷静さを取り戻しながら、クウゴに疑問をぶつけた。
「そ、そうか。あの噂の正体は、クーゴだったんだ!」
「噂……?」
急に思い出したようにエマクオンが声を出した。
「数日前に、シントーワの傍に、空から檻に入れられた盗賊団が落ちて来たんだ。それをしょっ引いた騎士たちが話してた。盗賊たちが、『空を飛ぶ人間』にやられたんだって」
「あ……、爆裂団の連中か」
思い至ったのは川辺で出会ったならず者たちだ。
あの時の連中はきちんと騎士たちが逮捕したようだが、そこそこの騒ぎになったみたいだ。
「やっぱり、クーゴがやったんだ」
「ああ、オラがやった」
「盗賊たちの話は、みんな信用しなかったよ。空を飛ぶ人間にやられた、なんて信じられる話じゃないし」
エマクオンは、クウゴの実力が少し見えてきたように思った。
確かに、彼の力が本物なら……コツコツFランクからのし上がっていくよりも、早くAランクに入り、ドラゴンを倒しに行った方が良いだろう。
「……二人とも、訊きてぇことはあるかもしんねぇけど、まずはオーガ退治を終わらせてぇんだ。いいか?」
「わ、私は、いいよ。クーゴが変わってるのは、分かってたし……」
エリはまだ少しドギマギしている様子だが、頷いてくれた。
「分かりました。ボクも興味が湧いてきました。クーゴがオーガを倒すところ、見せてもらいます」
エマクオンは金色の瞳を光らせ、クウゴの真の姿を暴こうとでもいうのか、鋭い目を向けた。
「よし、んじゃあ、見てろ」
「……? うん……?」
クウゴは、今いる山の麓から、山の中腹に見えるオーガの砦を見上げていた。
ここから見ても視認できるほど、大きな砦だ。
なんでも、パーフェクトオーガは、全長3メートルほどの鬼だそうで、狂暴な性格をして人間を喰うらしい。
知能もあり、砦を作り上げて、集団で人間を襲う凶悪なモンスターだ。
それを壊滅させるためには、砦のワナをかいくぐりながら、鬼たちを全滅させなくてはならない。
砦を攻略するだけでも難しいクエストなのだが――。
「いくぞ」
クウゴは砦を見据え、腰を低く落とし、両手の手根部を合わせた。
「か~……!」
ボウッ!
クウゴの身体から闘気が膨れ上がる。ビリビリと空気が振動し、強大なエネルギーがクウゴの内側から放たれ始めた。
「め~……!」
クウゴは合わせていた両手を右の腰あたりまで引き、力を溜めるように地面を踏みつける。
「は~……!」
「ちょっとまって!?」
と、エリがクウゴの気合溜めを遮った。
「たぶん、それはマズい気がするの」
「マズイ?」
「うん、乙女の勘」
「そっか。んじゃ、エリの勘を信じるぞ」
エリのなんとなくそれ以上はヤバイという直感を信じ、クウゴは腰に構えていた両手に溜めたエネルギーをそのままに、前方に突き出し、叫んだ。
「【南国の王】ーッ!」
ズアボッ――!!
刹那、クウゴの両の掌から、極太のエネルギー光線が発射された。
まるでバズーカみたいに打ち出されたその気の塊は、真っ直ぐに山の中腹に見える砦に向かって飛んでいった。
ドグアァァッ!!
砦にエネルギー光線が直撃すると、大爆発が起こる――!
カッ! ――閃光の後、凄まじい地響きが鳴った。
ゴゴゴゴ……!
「う、うそ……」
ぽかーん、とエリは山の中腹を凝視していた。
そこはぽっかりと抉れてしまって、もはや砦の破片さえ見つからないほどになっていた。
「これで、クエストクリアだな!」
クウゴは構えていた両手を解き、ふう、と一息吐き出した。
その顔に汗の一つもかいてない。
一瞬にして、パーフェクトオーガ共々、その砦は消滅したのだ。
クエストの目的通り、パーフェクトオーガの排除は完了となった。
「な、なに、今の……」
流石のエマクオンも、驚愕の顔をしていた。あんぐり開いた口から、呆れたような声が零れ落ちる。
「かめは……いや、【南国の王】って必殺技名にしよう」
「いやッ、技の名前なんかどうでもいいよッ! めちゃくちゃな破壊力じゃん! あんなのS級黒魔法でもお目にかかれないよ!!」
エマクオンが掴みかからん勢いでクウゴを問い詰めてきた。
Sランクの魔法使いでさえ、こんな規模の破壊魔法はなかなか扱えない。
使用するにしても膨大な魔力を練るために、時間をかけて詠唱し、精神を統一し、やっと放てるものだろう。
「【気】のコントロールだ。オラの中のエネルギーを両手に集めて、砲弾みてぇに発射するイメージでやったんだ」
当たり前みたいな顔で、すらすらと説明したクウゴだったが、エリもエマクオンも顔を見合わせ、絶句していた。
「そ、そのさっきから言ってる【気】ってなんなの? 魔力じゃないの?」
エリも理解の範疇から外れたクウゴに、いよいよ我慢できずに質問をしてくる。
「うーん、オラは魔力がねぇからなんとも分かんねえが、多分それと同じだと思うぞ。オラは魔力じゃなくて、気が廻ってるんだ」
ぽりぽりと頭をかきながら、ぼんやりした説明するクウゴに、エリは頭を抱えた。
「ほ、本当に何者なの、クーゴって……」
「ま、まあまあいいじゃねえか。一緒のパーティー組んだ仲間だろ、オラたち」
クエストをクリアして、苦しめられていた人々もこれで一安心だろう。
何もかもうまく行ったんだから、いいじゃないか、というクウゴの雑な誤魔化しに、二人の少女は難しい表情を浮かべつつも、クウゴの圧倒的な力と、不思議な魅力に惹かれつつあった。
「じゃあ、帰るか。さっさとAランクになってドラゴン退治にいきてぇし」
「ちょっとまって! 流石にこんな速さでクリアして戻ったら、おかしいって思われちゃうわよ!」
「え? あ……そうか。参ったな、色々面倒だなー、冒険者ってのも」
「だったら……、ちょっと時間を潰してから戻ろうよ。ボク、クーゴにお願いしたいことができたから」
「お願い?」
エマクオンが、なにやら神妙な顔を向けていた。
「そのクーゴの、【気】の能力……ボクもラーニングしたい」
「ラーニングって、どういうことだ?」
「技能は、ラーニングによって、獲得できるの。要するに修行だよ」
「ええっ? で、できんのかな、オラのこの【気】の能力を教えるなんて……」
自分の【気】の能力が、特別なものだというのは、なんとなく分かっていた。
何せ、どう考えてもこの異世界の世界観に合っていないのだ。
そうなると、そもそも、この世界で生まれ育ってきたエリやエマクオンに、【気】の技能を獲得することは難しいように思う。
クウゴが魔力のことがピンとこないのと同じだ。
きっと、どれほど修行を積んでもクウゴは魔法が使えないように思った。
「気が、魔力の代わりだっていうのなら、コツは掴めるかもしれないわね」
エリも何やら、興味津々に考え始めた。
結局、二人はクウゴの秘密を探る意味もあったのだろう。
この余分に余った時間で、【気】の修行をすることになるのだった――。




