第32話「喪心の創伍」1/2
PM13:43 モール内地下駐車場
激闘の果て、朱雷電をモールの瓦礫の下へ埋めることに成功した乱狐と鴉は、ようやく地下駐車場へと辿り着く。
「鴉! この後どうすんのさ!」
「………………」
「二人を早く治したいんだ。界路に案内してよ! でないと、この娘も創伍も死んじゃうんだって!!」
出口までの矢印通りに進み、スロープを上がれば外には出れる。だが創伍と織芽は重傷を負ってから時間が経過しており猶予が無い。乱狐としては一刻も早くW.E本部のある裏ノ界へ避難したいのであった。
斬羽鴉はというと、先程まで朱雷電相手に余裕綽々でいたのが信じられない程、麟鴉の背の上で俯いており少し放心気味だ。
今日まで従えていた仲間のカラスが自分達を生かすため犠牲になった事実を、未だに受け止め切れないでいた。
「うぉいっ! あんたちょっと聞いてんの!?」
「――そこと、そこのボタンを押せ……」
「そこのって……火災報知器?」
顔を上げずに鴉が二箇所指差したのは、柱に埋め込まれた赤い火災報知器。火事が発生した際に周囲に知らせる為のどこにでもある赤色の設備だ。
両手の塞がった乱狐が尻尾を手代わりに使って走りざまにボタンを押下すると、二ヶ所の設備からは耳障りな警報音が場内に響き渡る。
「アレを跳び越えろ……」
そして今度は、途中に立っている精算機のゲート。手本を見せるつもりで麟鴉が高らかに跳び越え、乱狐も難なく真似てみせる。
すると……乱狐が着地した瞬間、今度は金属音が鳴り始めた。
「……っ?」
出口へ続くスロープの手前に設えられた防火シャッターが、誰に触れられるでもなく今のを合図と受け取ったかのようにゆっくりと降下を始めたのだ。
「急ぐぞ」
鴉の声に促され、走りを緩めることなくシャッターを目指す麟鴉と乱狐。上半身を少し屈め、半分閉まり切る前に難なく潜ると……
スロープの先にて目に映った景色はガラリと変わっていた。つい今しがたまで昼の陽光が差し込んでいた地上への逃げ道だったはずが、シャッターを潜った途端、点滅する蛍光灯で微かに照らされた緩やかな螺旋状の下り坂となっていた。
「はぁっ、はっ……とりあえず……逃げ切ったんだよね?」
「……あぁ」
特定の報知器の使用、そして遮断機を飛び越えてシャッターを潜る――その条件で現界から創造世界への界路に切り替わったのだ。
朱雷電という追撃者の気配が途切れ、肩の荷が少し降りた二組。
そこへ……
ズドンッ――!!
「「っ……!?」」
反射的に振り向いた乱狐と鴉の背後で、まだ完全に閉まり切っていない防火シャッターが突如として悲鳴を上げた。
駐車場内に地震以上の重い衝撃音が走り、シャッター全体が内側へと大きくひしゃげる。
鴉の爆弾によるものか……
モールの崩壊によるものか……
はまたま朱雷電が……?
それらがはっきりしないままシャッターは最後の力で重々しい音を立てて閉まり切った。
「今のは……?」
「…………」
一瞬の出来事に背筋を凍らせる二人。だが外と内が別世界で隔たれた今、何が起きたのかはもう確かめる術がない。
「……行くぞ。麟鴉」
「おう……」
「ちょ、ちょっと待ってったら!」
鴉は踵を返して麟鴉と共に界路へ向かって歩き出す。乱狐も後に続くしかなかった。
「ねぇ、今の衝撃……もしかして朱雷電の仕業とかじゃ!?」
「戻って確かめたいなら止めないぜ」
「いぃ……!」
「この目で死体を確認しちゃいないからな。俺達を道連れにしようと自爆で死ぬようなタマでもなけりゃ、さっき話してた異界跳びで、誰かが手助けした可能性も捨て切れねぇ。下手すりゃ骨折り損になるかもな」
「そんな……」
「まっ、俺の仕掛けた爆弾の残り物って線もあるっちゃあるが」
「……滅茶苦茶そうであって欲しいけど」
撫で下ろしていた乱狐の胸が再びきつく締め上げられる。瓦礫の下に沈んだはずの朱雷電が、まだ生きているかもしれない可能性など考えたくもなかったからだ。
「あのさ……その、ごめんっ。あたしがもっと上手くやってれば倒せたかもしれないし、あんたの仲間達だって……」
「――やめろ。朱雷電の闘気の下限を見縊った俺の不手際だ。オメェが指示通りやってたところで、結果は大して変わんなかったかもしんねぇ」
「でも……!」
「それにアイツらも、来るなって散々釘刺しといたのに破りやがったんだ……自業自得だろ」
「………………」
あの時取り乱していた斬羽鴉に嘘など無い――今は本音を吐き出せず、見栄を張っているのだと乱狐は察した。
「今更グチグチ言おうがそのうち嫌でも分かる。生きてたとしたら……あの野郎、完全に頭の血管切れて両世界に総攻撃を仕掛けてくるさ。仇討ちはその時にすりゃあいい」
「……まぁ、それに弱点も分かったしね。こっちにもきっと勝ち目は有るよっ。いやぁまさかあんな強そうな奴が水に弱いなんて、ホント意外ってゆーか」
だが犠牲を払った反面、死中に活を見出したと思えば全くの無駄ではない。朱雷電の弱点を知った以上、次に相対した時には勝てるはず――そう言って希望を持たせようとした乱狐の言葉を……
「バーカ。俺がいつ朱雷電の弱点が水だなんて言ったよ」
鴉は鼻で笑った。
「えっ……違うの!? だってあの時、水を被った途端にひっくり返って、まともに立てず這いつくばって……!」
「言ったろ――俺が見つけたのは、ヤツ自身も気付いてない綻び……欠陥だってな。あんなのは俺が見立てた仮説条件を満たして起きた事象で、直接弱点を突いたワケじゃねぇ。本当なら俺達ゃ今頃7回くらい殺されててもおかしくねぇんだぞ」
「7回……? じゃあ何、つまり舐めプされてたってコト!? 全くそんな気しなかったんだけど……」
「なんだ。折角この俺が体張ってヒント与えたつもりだったのに、何も気付かなかったのかよ。ボーッとしてやがって」
「んぎっ……!」
朱雷電の弱点――先の戦闘でそれを確信したのは鴉ただ一人。利害の一致でここまで協力していた乱狐はその核心に辿り着けていない。
結局自分は、鴉が生き残る為の都合の良い駒として利用されていただけなのだと、今になって思い知らされ歯軋りをする。
それでも朱雷電を討ち損じていた場合を考慮すると、貴重な情報源は逃せない……。
「まぁ、いずれもヤツが死んでたら関係無ぇ話だ。せいぜいそうなることを祈ってろよ」
「ね……ねぇ〜ん♡ それならさ、あたし全面的に協力したんだから、せめてヒントとか教えてくれてもいいんじゃな〜い?♡」
「同じ地獄を潜った誼みで100万ワルド――」
「んな大金払えるわけないでしょ!!」
「じゃあ諦めろ。必要な情報はテメェで探せってのも、さっき言ったぜ」
持ち前の色気を活かそうとしたものの交渉には長けておらず、自ら数秒で決裂させてしまう。
「……ふん、別にあんたなんかに頼まなくたって、本部に帰ればすぐ調べがつくんだから! 何を勿体ぶってんだか」
「はっ、今更あそこに頼って何が期待出来る。さっさと九闇雄が裏で糸を引いてたと気付いた時点で対策してりゃ、俺達もこんな目に遭ってねぇだろうに。何をするにも後手後手の時点で、W.Eの危機管理能力や監視体制ってのもたかが知れてるな」
「んだとぉ!?」
「事実じゃねぇか。今になってもまだお仲間は助けに来ねぇしよ。正義感の強い奴を寄せ集めただけの烏合の衆と手を組むより、賢い奴と手を組んだ方がまだ生き残り易いってだけさ。おかげでオメェ、こうして生き残れてるしな――これもまた事実」
「…………!」
朱雷電の下で作戦に加担していた鴉だからこそW.Eの行動の遅さへの指摘には説得力があり、乱狐には返す言葉が無かった。
「長い物に巻かれるのも結構だが、こんな俺にすら出し抜かれるような組織が虱潰しに九闇雄について探ったところで打倒朱雷電なんざ土台無理な話なんだよ。むしろ今回の一悶着でW.Eの脆弱さが露呈して、我が身可愛さに弱い奴から去っていくのが目に見えるぜ。いや……賢い奴ならとっくにそうしてるかもな」
「そんなこと……! あるワケ……」
否定しようとした乱狐の脳裏に鈴々の顔が浮かぶ。鴉の言う通り、九闇雄に対抗できる組織力があったなら、今頃対策も万全に進み、チーム内の結束も瓦解せずに済んだかもしれない。
そうでないから鈴々はあの時の輪の乱れっぷりを目に、我先にと見限ったのだ。
「どのみち後先短い泥舟だ。もし途中で気が変わって生き残りたくなった時は、W.Eなんか見捨てていっそこっち側へ来ちまえよ。俺みたいな暗殺稼業に慣れた手合いの奴はテメェの目と足で学習してる分、本物の情報しか取り扱わないからな。長生きのコツくらいは教えてやれるだろうぜ」
「………………」
W.Eを裏切れ――口を噤む乱狐の沈黙を鴉は“迷い"とでも受け取ったのか、彼女を揺さぶるような誘い文句を重ねてきた。
他のメンバーのように背中を預けられる相棒も居なければ、設定に準じた絶対的な使命もない。客観的に見ても組織に義理立てする理由も薄く、生存確率だけを考えるなら鴉の提案は、乱狐にとって合理的であるが……
「その手にはもう乗らないよ――」
即刻却下。
「創伍達を追い出さないなら、今度はあたしにW.Eを裏切れって? 冗談。アンタみたいな奴の世話になるくらいなら、W.Eと共倒れした方がマシさ」
「………………」
「最初は腕試しのつもりで乗り掛かった船だけど、今じゃ気に入ってんだよね。面白い奴も多いし。天秤にかけてどっち選ぶかなんて、悩む理由も無いよ」
生き残る為の一時的な協力だったとはいえ、異品とは馬が合わなかったのだ。再び組んだところで碌な目には遭わない。
例えW.Eが泥舟であったとしても、立場や実力を問わず自分を"美影乱狐"として受け入れてくれる居場所を、そんな連中と手を組む為に見捨てるなど彼女にはあり得なかった。
目的地に辿り着いた以上、馴れ合う必要はもう無い。変に漬け込まれる前に、乱狐は一貫として鴉を突き放す。
「頭硬ってぇな。お前みたいなじゃじゃ馬の世話を俺が見る訳ねぇだろ。その辺の処世術くらい心得てると思ってたが……まぁ好きにしろ。来る者拒まず去る者追わずだ。帰るぞ麟鴉」
「あぁ……」
一つの生き方として選択肢を提示したのが拒まれ、どことなく惜しんでるようにも見える。だが執着することなく諦めた鴉は麟鴉を軽く蹴り、足早に界路から立ち去ろうとした。
「ちょっと! あんた何処に行くのさ。まだ道案内を最後までしてもらってないよ」
「何処も何も……もうすぐブルータウン手前だろ。これ以上案内する義理は無ぇ。そういう約束だった筈だ」
「あっ……」
早歩きしながら話している内に、視線の先には入り口にあったのと同じ形をしたシャッターが待ち構えていた。
そして誰が触れた訳でもなく、まるで彼らが来たのを識別したかのようにシャッターは静かに持ち上がる。
その向こう側は、ブルータウンの地下通路に繋がっていた。
古い煉瓦の天井がゆるやかに弧を成した薄暗い空間に、正面と左右の三方向で道が分かれている。
足元には浅い水路が走り、澄んだ水が絶えず流れている。ブルータウンの運河の水位を一定に保つために設計されているものだ。
「今日のところは大人しく撤退してやる。誰かさんのおかげで折角の勝負は台無し。邪魔者も居ない今の内にぶち殺してやりてぇところが、全弾使わされて正真正銘のすっからかん。かといって得物も無しに手を下すのは……俺の型じゃねぇしな」
「あんた、こんな目に遭ってもまーだ懲りないんだ。そのしぶとさをもっと別の事に活かしたらどうなんよ?」
「……しぶといのはお互い様だろ。余計なお世話だ」
鴉はそう言って三方向に別れた通路の右側へと進み出す。その先はまた別の異界へ渡る界路へと繋がっており、乱狐達とは進行方向が異なる。
異品である彼らがブルータウンに足を踏み入れれば、W.Eに即刻御用となってしまうため致し方ないのだ。
こうして生き残るという目的を果たしたことで、彼らは再び敵同士となり、共同戦線は此処で終わりを迎える事となる。
その別れ際――
「あぁそうだ。そこでボケーっと背負われてるお荷物に後で言っとけよ」
「……何をさ」
鴉が乱狐におぶさっている創伍へ指を差す。肝心な本人は意識が薄れており、まともに会話が出来る状態ではない。
故に伝言くらいなら聞いてやろうと、乱狐は仕方なく耳を傾ける。
そんな彼女の肩越しに、鴉は朦朧とした創伍へ言い聞かせるつもりで言葉を投げた。
「テメェにまだ闘う気力が残ってんのなら、首洗って待ってりゃいつでも俺が殺しに行ってやる。だがもしも微塵も無けりゃ、テメェはもう英雄を名乗る資格も、俺と闘う価値も無い――ただのつまんねぇ野郎だ」
今回の闘いで、鴉は創伍に対して大いに失望した。
道化英雄とは結局のところ名ばかりで、舞台で歓声を浴びている間だけ成り立つ虚像の大役は、道化師が場を繋がなければあまりにも脆い。
死ぬ覚悟を口にしておきながら、負ければ最後は奇跡や希望に縋る。結局独りでは非力な創伍を相手にし、一度でも手こずった自分にも怒りが込み上げていたのだ。
「とっとと尻尾巻いて自分の世界に閉じ篭ってろ。創造世界には半端な覚悟しかねぇ奴に、居場所なんて無ぇんだよってな……」
「………………」
「んじゃ、あばよ……」
溜めていたものを吐き出して多少の憂さが晴れたのか、鴉は踵を返して乱狐達の前から走り去った。
麟鴉の足が水路を踏み抜き、跳ね上がる水飛沫が通路に反響する。彼らの姿が闇の中へと飲み込まれ、段々と足音も水音も遠退いていく。
「英雄失格なんて、あんたが言えた口かっての……」
乱狐の零した一言と共に、張り詰めていた肩の力がようやく抜け、遅れてきた静けさに小さく息を吐いた。
「さぁ二人共……もう少しの辛抱だよ。急いで本部に連れてったげるから」
だが、まだ安堵すべき状況ではない。怪我人をこれ以上応急処置のままとはいかない。早く本部へ戻らなくては、二人は出血多量で死んでしまう。
乱狐が急いで正面の通路から地上のブルータウンへ抜け出そうとした……
その時――
「おやおや……ボクが創伍から目を離していた隙に、随分と楽しい事があったようだね」
不意に落ちてきた声が通路に響き、踏み出しかけた彼女の足が止まる。
「っ……! 誰っ!?」
「あれだけ痛い目見ても弱きを助けようとするのは創伍の良いとこだけど……こう何度も死にかけられては心配を通り越して少し呆れてしまいそうだよ」
敵が現れたかと思わず身構える乱狐。彼女の視線の先、石床の上に誰かが一人立っていた。
声の主が少しずつ彼女の方へ歩み寄る。薄闇の中からすらりと伸びた素足を灯りに照らされ、やがてゆっくりと全身を浮かび上がらせた。
そこから姿を現したのは……
「……クロ……?」
あり得ない。本来なら今もW.E本部で精密検査を受けているはずの彼女が何故――
「ふふっ、どうして此処に居るのか……って顔してるね? 主の身を案じて駆けつけるのは従者として当然のこと。でも……一つ分からないな。W.Eなら信用出来ると思い創伍を託したのに、どうして乱狐が付き添っていながら、創伍がこんな目に遭っているのか」
「そ、それは……」
事の発端は部屋から出た創伍にあるが、監視を任されていた以上、乱狐は彼を危険から守る義務があった。クロからすれば怪我人を二人抱えた乱狐の姿は、どう見てもその義務を果たしていない。
「ねぇ教えて。ボクの創伍をこんなに傷付けて、乱狐は一体何をしていたのか……。本部に戻って、ゆっくりお話聞きたいな……」
妖しく微笑みつつも、静かに怒りを露わにしているクロを前に乱狐は思わず息を呑む。
生き残ったという達成感はとうに薄れている。それよりも彼女の中では、この一件によりW.Eを取り巻く事態がもっと悪くなるのではという不安が渦巻いていた。
* * *




