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紅い桜  作者: 道豚
38/154

米沢負傷

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します


「もうすぐ「ROCKY」です」

「はい。 OKですね」

 サクラの操縦する「エクストラ300LX」……サクラの言う「ルクシ」……は、高松を離陸後、松山でタッチアンドゴーをして、高知に向けて高度を上げつつあった。

「(……石鎚山いしづちさんだから「ROCKY」ね……分かりやすい、のかな?……)」

 左側を見て、サクラはそんな事を「ふっ」と思った。

 そこに見えるのは、高松に向かうときに見えた剣山と双璧をなす山頂だった。

 このように「ウェイポイント」には……何だかよく分からないが……そこの土地を表す日本語をもっじった様な名前が付けられている。

 例えば……「KAZRA」はカズラ橋だし「OBOKE」は大歩危峡の事だろう。

「あと、どれ位で高知?」

 インカムからの声に、サクラは思考を切り替えた。

「……ん、っと……20分程度です」

 殆ど上昇は終わっているし、残り40マイル程の距離だ。

 着陸前に速度を落とす事を考えてもそれ位だろう。

「そう……燃料は十分有るわね」

「はい。 高知に着いても、80リットルは残るはずです」

「……んじゃ、少しマニューバを見せてもらおうかしら」

「え! い、良いですけど……ここで?」

「さすがにここじゃ無理でしょ」

 今の高度は7500フィートだ。

 いくら「エクストラ300LX」といえども、高度が高すぎてパワーが足りない。

「そ、そうですね」

「あなたが練習している所に行ってくれるかな? そこで見せて頂戴」

「はい。 分かりました」

 練習場所は、海岸から5マイルほどの海の上だ。

 もう暫くはこのまま飛べば良い。

 サクラは改めて、コンパスでヘディングを確かめた。




 サクラ達の左下前方に市街地が見え始めた。

「(……よしよし。 高知だな……)」

 海に出るために「OMOGO」ポイントで、空港に直接向かう方向から、右に20度ほどコースを変えたのだ。

 「エクストラ300LX」は、サクラの思い通りの位置を飛んでいた。

「(……雨雲も無くなって……これならマニューバができるな……)」

 高知を出発した時と違って、今は「ポツポツ」と雲の塊が浮いているだけだった。




 桂浜を高度1500フィートで通過して数分、練習空域に着いた。

『レフトターン ヘディング270度』

 サクラは宣言すると左旋回を始めた。

「ライトターンでは?……」

 米沢が疑問の声を上げた。

「……その方が早いわ」

「そうですね。 その方が早いのですが……」

 バンクに合わせてスティックを引きながら、サクラは答えた。

 実際そうなのだ。

 これまでヘディング136度で飛んできたのだから、右旋回なら134度旋回すれば良い。

 それを左旋回するとなると、226度旋回することになる。

 Uターンする以上の旋回角だ。

「……旋回ついでに周りの安全確認をしてしまいます」

 つまりサクラは、周囲に他機が居ない事を確認するつもりだったのだ。

『周囲 オールクリア ループ』

 機首が真西(270度)を向き、水平飛行を始めたところでサクラは宣言をした。

「(……燃料コック センター……燃料ポンプ ON……150ノット 主翼水平 よし!……)」

 そして素早くチェックをしてスティックを引いた。

 「エクストラ300LX」が機首を大きく上げ、Gがサクラと米沢に掛かった。

「……く、く、う……んうー……」

 Gに耐えるため、細かく息を吐きながら力を入れるサクラのインカムに、米沢の……どこか艶かしい声が聞こえてきた。

「よ、米沢さん。 大丈夫ですか?」

 機首が上を向き、Gが小さくなったところでサクラが尋ねた。

「……ふー 大丈夫よ。 意外と大きなGが掛かるのね」

「そうですね。 今ので4Gぐらいです」

「また掛かるわね」

「はい。 引き起こしで同じぐらい掛かります。 構いませんか?」

「良いわ。 しっかりやってちょうだい」

「……分かりました。 行きますよ」

 話しているうちに「エクストラ300LX」は宙返りの頂点を過ぎ、引き起こし地点にやって来た。

 サクラはスティックを引き始める。

 再びGが二人を襲う。

「……ぅく、ぅく……ぅぅぅ……くーー……」

「(……大丈夫かなー……)」

 必死で堪えているであろう、米沢の声を聞きながら、サクラはスティックを引き続けた。




 「ドン」というショックの後、米沢は、さっきまで体を押さえつけていたGが、無くなったのに気がついた。

 急いで周囲を見渡す。

「(……水平飛行……お、終わったのね……ふう……)」

「米沢さん。 大丈夫ですか?」

 無意識のうちに胴体のフレームを掴んでいた手を離した時、サクラの声がインカムから聞こえた。

「(……この子、平気なのかしら?……)」

 サクラの声には変わった様子は無い。

「米沢さん?」

「え、ええ……大丈夫よ。 今ので4Gなのね?」

「はい。 4Gでした」

「そう……もう少し大きなGは掛けられる?(……何Gならこの子が根を上げるかしら……)」

 なんとなく、米沢はサクラの限界が知りたくなった。

「えっと……ループだと、難しいですから……んー……ストールターンなら、5G程度掛けられると思います」

「んじゃ、やってみて」

「いいですけど……米沢さん、大丈夫ですか? だいぶ苦しそうでしたが」

「こう見えても、私は試験官よ。 それぐらいのGは耐えられるわ」

「分かりました。 ヘディング270度で始めます」

 「エクストラ300LX」はエンジンの音を響かせ、加速を始めた。




 米沢の目の前で速度計の針が進んでいく。

「(……どこまで加速するの? 確かアクロバット制限速度は190ノットだったはず……)」

『ヘディング270度 185ノット ストールターン ナウ!』

 心配になった米沢が、サクラに尋ねようとしたときに、サクラの声が聞こえた。

 両足の間にある……後席と連動している……操縦桿スティックが勢いよく手前に動き……

「う!……ううーー……くくく……」

 米沢は、上からシートに押し付けられた。

 それは、まるで両肩に「力士おすもうさん」が乗っているようだ。

「……ぁふ!……ぁふ!……ぁぁぁ……」

「米沢さん。 大丈夫?」

 必死で息を継ごうとしている米沢の耳に、サクラの声が聞こえる。

「(……こんなに苦しいのに……この子ったら、平気なの?……え!……)」

 「ブチッ」という音と共に、米沢は両肩に食い込んでいたブラの肩紐の感覚が無くなった。

 胸に付いた丸く大きな脂肪の塊が、Gによって下に引かれる。

「キャーーーー!」

 突然襲った、あまりの痛さに、米沢は悲鳴を上げた。




「……米沢さん! 米沢さん!……」

 自分を呼ぶ声に、米沢は「ふっ」と気が付いた。

 さっきまでのGは消えていて、何だか仰向けに寝たような姿勢になっている。

「(……垂直上昇姿勢……引き起こしは終わったのね……)」

 キャノピーの外を見れば、水平線が垂直になっていた。

「……米沢さん!……」

 インカムから、サクラの焦ったような声が、聞こえる。

「あ! 戸谷さん。 大丈夫よ……」

 やっと米沢は、サクラが呼びかけている、というのを理解した。

「……ちょっと気が遠くなりかけただけ」

「大丈夫ですか? 凄い悲鳴が聞こえたんですけど……怪我なんてしてないですよね?」

「悲鳴? あ……」

 米沢は、さっきの出来事を思い出した。

「(……ま、まさか……)」

 そっと胸に触ると……

「(……肩紐が切れてる……)」

 下がったブラの上から、大きな胸が殆ど出てしまっていた。




「……中断しますね」

 米沢から事の顛末を聞いたサクラは、ストールターンを途中でやめる事にした。

「(……っと言っても……速度は落ちすぎてるな……)」

 もう既に十分な高さに上昇していて、今更エレベーターを押して水平飛行に移行出来ない位、速度が遅くなっている。

 無理やり操作しても失速してしまうだろう。

「(……取りあえずターンしてからだな……)」

 数秒後「エクストラ300LX」は、殆ど空中に止まった。

「(……ラダー左……)」

 サクラは左のラダーペダルを一杯に踏んだ。

 プロペラの気流をラダーに受けて、その場で機体は左に向きを変える。

 左に見えていた水平線が急速に機首方向に移動して、やがて右側に見えてきた。

「(……エンジンスロー……)」

 サクラはスロットルレバーを手前に引き切り、エンジンをアイドリングにする。

 「エクストラ300LX」は機首を真下に向けて、垂直降下を始めた。




 演技なら開始高度まで降下後、開始時と同じGを掛けて引き起こすのだが、サクラは米沢の事を考えて、早めにゆっくり……大きなGが掛からないように……引き起こした。

「大丈夫ですか? 急いで帰りますね」

「ええ。 なんとか……腕で支えてるわ」

 そう、胸を支えるすじ……クーパー靭帯じんたい……を痛めたようで、その自重が掛かるだけで米沢は痛みを覚えていた。

 そのため、胸の下で腕組みをしているのだった。

{『関西アプローチ JA111G エクストラ300LX 高知の南西10マイル 着陸のため高知に向かって飛行中 情報Mを受信済み』}

 早く帰るために、サクラは真っ直ぐに高知に向かって「エクストラ300LX」を飛ばしていた。

{『エクストラ111G 関西アプローチ ダウンウインドレグに45度で進入 進入したところで高知タワーに連絡してください』}

 ところが、アプローチからの指示は、遠回りをさせるものだった。

{『関西アプローチ エクストラ111G 負傷者を乗せている 最短コースを飛びたい』}

{「えっ! 怪我人?……」}

 無線の向こう側が、俄かに騒がしくなった。

{『……エクストラ111G 関西アプローチ ダイレクトベース ショートファイナルでタワーに連絡してください』}

{『関西アプローチ エクストラ111G ダイレクトベース ショートファイナルでタワーに連絡』}

「(……これで直ぐに降りられる……)」

 どういうことか……ダイレクトベースだから、いきなりベースレグに入って良い……ショートファイナルで連絡なので、それまでは何の許可もタワーから受ける必要が無い……つまり、着陸寸前まで此方の都合で飛ぶ事が出来るのだ。

「(……ギリギリでターンしよう……)」

 サクラは「にんまり」と黒い笑みを浮かべた。




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