ep.10「快適な世界」
あれから、嶺二は帰って行き、蓮也はすぐに戻って来た。
そして今、室内は静かだ。
外の光は相変わらずだが、ここは切り離されている。
ソファに腰を下ろし、しばらく考えを巡らせる。
この世界の構造。
裏の領域。
九条兄弟。
整理すべきことは多い。
だがーー
「……」
意識が、別の問題へ向く。
生理的な問題だ。
無視はできない。
立ち上がる。
周囲を見渡す。
それらしい場所を探す。
扉がいくつかある。
その一つを開けた。
「……」
白い空間。
整っている。
無駄がない。
中央に、奇妙な形状の物体。
「……椅子か?」
近づく。
その瞬間。
ーーカチッ
「……?」
音がした。
次の瞬間。
ゆっくりと、蓋が持ち上がる。
「……」
沈黙。
「……魔道具……か?」
思わず呟く。
自動。
反応。
明らかに“何か”を感知している。
(敵意はないな)
構造を観察する。
(用途が分からん)
その時だった。
「ちょっと何してんの」
背後から声。
振り返る。
蓮也が呆れた顔で立っていた。
「……調査だ」
「トイレよそれ」
「これが……トイレなのか……」
「そこ座るやつ」
「……なるほど」
しばらく見つめる。
「……便利だな」
「まあね」
蓮也が肩をすくめる。
「あとそれ、勝手に開くだけじゃないから」
「……?」
「いいから一回使ってみなさい」
頷いて扉を閉める。
ーー数分後。
「……っ!?」
水音。
予期しない感覚。
一瞬、動きが止まる。
「……何だ今のは」
静かに呟く。
(攻撃ではない)
だがーー
(油断ならんな)
扉を開ける。
トイレを出て部屋に戻る。
「どうだった?」
蓮也が笑いを堪えている。
「……珍妙だな」
「あははは!珍妙!」
「だが、悪くはない」
「気に入ったの?」
「……否定はしない」
「じゃあ次」
蓮也がくるりと振り返る。
「お風呂」
「おふろ」
「体洗うとこ」
なるほど、浴場か。
別の扉を開ける。
中へ入る。
「……狭いな」
第一印象だった。
浴槽はある。
だが、その横にーー
「……何だこのノズルは」
壁から伸びる装置。
金属と管。
「シャワー」
「しゃわー」
「上からお湯出るの」
「……上から?」
「見てなさい」
蓮也が手を伸ばす。
何かを捻る。
次の瞬間。
ーーザーッ
「……」
水音。
「……ノズルから……雨か?」
思わず口に出る。
「まあ、そんな感じ」
蓮也が笑う。
「温度も変えられるから」
「……調節されているのか」
「そうよ」
手を伸ばして水に触れる。
「……温かいな」
「お湯だからね」
「……」
しばらく見つめる。
(効率的だ)
体を濡らして洗ってすぐに流せるのか……
「……合理的だな」
「でしょ?」
「無駄がない」
「あとこれ」
蓮也が小さな容器を渡す。
「何だ」
「シャンプー」
「……薬品か?」
「髪用の洗剤みたいなもんね」
試しに手に出してみる。
香りが広がる。
「嫌いではない。借りるぞ」
「はいはい、ごゆっくりー」
◇
しばらくして、風呂から出る。
体が軽い。
妙に整っている。
「どう?」
「……」
少し考える。
そして。
「この世界、妙に快適だな」
素直な感想だった。




