第33話「心の支え、闘う理由」1/4
PM20:45 W.E本部 長官室
主要異界への協力交渉をしに遠征から帰還したジャスティ長官は、未だに腰を落ち着けていなかった。
九闇雄や異品の次なる攻撃に備えた対策会議に加え、クロの脱走報告を受けて創伍達の今後の保護観察に向けた意見交換で昼から晩まで多忙を極めていたからだ。
そして今は、各現場の夜間作業前の進捗報告を受けている。
「災害対策部隊、本日最終時点での進捗を――」
『ブルータウン第一避難区画設営率82%、第二避難区画設営率66%。第三以降はいずれも51%です』
「第一の着地見込が15%遅れてるのは?」
『……チェッカーを現場の作業員が兼ねています』
「なんとかペースを上げてもらいたい」
『上げてコレなんです』
「……苦労をかける」
机上の左右には3台ずつの電話機を用意し、ジャスティはそれらを両手に取って、壁面モニターに映し出される各地区の作業員と連絡を取り合っていた。
「防衛技術部隊は――」
『対・朱雷電用避雷杭の試験運用は完了しましたが……システム改良において一点ご提案したく』
「どんなだね」
『避雷杭で赤光を回避するだけでは防衛とは呼べません。周辺への大きなダメージが懸念されます。なのでそれらを吸収し、一時蓄電後に放電する電磁吸収機能をつけたいので、もう少し時間をいただければ、ダメージをこちらでコントロールするだけでなく、反撃にも使えるのではと……』
「赤光を無効に出来るのかっ!」
『完全ではありません。許容量を超える電撃を受けてしまえば損壊すると思われますが……』
「電気使いを相手に過信は出来んが……無いよりマシだ。至急取り掛かってくれ!」
『了解――』
『長官! 避難所資材の件ですが――』
「待ってくれ。今そっちじゃない」
別回線へ切り替えるジャスティ。
「監視室――ブルータウン全界路の警戒状況報告を」
『界路の外周センサー、A地区A-1から5Z地区Z-98まで異常無し』
「現界はどうだ?」
『世界各地に襲撃の報告はなし。異品らしき不審な動きもありません。嵐の前の静けさって言いますか……』
「三度目の奇襲はW.Eの誇りにかけても阻止せねばならんぞ。皆、気を引き締めてくれ」
『了解――』
『長官! 避難誘導部隊、編成完了! 次のご指示を!!』
『待ってください。避難所の物資が不足してんです! ここを何とかしていただかないことには受け入れ出来ませんよ!』
『そんなことより現界の人間も早く避難させにゃだろ! 長官、そこんとこどうなってるんです!?』
『すいませーん、ウーパーイーツでーす。現場作業員用に鰻重三万人分お持ちしましたー』
その間にも別端末の呼び出しランプは次々と点滅し続ける……。
「……恐れるべきは強大な敵の襲来より、やはり人員不足だな」
いくらW.Eのトップだとしても、その中で働くアーツの一万人の代わりにはならない。目頭を押さえ天井を見上げるジャスティは、その事をつくづく痛感しながら、押し寄せる現場からの声に全て応えるのであった。
……
…………
………………
「45分休憩を取る。各位休憩を終えたのち、全力を尽くしてくれ」
そう言い残して受話器を置くと、ジャスティはやっと椅子に深々と腰を掛けた。
「ふぅ……あぁ〜言わんぞ……愚痴なんぞ決して溢してなるものか」
辛い、しんどい……そんな愚痴は現場で働いていた頃にいくらでも呟いた。今は自分に代わって現場で苦労している者達がいる以上、口にする訳にはいかなかった。
そこへ――
「長官――」
「ん? おぉ……アイナ君!」
アイナが長官室へと入ってきた。彼女の手には、山盛りのサンドイッチとアイスコーヒーの乗った盆があり、それを目にしてジャスティは今日一日飲まず食わずで働いていた事に気付く。
「どんなお立場であっても、休憩は適度に取ってください。もし倒れられたりでもしたら、それこそ全員が不安になってしまいます」
「……うむ。気を付ける」
「それに汗だらけじゃないですか。こんな時にその暑苦しそうな軍服のままでは、集中出来るものも出来ません」
「いやはや……アーツの外見に意見を言うのは野暮ってものだよ。私の場合、脱ぎたくても脱げないのでね……ハハハ」
「……失礼致しました」
ジャスティは机に置かれたグラスを手に取ると、ストローを口にして三秒でアイスコーヒーを飲み干し、すぐにまた仕事モードに戻る。
「おや。そういえばキミは、確か現界の火消し作業の途中……」
「申し訳ございません。この後すぐ戻るのですが、その前にどうしてもご報告したいことがありまして……」
「……?」
それは創伍の事だ。夕方、彼の部屋で乱狐と三人で一悶着あった事をジャスティに報告したのであった。
……
…………
「……なるほど。闘う事を辞めたいとねぇ」
「長官。どうか数分だけでも、創伍とお話をしてはいただけませんか?」
「私が?」
「はい……私なりにもフォローしたかったんですが、正直分からないんです……。今の彼になんて声を掛けてあげていいのか……そのまま何も言えず部屋を出てしまって……もう長官にお願いするしか……」
「………………」
ジャスティは、アイナの目が微かに潤んでいたのを見逃さなかった。
破片者は倒せても九闇雄とでは実力に差があり過ぎる――創伍が闘う事を放棄したがるのも当然のこと。もしも圧倒的実力差を前に塞ぎ込む彼に掛ける言葉がすぐ浮かぶのなら、自分が出張らずともアイナの方が遥かに上手くメンタルケアを施せるはずなのだ。
「キミが根を上げるってなると、相当深刻な様だな。苦労かけたね……私の不在の間に」
「………………」
「心配するな。五分ほどで準備を終え次第、真城君の部屋へ行ってみるよ。キミは自分の仕事に集中しなさい」
「……ありがとうございます」
「しかし、なんだ……。こう、自分の創り主と向き合うというのは、親子で腹割って話すような小っ恥ずかしさがあって、いざしようとなるとなかなか緊張するものだな!」
「私達普通のアーツには、そんな経験は一生の内にまず有りませんから……」
「あぁ……良い経験になると思うよ。本当に」
英雄連合機関の長官という立場ながら、この時ばかりは胸の内に得体の知れない緊張を抱えていた。自らを生み出した人間の創造主と、一対一で話す機会など前例が無い。恐らくW.E内で、ジャスティが初めてだろう。
ただ一つ確かなのは、今の創伍には誰かが寄り添わなければならない。彼を今後どうするかによってワイルド・ジョーカーの運命も変われば、世界の運命も大きく変わってしまってもおかしくないのだ。
ジャスティはサンドイッチを一つだけ口に運んで飲み込んだ後、気を引き締めて静かに席を立ち、創伍の部屋へと向かうのであった。
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