Prologue
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………………
(――ここは何処だ)
ふと気付くと、朱雷電は果てしない闇の中に居た。
仰向けで横たわっているような感覚はあるのだが、起きあがろうにも身体が動く実感は返ってこない。ただ自分という意識だけが、水底の様な静寂の中に浮かんでいるようであった。
何故こんな所に居るのか……ショッピングモールで最後に見た光景を朧げに蘇らせる。
覚えているのは、追走劇が終わりに差し掛かる頃――斬羽鴉の策略によって建物の崩壊と同時に巨大な天使像を落とされ、御し切れず、眼前に迫ってきたところまで。
その直後はよく覚えていない。のしかかってきた瓦礫の重みや、全身に迸った痛みさえも今となっては曖昧だ。もしや悪い夢を見ていたのではないかと疑ってしまう程に。
(まさか死んだってのか……? あんなもので俺がっ……ふざけんな……!!)
今居る場所が、死んだ者達が等しく渡る死後の世界だというなら置かれている状況に合点はいく。
とはいえ、朱雷電には到底受け入れられるものではなかった。
望んでもいないのに創造世界に産み落とされ、元の設定が災いし、常に命を狙われ、死と隣り合わせの日々。自分なりに生きる術を身につけながら、明日を生きる為に多くの者を殺して……殺して殺して殺し続けた。そうしなければまともに生きられなかったのだ。
闘争の果て、星の数ほどの屍の山を築いた頃には九闇雄の三位にまで登り詰めた。誰よりも多くの死を越え、ようやく最強へと限りなく近付いたのだ。
だというのに、たった一人の異品の悪知恵によってこうも容易く討たれてしまっては……
(これじゃ俺は何の為に生まれて、いったい何処へ向かっていたのか分かりゃしねぇだろうが……!!)
人生に意味やゴールを見出したりなど哲学的ではないが、闘いしか知らない朱雷電もいざ死んだのかと思うと、虚しさが残るようであった。
しかし――
「……電……」
突如、闇の奥から何かが聞こえた。
声だ。水面の向こう側から誰かが水底に向かって呼び掛けてくるように声が響く。
「……雷電……」
耳を澄まして聞いてみると……女の声であった。ぼんやりとした意識の中、誰の声かはっきりとしないが、優しくも悲しげで、何処か懐かしい感じもする。
(――誰だ)
動かない身体を無理矢理起こそうとしてでも、声を追いかける朱雷電。
この薄気味悪い空間から抜け出したかったのも勿論だが、彼にはその声を聞くのが初めてな気がしなかった。
「……雷……電……」
それはきっと、自分を“朱雷電”として繋ぎ止めていた何か――際限ない破壊衝動へ歯止めを掛け、殺戮の悪鬼と成り果てないよう、自我を保たせていた存在。
九闇雄を目指した理由すら、その声の主にあった気がするのだ。
(お前は、まさか――)
あともう少しで思い出せる。喉のところまでその名前が出かかった時……
『――何ノ為に生まレタだト??』
不意に、真後ろから別の声がした。この闇の中には自分しか居ないと思っていたのに、あまりにも近い。耳元へ直接吹き込まれたかのような低い囁きが、朱雷電の背筋を凍り付かせる。
『決マッてんダロ……俺以外の存在ヲ皆殺しにすんだヨ……!!』
そして耳を疑った。信じられないことに、その声は朱雷電のものとそっくりなのである。吐き捨てるような口調は、聞き慣れた自分のと寸分違わない。自分がもう一人居て背後に擦り寄っているような状況であった。
『生ける命、全てヲ刈り取って創造世界の頂点に君臨し、"天翔ケル赤光の朱雷電"を完成させル……! オ前はその為に生きてキたんダ……それが本懐ダッタろうが……!!』
言葉はノイズ混じりであるというのに、不思議なくらい自然に胸へ沈み込んでくる。自分で自分に言い聞かせてると言うべきか――不快感などは無く、心地良ささえ覚える。
『幾度敗北シよウとも関係ネェ……どんな奴ガ相手ダロウと、最後にはお前が勝チ、阻ム者全て殺シ尽クシタじゃねぇか。思い出セ……強くナルと誓って生き抜イタ地獄の日々ヲヨ……!』
(あぁ……今更敗北など一度や二度じゃない)
今日までどんな状況で死にかけようと、たとえ血反吐を吐きながら泥水を啜ってでも、ただ生に縋り付き這い上がって来たのだ。
『お前が闘ウ理由を捨テナイ限り、お前は死ナナい。ソうイウ星ノ下に生マレ、加護を受ケテイル。ダカら恐れルコとなく思ウマまニ創リ上ゲロ……誰ニモ踏ミ躙ラレナイ……俺ダケノ世界ヲ……!』
――ようやく思い出せた。
(あぁ……そうだったな……)
何故自分がこの闇の中に居るのかも理解し、声に呼応する朱雷電。
沈み切っていた意識がゆっくりと浮上し始めると、まるで夢を見ていたと気付き、心地良く眠りから覚めるようであった。
(その前に……邪魔な奴らを全部滅ぼさねぇとな……! フフフフフ……)
『ソウダ……ソレデイイ……!』
何の為に生まれ、何処へ向かおうとしていたのか……
『全テ滅ボセ……!』
それは――自分を脅かす可能性を全て殺し、最後の一人になるまで生き残ること。
闘う理由を改めて認識した途端、抱き始めた殺意が静かに朱雷電の全身へ染み渡る。生への強い欲求が血を滾らせ、死を悟った際の虚しさを瞬く間に塗り潰す。
背後で愉しげに囁く声に押され、彼の意識は闇の中から這いあがろうとした――
「……朱雷電……!」
その刹那――遠くから、再び女の声が微かに響く。
しかし……その声は浮上する意識とすれ違うように届かず、次の瞬間、朱雷電は目を見開いた。
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