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のりしろ

「三月うさぎ、四月うさぎ、ごっがつうさぎーっと」


 かろやかに歌いながら、名古は砂浜に着地した。青い砂がほわっと舞う。光に反射して、きらりはらりと風と踊る。いつか見た光景によく似ていた。


「やぁ」


 名古の隣、元より座っていた牧之が声を掛けた。その姿は白い髪に紅い瞳。二人が並ぶと双子のように見える。青い砂漠の上で二人は静かに言葉を交わす。


「こんにちは。牧之にとっては久しぶりかな」

「うん。すごく、懐かしいよ。昨日のことのように覚えているけどね」


 牧之はいつものように星空を見上げた。

 月に似た白い星が三つ。寄り添いながら重なっており、一番手前に見える星には虹が架かっていた。遠くにはいくつもの星が瞬いており、人類がいまだ観測できない美しさが広がっていた。

 青い砂は光と仲が良いのだろう。星空が見えるというのに、二人は互いの仕草や表情を確認できた。


「充実しているよ」


 一つ二つ先の返事を牧之が返した。名古は促すように頷き、続きを望んだ。


「いくつもの星を見送った。一つとして同じものがないけれど、必ず終わりはやってくる。ラクラルして、ナドキにうつり、やがてツェンになる。リゴールもまた美しい」


 名古には牧之の言葉の意味がちっとも分からなかった。当然である。彼女は地球の言葉しか知らないのだから。

 曖昧に微笑む名古を見て、小さく謝罪の言葉を口にする。それでも沈黙を破ったのは牧之だった。


「彼女は元気かな」

「………………」


 名古は答えない。紅の瞳に映るものは名古も牧之も同じ景色。全てを理解して、それでもなお言葉を紡ぐのは自信の無さからだ。

 ややあって、名古は髪を撫でた。そよ風に泳ぐ髪がどこまでも白い。

 それから、自問自答が始まった。


「後悔なんてしてないよ」

「息ができないんだ。あの場所じゃ、どうしても」

「がんじがらめの世界は苦しくて」

「君といるともっと苦しくて」

「君しか愛せない俺は」

「他のもので気を紛らわせて」

「重い想いを募らせた」


「好きだからからかっちゃうし」

「好きだから、よく分かる」

「君の自由を、幸せを奪っちゃいけないって」

「君を、君が生きていける日常に返さなきゃ」


「どうしようもないんだ」

「お互いの日常で生きていけないんだから」

「君が苦しむ姿を見たくないし」

「私が苦しむ姿を見せたくない」

「好きだから」

「好きだから」


「だから一番近くて遠いこの場所で、君の幸せを願うよ」


 どこからともなく桜吹雪がやってくる。流星群が空を駆け、星は幾度となく時を巡った。一番好きな想いを抱えて何度でも。何度でも。


「なーんて柄じゃないよね。私たち」


 名古が、どこまでも明るい声で言った。

 牧之はきょとんと彼女を見上げる。


「だって私たちは自由だよ。どこへでも行けるしなんだってできるよ。特に牧之は何でも知ってるんだから余裕だよね」

「何でもは、ちょっと、さすがに……」

「両想いだって、知ってるよね?」


 瞬間、牧之が紅潮した。視線が溺れそうなくらいに泳ぎまわり、言葉と口が噛み合わないままぱくぱくと口を動かす。名古にはそれがとても愉快な光景だった。


「それは! その……だって、今更だし。少なくともあの頃の俺は知らなかった」

「青春ですなー。でーすーなー」にやにやと意地悪な笑みで牧之の顔を覗き込む。

「うるさいなぁ! 自分のことは棚にあげているくせに!」

「私は私の目的があるもん」

「何?」

「聞きたい? 聞きたい? どーしよっかなー」


 完全に名古のペースに乗せられていると分かっていながらも、牧之は転がされるしかない。顔を赤くしたまま名古を見つめ返す。無言の重圧だ。

 名古はもったいぶるように三月うさぎと歌い始める。


「――あまねく世界のかけ橋に! だよ」

「それってただのお節介じゃないか」

「だって、みんな奥手すぎ。どれだけ不幸になったと思っているの? 牧之みたいなお馬鹿さんに振り回されるなんてひどい話だよ」


 名古がパンッと手を叩くと、何もない空間から拡声器が現れた。それを牧之に手渡す。


「そんなわけだから、はいこれ!」

「拡声器なんて、何に使うの?」

「屋上で叫んだって伝わらない時は伝わらないんだよ。それに青春と言えば屋上から叫ぶことだと思わない?」

「ま、さ、か……」

「ぐっとらーっく! 後は若い者同士でー!」


 春風が名古を包んでさらっていく。後には桜の花びらにまみれた牧之だけが取り残される。

 しばらく呆けていた牧之が頬をかく。


「俺もたいがい自分勝手な奴だと思ってたけど、上には上がいるなぁ」


 拡声器に視線を落とし、誰にも聞こえない声でぽつりと呟く。


「要らないよ……」


 牧之は全てを知っている。ここから何光年離れていようとも、何次元隔てていようとも、自分と彼女の距離はゼロだ。拡声器がなくたって問題ない。どこにいても、いつの彼女でも。


 拡声器を置いたまま、おもむろに立ち上がり空を見上げた。唇を震わせて、喉まで出かかった言葉を押し出そうとする。

 銀河が一つ、一回転した。彼はまだ動けない。それからさらに全ての星がまばたきをした後に、拡声器を拾った。


「息がつまるよ。久しぶりに……」


 星の息吹を吸い込んで、見つめる先は遥かな今。

 何度も言えなかった想いをたった一言に込めて――。


「――――……愛しているよ」


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