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紅い桜  作者: 道豚
37/147

高松着陸

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します


 見渡す限り、何処にも隙間の無い雲海の上を、サクラの「エクストラ300LX」は飛んでいた。

「(……何が八割の雲だよ……全然地上が見えないじゃないか……)」

 コックピットの中で周りを見渡したサクラは、METARの情報に……心の中で……悪態をついた。

 離陸後、高松の方向に機首を向け、高度1000m辺りから雲に入った「エクストラ300LX」は、雲中を数百メートル上昇すると青空の下に飛び出したのだ。

 下を覗き込むと、眩く光る雲の絨毯を敷き詰めているように見える。

「(……ん~~ あれは剣山つるぎさんと三嶺かな……)」

 その中で、右前方に黒々とした三角形が幾つか、雲の中から突き出していた。

「(……アイツのお陰で、位置を見失うって事がないのは良いな……)」

 そう、今日のルート……高知から高松……は、真っ直ぐ飛ぶと剣山の西側を通ることになるのだ。

「(……高度7500……ん~ まだ高松は受信出来ないよな?……)」

 サクラはスタンバイの無線機のダイヤルを回し、高松のTACANに周波数に合わした。

「(……まだダメかー……)」

 スイッチを切り替えてみるが、レシーバーからは何も聞こえない。

「(……仕方ない。 もう少し高知で飛ぼう……)」

 サクラは再びスイッチを切り替え、高知からのVOR/DME受信に戻した。




「位置は分かる?……」

 米沢の声がインカムから聞こえる。

「……地上は確認できないようだけど」

「はい。 分かります……」

 サクラはVOR/DMEの表示を見た。

「(……高知から30度方向に18マイル……)」

 その数字を右膝に取り付けたメモで確認して……

「……POPPYの辺りです」

 サクラは位置を割り出した。

「ん! 良いわ。 でも「辺り」と言うのはどうかしら……自信が無いの?」

「えー っと……電波源が一つなので、誤差が有るかな? と思って……」

「そう……それなら良いでしょう。 そういう事まで考えるのは良いことね」

「(……ふーー ビックリした。 変なところに突っ込んでくるんだもんな……っと、そろそろ切り替えるかな……)」

 サクラは、スティックを左手に持ち替えると右手でコックを回し、使用燃料を左タンクから右タンクに変えた。




{『……高松空港 情報Cチャーリー 2時 現在離着陸は滑走路08を使用中 管制周波数118.3MHz  風向090度で5ノット 視程10キロ以上 高度500フィートに少し雲 高度5000フィートに4割程度の雲 高度7000フィートに8割程度の雲 気温19度 QNH(高度補正値)30、21インチ 離着陸する飛行機は、情報Cを受信した事を報告……』}

 レシーバーから聞きなれた……高知でなく高松空港だが……ATISの英語が流れている。

 サクラの操縦する「エクストラ300LX」は、無事に四国山脈を飛び越え、高度を下げながら高松空港に近づいていた。

「(……よっし、これで良いな……)」

{『関西アプローチ JA111G エクストラ300LX……』}

 ATISの情報を膝の上のメモパッドに書き込み、サクラはアプローチ……高松も関西で管制をしている……を呼んだ。

{『エクストラ111G 関西アプローチ ゴーアヘッド(どうぞ)』}

 男の声で、すぐに返事が来た。

{『関西アプローチ エクストラ111G 現在高松の南西10マイル 高度5500 リクエスト full stop(着陸) 情報Cを受信済み』}

{『エクストラ111G 関西アプローチ ストレートイン 5マイル手前で高松タワーに連絡してください』}

{『関西アプローチ エクストラ111G ストレートイン 5マイル手前で高松タワーに連絡』}

「(……さーて……ストレートインなら、KOMPIに向かえば良いな……)」

 丁度「KOMPI」ポイントというのが高松空港から西にある。

『レフトターン ヘディング320度』

 インカムの向こうに居る米沢に宣言すると、サクラはスティックを左に倒した。




 正面に長細いため池が見えている。

「(……満濃池まんのういけだな……そろそろKOMPIだよな……)」

 かんがい用のため池としては日本一の満濃池の畔に「KOMPI」ポイントがある。

 それを示すように、滑走路の方向80度に合わせた受信機の指針は、もうすぐセンターに合いそうだ。

「(……ターンしてからタワーに連絡すれば良いよな……)」

 そして「KOMPI」ポイントは滑走路から5マイル離れていて、さっき指示された「5マイル手前でタワーに連絡」というのにピッタリなのだ。




 「KOMPI」ポイントの上空2100フィートで右旋回した「エクストラ300LX」は、ヘディング80度で水平飛行に移った。

 適正降下角だと1600フィート程の高度が丁度良いのだが、高松空港は高台の上に……海抜600フィート程度……あるし、着陸コース上に1500フィート近くの山が有る。

 それらの状況を考え……やや進入が苦しくなるが……サクラはこの高度を選んだ。

「(……どうやら……雲は掛かってないな。 ん~ PAPIはまだ見えないか……)」

 進行方向や周りにそれなりの雲が浮いているが、滑走路は……SFL(連鎖式閃光灯)のきらめく先に……灯火で囲まれた黒いシミのように見えていた。

{『高松タワー エクストラ111G 西に5マイル 高度2100 着陸のため進入中』}

{『エクストラ111G 高松タワー そのまま進入して、3マイル手前で連絡してください』}

 サクラの通信に、女性の声で返事があった。

{『高松タワー エクストラ111G このまま進入 3マイル手前で連絡』}

 サクラはスロットルを下げ、降下速度を650フィート/分に調整した。

 今「エクストラ300LX」は120ノットで飛んでいるから、この位で標準的な降下角になる筈だった。




 アプローチのための操作をしながら、チラチラと前を確認していたサクラは、滑走路の左側に白い灯が四つ並んでいるのが見えた。

「(……あー PAPIは4灯白かー ……やっぱり高すぎるよなー ……)」

 そう、今「エクスロラ300LX」は、適正降下角の上を飛んでいた。

「(……もう少し絞って……)」

 サクラはスロットルレバーを少し手前に引き……

「(……速度も落とそうかな……)」

 スティックを持ち替えると、エレベータートリムレバーを「アップ」側に動かした。




「(……さて、そろそろ3マイルかな?……)」

{『エクストラ111G 高松タワー クリヤード ツー ランド』}

 サクラが管制塔に連絡をしようとした時、その管制塔から着陸OKの指示が来た。

{『高松タワー エクストラ111G クリヤード ツー ランド』}

 すかさずサクラは返事をする。

「(……さて、PAPIも白2、赤2だし……このまま降りられるな……)」

 さっきの操作により「エクストラ300LX」は、適正降下角を飛んでいた。




 滑走路の手前で待っている「ボーイング737」を横目で見ながら、「トン・トン」と2回の軽いショックで「エクストラ300LX」は、滑走路に車輪を付けた。

 風が正面から吹いていて、機体が左右に傾いてなかったので、尾輪に続いて主輪メインギヤが左右同時に付いたのだ。

{『エクストラ111G 高松タワー 次の誘導路で滑走路から出てください』}

 ほっ、としたのも束の間、タワーから指示が来た。

「(……はいはい、定期便が離陸するんだろ……分かってますよ……)」

 高松空港は、2500メートルの滑走路の真ん中あたりに出て行く誘導路がある。

 サクラはブレーキを使わず……逆にスロットルを開けるようにして……「エクストラ300LX」を走らせた。




{『JAL478 高松タワー クリヤード フォー テイクオフ』}

 サクラが「エクストラ300LX」を滑走路から出した途端、離陸を許可する無線が聞こえてきた。

{『高松タワー JAL478 クリヤード フォー テイクオフ』}

 どうやら、さっき待っていた「ボーイング737」が離陸するようだ。

「(……で? 私はどうすれば良い?……)」

{『エクストラ111G 高松タワー 周波数261.2に変更してください』}

 何だか、忘れられてるんじゃ無いかと思っていると、唐突に連絡が入った。

{『高松タワー エクストラ111G 261.2に変更』}

 返事をすると、サクラはダイヤルを回して周波数を変えた。

{『高松タワー エクストラ111G リクエスト 駐機場へのタキシー』}

 高松空港は、グランドもタワーでコントロールしている。

{『エクストラ111G 高松タワー 駐機場Dへのタキシー許可』}

{『高松タワー エクストラ111G 駐機場Dへタキシー』}

 これでやっと動ける。

 サクラはスロットルレバーを押して、エンジンの回転を上げた。




「(……うわー おいしそう……)」

 サクラの目の前に「讃岐うどん」が置かれた。

 ここは、高松空港のなかに出店している、うどん屋だ。

 「エクストラ300LX」を駐機場に止めて、サクラと米沢は昼食を取ろうと、小雨の中を歩いてきたのだった。

「いただきます」

 米沢の前にもうどんが置かれたのを見て、サクラは割り箸を取った。

「いただきます」

 米沢も割り箸を割ると、手を合わせた。




「美味しかったわー」

 湯飲みを持ちながら、米沢が感嘆の声を上げた。

「ええ、そうですね。 この「もっちり」した、腰のある麺はここでしか食べられないですよね」

 少し遅れて完食したサクラも、湯飲みに手を伸ばした。

「あら! ひょっとして、高知から飛んできた方かしら?」

 そこへ、驚いたような声が聞こえてきた。

「え?……」

 サクラが振り仰いで見ると、制服を着て髪をハーフアップにした女性が立っている。

「……えと、そうですけど……どなた?」

「あ! 御免なさい。 私は此処で管制業務をしている者です」

 女性は首から提げたカードを見せた。

「えと……ひょっとして、タワーに居た方?」

「そうそう。 ごめんなさいね、急がせてしまって」

「いえ、いいんです。 それが業務でしょうから……」

 サクラは立ち上がり、右手を出した。

「……戸谷さくらです」

「管制官をしている磯部聡子です……」

 磯部は、差し出された手を握った。

「……それにしても……外人さんだったのね。 随分流暢な英語だったので、びっくりした……ん? 戸谷? なんだか日本的な名前ね。 って言うか……日本語が綺麗」

 首を傾げながら、磯部は手を離した。

「え……えーっと。 生まれはヨーロッパなんです……どうぞ、座ります?」

 サクラは隣の席を磯部に進めた。

「そうなんだー 失礼しますね……」

 座った磯部はメニューを広げた。




「それにしても……ふぅ……噂通り大きいのね」

 注文し終わった磯部が、横からサクラの胸を見た。

「ん? うわさ?」

 サクラは首をかしげる。

「そう、噂……」

 磯部は、湯飲みから一口お茶を飲んだ。

「……管制官の同僚に、高知に行ってるのが居るのよね。 そいつが、時々メールをよこすんだけど……「今、巨乳の女性が高知でトレーニングしている。 美人だぞ」……なんて書いてよこしたの。 それも、私にだけじゃなくて、一緒に働いてる男どもにも。 だから管制塔では、今は皆んながその話で持ちきり」

 ほんと男どもは……はアァ、と磯部は大きなため息をついた。




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