第34話「道化師達の決意」1/2
PM21:33 創伍の部屋
「……落ち着いた?」
「うん……」
生まれて初めて泣いたシロ――その様子は、まるで知らず知らずの内に溜めていた痛みや悲しみを全て吐き出しているようでもあった。
10分近く創伍の腕の中で泣き叫んでからは気分が少し落ち着いたのか、今は二人並んで座ったまま宙を見つめ、静かな時間を過ごしていた。
「なぁ、シロ……」
「……なに?」
そして――頃合いを見た創伍が話を切り出す。
「俺……謝らなくちゃいけないことがまだあるんだ。契約交わした時、恥ずかしくない主役になれるよう頑張るって言ったろ。あの約束、全然果たせてなかった……」
「…………???」
シロが目をぱちぱちと瞬かせ、首を傾げる。
「その……頑張りどころを間違えたって言えばいいのかな。俺はただ言われるまま想像力を駆使して死に物狂いで闘い、破片者から記憶を取り戻しさえすればそれでいい……そんな気になっちゃってたんだ」
「……別にシロは何とも思わなかったよ? 創伍はすごく頑張ってたよ??」
「いいや……ダメだったんだよ。それだけでどうにかなるかもなんて心の何処かで安心しててさ。それがツケになって、キミをあんな目に遭わせてしまったんだから……」
「………………」
朱雷電の一撃から創伍を守ろうと身を挺したシロ――あの時から創伍は自身の非力さを思い知らされ、その後も運命の悪戯とも言える悲劇の連続が、彼を精神的に追い詰めた。
「シロとこうして会うまでに、俺一人でもいろいろ頑張ってみたけど……これでもかってくらい自分の未熟さや軽率さを痛感したよ。俺だけ追い詰められるならともかく、刑事さんや織芽までも巻き込んじゃって……。本音言うと、もう何の為に闘ってるのか一度忘れかけてた。全部不幸体質の所為にして投げ出したいくらいだった――今まで嫌なことがあれば何でもそうしてやり過ごしてきた様に――でも……目の前の辛いことから逃げ出したところで、織芽達を助けたことにはならない。何も解決しない。こんな単純な事……今頃になって気付いてさ……」
乱狐やジャスティが、創伍に助言したのだ。
不幸によるものだからと片付けるのは容易い。だが自分の意思で選んだその道の先で、不都合が起きたから塞ぎ込む……では救いようがない。
人は生きている限り、選択肢という分かれ道を選び続けていく。逃げたって何も変わらない。
その先に苦境が立ちはだかるのなら、それを乗り越えずして成長は有り得ないのだ。
「その時……ふとシロの顔が浮かんできたんだ。いつも笑顔で舞台を進行させて、俺よりもっと痛い思いや、怖い思いをしていたはずなのに……! それらを全部噛み殺して、一人逃げずに闘い続けていたキミの後ろで……俺は隠れたまま何もしてやれなかった…………本当にごめん」
「創伍……」
度重なる敗北を喫して、己の運命から逃げようとした創伍であったが……ジャスティらの言葉を受け、停滞し続けるのを拒み、自ら成長を望んだのだ。
「でも……もう大丈夫。時間掛かったけど、俺には俺だけの闘う理由が確かに有って、自分の意思でW.Eに居たってこと、ちゃんと思い出せたから――今度こそシロの笑顔も守れるよう、俺だけが出来ることを精一杯やるよ」
「……!!」
「勿論、記憶集めもな。俺が何者なのかは、俺が一番知りたいから――」
誰かの笑顔を守りたいから此処に居た。それをはっきりと自覚した今こそ、もう一度全力を尽くして闘いたい――迷いが晴れたような穏やかな笑みで誓いを立てる創伍。
「ただな……」
「ただ??」
「……俺にもクロにも言えるけど、無茶したり、周りを巻き込むような危険なことはしないで欲しいんだ。いくら俺の為でも、誰かの笑顔を消してまで俺さえ良ければいいっていう事はしたくない。出来れば……一人でも多くの笑顔を守れるようになりたくてさ……」
創伍にはクロとの契約による『殺戮の道化師』の能力も秘められている。全容が明らかでない今、以前のように暴走して関係ない人々を巻き込みたくないのだろう。
「……創伍」
そんな彼の宣誓と戒めを受け止め……シロも――
「実は……シロも――」
「え??」
「シロもね……創伍が今言ってくれたのと同じようなこと感じたの……」
創伍の気持ちに応えるように、勇気を振り絞って思いの丈を伝える。
「今までシロも、創伍が破片者を倒して舞台の幕を下ろしてくれればそれだけで嬉しかった。なのに……あの朱雷電ってお兄ちゃんとの闘いでは舞台も手品も効かなくて、シロがやられちゃって……その後の創伍の苦しそうな声や、駆けつけてくれた皆の悲鳴が聞こえた時、とても悲しかったの……」
「………………」
「創伍と離れてる間、ずっと考えてた。どうしてこんな気持ちになるのか分からなくて……。皆が傷付いて、苦しんで……創伍まで辛そうな顔をして……誰も笑顔にならない舞台がこんなに悲しいなんて……どうしたらいいんだろうって……」
今日まで現れた7体の破片者は、二人だけの実力で倒された訳ではない。闘いに不慣れな創伍の為に、W.Eのメンバーがサポートしたことで勝てた場面もある。
その最中で、シロは主の創伍だけでなく、W.Eのメンバー達も共に闘う仲間であると認知するようになっていたのであろう。
「でも今……創伍の言葉を聞いて、分かった気がする。シロもやってみたいの……創伍だけじゃなくて、W.Eの皆や、創伍が守りたい人も笑顔になるような……そんな舞台を披露したい……!」
そして、初めての敗北から彼女の心情に変化が起きていた。創伍が悲しむことや望まないことは、シロも望みたくない。
創伍は自分の為だけではなく、他者の笑顔も守る為に。
シロは、創伍と彼が守りたい人々を笑顔にするような舞台を披露したい――と。
「シロ……」
「…………っ!!」
気持ちが昂り、また少し溢れてきた涙を拭うシロ。
小さな体を震わせながら打ち明けた彼女の秘めた想いを聞き届け、創伍が笑みを溢した。
「……シロも皆のこと、大切な仲間って思うようになったんだな」
「大切な、仲間……」
「俺達、最初はあまり受け入れられてなかっただろ? 闘いを重ねていく内、いつからか助け合ってて……闘い以外でも、同じ場所で笑い合えるような仲にまでなってさ……」
当初は珍客扱いながら歓迎はされていたが……価値観の違いによるものか、壁の様な隔たりを感じていた。
それが今や人間とアーツという垣根を越えて打ち解けている……二人にとってW.Eのメンバーは他人ではなく、かけがえのない仲間なのだ。
「そういう交流を通して、シロに少しずつ色んな感情が芽生えてきたんだと思う。だから俺以外の誰かを気にかけるようになった――それだけでキミは、闘うことしか知らないアーツよりも立派なんだ……」
もしも誰の支えもなく、二人だけで闘いに明け暮れる日々を送っていたら、その様な考えには至らなかったろう。
「シロ、そんなに立派なの……??」
「あぁ……すっごくな。その気持ちさえ強く持ち続ければ、俺は勿論……きっと皆も応えてくれる。後は頑張るだけなんだよ……俺達……!」
「創伍……」
まるで二人三脚で歩いてはいたが、ずっと足並みを揃えられずに転び続けていたような二人。
しかし今、奇跡的に考えが重なって同じ場所に揃って立とうとしてくれているシロの変化が、創伍には何より嬉しかった。
「この舞台は俺が一人でも、シロが一人でも絶対に出来ない――だけど俺達でなら出来るんだ。皆の笑顔を守れる最高の舞台にする為に、誰一人欠けることなく全力を尽くして、協力し合ってさ……」
「……うん」
「どんな悲劇も喜劇に変える――ただの夢で終わるかもしれないけど、叶えたら嬉しくなるようなそんな終幕を、一緒に実現させよう……!」
「……うん。シロ、頑張るっ……!」
涙を流し切った後のシロの顔は、抱えていた不穏なものが全て消え去ったかのよう――久しくも創伍に見せた笑顔は、不安すら消し飛ばす最高のものであった。
今、互いの手を取り合い、創伍達の目指すべき目標はしっかりと定まる――
だが……
「そうと決まれば……残すはあと一人だな」
「……? 創伍??」
朱雷電に勝つという終幕の達成には、二人だけの力では圧倒的に及ばない……。
「――やれやれ随分と待たせてくれたね……もう入ってもいいのかな?」
もう一人の道化師の協力なくして、勝利への可能性は掴めない。
「……クロ」
「……!!」
「まったく……ボクだけ残して二人きりで傷の舐め合いとは酷い。ボクだって立派に創伍に仕える道化師だというのに仲間外れにするなんてさ〜」
シロと時間差で精密検査から解放されたクロ――相変わらず飄々とした態度で、いつからか部屋の前の壁にもたれながら二人を眺めていた。
「フフフ……でもいいんだ。創伍が必要としてくれている。その事実こそがボクの存在意義なのだから……。それで? ボクは何をすればいいのかな――創伍♪」
「「………………」」
掴みどころのないクロとの再会。創伍は沈黙し、シロは彼の背に隠れて小さく怯えている。
新たな誓いを立てて和みかけた部屋の空気が、クロの妖しい笑みによって、今にも凍りつきそうなのであった……。
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