30.両思い?
「デニス。告白は、終わりましたか?」
辺境伯家の実子様がお尋ねになっている。
「終わりました。ソロアからも好きと聞きたいので、ソロアが私に好きと言いたくなるまで返事は待ちます。」
「デニスは、冷静に待つこともできたのですね。」
「待つこともできます。建物についてからも待っていました。自分の妻に好きと伝えていないと気づいた後に、もう同じ失敗はしないと決めたので、同じ失敗を繰り返さないように急ぎました。」
辺境伯家の実子様は、不思議そうに僕をご覧になる。
「デニス。告白を急いでも、返事はすぐもらわなくてもいいと考えていたのなら、どうして今にしたのですか?わたくしが命じた後なら、いくらでも二人で話せました。」
辺境伯家の実子様の話を中断させて、告白を始めたことについて説明する。辺境伯家の実子様は、ご自身にかかわることで分からないことには、聞く耳をお持ちだ。知った後も、独りよがりにならないよう、たびたび意見を差し挟んでいけば、独自の解釈をしてしまわれることはない。独りよがりになるのは、判断の仕方が身についておられない分野では顕著だけど、それ以外では目立たない。
「ソロアが主人からの命を受けるより先に好きだと伝えないと、私と暮らしていても、ソロアの中で、ソロアが主人から預けられた仕事が人選の大部分を占めて、私と夫婦なことがソロアの中で後回しになると、夫として情けなくて寂しいからです。」
ソロアの主人はソロアが大事だ。ソロアを大事にしていること自体に配慮すると、王太子様よりも話が通じる。
マルク様やソロアのように献身的にお仕えする心は、僕にはない。誰かにお仕えすると決まっても、そういった献身は身につかない。ソロアの性格と主人との相性もあっただろうけれど、献身と共に育っていない僕は、主人よりもまず、自分の背負っているものを考えてしまう。僕は、献身的になれるかよりも、より良い仕事ができる環境を作ってくださる方を主人にしたいという気持ちが大きい。僕の人生は僕だけのものじゃない。僕は、誰かと一緒になって倒れるわけにはいかない。誰かがこけていても、僕は僕の背負っているものがこぼれ落ちないように立ち続けるのが、村長になった僕の責任だ。
王太子様と話すときのように、発言の裏に何があるのかや、王太子様の真意はどこにあるかと考えなくて済む辺境伯家の実子様の下につく方が、主人との会話で困り果てることはないと考えられるくらい、僕が貴族様に対して冷静なのは、貴族様に見向きもされなかった辺境伯領の端っこの村々の歴史と現実を血肉として育ち、自分で村の舵取りするようになったからだ。
僕は、マルク様やソロアのようには生きられないし、生きる気もない。マルク様とソロアの生き方を否定もしない。マルク様やソロアが結んでいる主従の関係を全部ひっくるめて、外から見ているのが僕。僕の生き方は、これでいい。
マルク様とソロアに上下関係にみるように、王太子様の部下でいると、仕事上で有利に働くことは多くなるなら、村長の僕が村長の枠を越えて仕事をする未来を考えると、借りる威が大きい王太子様の部下になった方が、仕事はまわしやすくなる。
今日のご様子から、辺境伯家の実子様には実権がなかったようにお見受けした。辺境伯家の実権を握っているのは、実子様ではない辺境伯家の方々か、王太子様ということも考えうる。
辺境伯家の実子様にお仕えすると、主人の人柄は良くても、実権のない主人の部下になれば仕事環境が劣悪になる。王太子様にお仕えすると、仕事では軽んじられることはなくても、主人のせいで疲労困憊。マルク様とソロアの主人を比べて一長一短だと思う僕は、ソロアが主人と一緒に倒れることがないようにするんだ。一緒に倒れることは、僕の愛じゃない。僕はソロアと幸せに年を取ると決めている。黒い瞳に黒い髪の僕の髪の色が白くなっても一緒にいるために、今の僕ができる精一杯をする。僕はソロアの夫だから。
ソロアが辺境伯家の実子様の侍女で、マルク様が王太子様の友で部下なのは、主従の相性が良かったからだ。どちらのお方を主人とするのかで、僕の今後の人生の苦労の按配が決まるだけに、これからが難しい。この後、王太子様もお越しになられるなら、修羅場はまだ続く。
どっちつかずでいるのは貴族様相手に良くないと分かっていても、この人にお仕えしたいという情熱で動くには、守りたいものを背負っているという意識が強すぎるから決められない。
生まれが村長の息子じゃなかったら、僕の考えの軸も今とは違っていた。村長の息子に生まれて村長になった僕に、村長じゃない未来は他人の人生だ。考えられない。村長になるために生きてきた歳月と村長としてやってきたこれまでは、僕を僕たらしめてきた、僕の自信の元。
村長の息子に生まれて良かったと思っている僕は、エレインに連れて別の場所にいったとしても、うまくいかない人生になっていた。
これから先も村長でいるために、僕は、主人を決める段もお任せにしない。
「ソロア。デニスは、ソロアが好きなのですね。」
辺境伯家の実子様は、当たり前のことをソロアに話しかけている。
「はい。私が思うよりも。」
ソロアが照れた。
「ソロアは、デニスと幸せになれそうですか?」
辺境伯家の実子様は、実権から遠ざけられてこられただけあって、夢見がちでいらっしゃる。
「今のところは、はい、です。」
ひるがえって、ソロアは現実的だった。
「今のところは、なのですね。」
辺境伯家の実子様が意外そうにされている姿を見守りながらソロアは立っている。
辺境伯家の実子様と王太子様がこれから衝突されるのか、和気あいあいと相談される内容いかんによって、僕とソロアの生活は一変する未来が、辺境伯家の実子様以外には予想できている。辺境伯家の実子様とソロアの会話にマルク様が口を挟まれていないのは、まだ、口を挟まなくていい段階だからだ。
「メザリヤ様。結婚して私の居場所ができたお話を先にしましたけれど、デニスの隣がそうです。」
ソロアが話しているのは、未来の話じゃない。僕と暮らした今日までのこと。
「ソロアは、もう、わたくしの後ろや前にいるだけじゃなくなったのですね。」
信頼した侍女が、主人から遠く離れた場所に安住の地を見つけたのを認め、寂しそうになさっていた。
「メザリヤ様。私は、辺境伯領の平民です。王太子妃になられるメザリヤ様の後ろや前に立つことは、いずれできなくなります。王太子妃となられる方の侍女としてメザリヤ様のお側でお支えする身分と後ろ盾が私にはありません。」
ソロアは、道が分かたれることは既に決まっていたのだから、と優しく話す。辺境伯家の実子様が王太子様に望まれながら、王家に迎え入れられることに積極的になられなかった理由は、王族になられた後にお仕えするための腹心を連れていくことができないとお分かりだったから?
辺境伯領内には、辺境伯家以外の貴族様もいらっしゃる。王家に迎え入れられることが決まっても、辺境伯家の実子様の最も信頼している侍女は、お側を離れた平民のソロアしかいない?
エレインが辺境伯家の養女となって、学園に通い、学園を卒業して王太子妃になったとき、ソロアをエレインの侍女に、と王太子様が求められたとき、王太子妃の侍女になった連座でソロアがエレインと一緒に亡くなる計画が王太子様にあったのは、元平民だった辺境伯家の養女の侍女になりたがる貴族様がいないということの意味の重さがやっと分かった。エレインが貴族様の中で孤立したわけだ。王太子妃は貴族様にチヤホヤされる役回りじゃないんだ。貴族様の中で、盾となり、土台となり、武器となって共に戦える侍女がいないと、その場所に立てない。
辺境伯家の実子様がこれから向かう場所は、夫となられた王太子様の寵愛がどれだけあっても、戦い続けて立ち続けていなければいけない。王太子妃になると決まった辺境伯家の実子様は、腹心の部下だった侍女のソロアを連れて行かない。王太子妃に仕える侍女は、忠誠心と賢さだけでは務まらないから。
ソロアが、辺境伯家の実子様のお足元を支えると誓って侍女の服を脱いだのは、もう手の届かないところへ向かわれる主人に示した最大の忠誠。
僕は、何をどう決めよう。
「わたくし、ソロアが去ってからは、ソロアがいないところにできるだけ行かずに済むようにしてきましたわ。」
辺境伯家の実子様は、侍女のソロアを恋しがっているだけじゃない。辺境伯領内でありながら、信頼している侍女のソロアがいないところには出かけられない状況の中にいらっしゃる。
「メザリヤ様。端っこの村の文官に就くなんて、思い切ったことをされました。」
辺境伯領の端っこの村々の文官は、辺境伯領の中でも左遷された人の仕事で、端っこの村々の税の徴収以外、辺境伯家との関わりもない。
「どんな形でも、どんな機会でもいいから、わたくしはソロアに会っていたかったのです。」
辺境伯家の実子様は、寂しいから会いにきたかのようにお言葉を選んでいらっしゃるけれど、お声の調子は、生きて会えるうちは一緒にいたかったと聞こえてくる。辺境伯家に実子様が安全にお暮らしになられる場所はないの?忠誠心と賢さを王太子様に認められていたソロアが、辺境伯家の実子様に命じられて侍女じゃなくなったのは、辺境伯家の実子様からソロアを遠ざけたい人が辺境伯家の中にいたから?
「メザリヤ様とお会いできる日は、お元気でいらっしゃることが分かって嬉しかったです。」
「結婚してからのソロアは、わたくしに会えて嬉しかったと言うけれど、わたくしと一緒にいますとは言わなくなりましたわ。」
ソロアは、寂しそうにおっしゃる辺境伯家の実子様を慰めたりはしなかった。
「メザリヤ様。私は、メザリヤ様の足元をお支えすると決めて、お側を離れました。」
「ソロア。ソロアが帰る気をなくしてしまうと知っていたら、わたくしは、デニスの元へ行かせたりはしませんでした。いくら、マルクの勧めがあったとしても。」
辺境伯家の実子様がここでマルク様のお名前を出されたことに、僕はピリッとする。マルク様のお名前を出されたのは、無意識じゃない。
「メザリヤ様。私は、メザリヤ様に送り出していただいてデニスと結婚したことを後悔していません。今は。」
僕との結婚を後悔していないとソロアが言った!僕は一人で歓喜する。
「ソロアは、わたくしの側でない場所で、わたくしの元に戻ることも難しい場所にいることになっても、幸せでいられそうですか?」
辺境伯家の実子様に問われたソロアは、ふいに笑顔で僕を振り返り、すぐに元に戻した。
「メザリヤ様。先のことは分かりませんが、今の私は、幸せです。」
僕もだよ、と聞かれていないのに答えてしまうのは、幸せのなせるわざ。
「ソロア、僕も幸せだよ。ソロアと僕は両思い。」
ソロアは、振り返らずにふふっと笑った。
辺境伯家の実子様の顔が、マルク様に向く。
「マルク。聞きましたか?ソロアとデニスの結婚は長く続くものではないと思っていましたけれど、ソロアとデニスは二人で幸せになっています。」
メザリヤ様とマルク様の緊張感が復活した。
「メザリヤ様、デニスとソロアが両思いだと確認されなかった方がうやむやにできましたよ?」
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