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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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27.欲しがらない妹だったら

辺境伯家の実子様の口からは、小さい吐息が漏れただけだった。


「エレインは村で何もしなかったと聞きました。エレインがいて村に問題が起きたということもなく、エレインがいなかったから問題になったこともなかったのですね?」

「どちらもございません。」


「デニスから見て、エレインの変節に思い当たることはありますか?村を出て環境が変わったせいでしょうか?」

「村を出たから変わったというお考えに付け加えたいことがございます。」

「話しなさい。」


「大前提としてエレインは、村娘として生まれながら、村娘としての人生を受け入れていませんでした。」

「エレインが村娘の暮らしから抜けたがっていたのは、いつからですか?」

「乙女ゲームのヒロインに転生したという自覚を持ったときに、村から出ていく未来に生きると決めていたとエレイン自身が話していましたが、ヒロインに目覚めたのがいつかは聞いていません。」


「乙女ゲームのヒロインとして生まれた記憶があったから、村娘としてあるのではなく、貴族令嬢として生きることが本来の姿だと思い込んだのですか?」

「平民でも学園に通う機会はあるのに、貴族の養女になってから学園に通うものだと考えていたエレインの口からは、乙女ゲームではそうだったからという以上の話を聞いていません。」


「貴族令嬢であることは、エレインの最終目標だったのではなく、望む未来のための手段だったのですね。何も分からないよりは良くても、行動理由が判明したのはいなくなってからでしたね。」

辺境伯家の実子様は、大きな独り言をおっしゃった。

エレインが毒杯を呷ったことをご存知でいらっしゃる。今日がエレインの命日になることは、共有されていたんだ。

王太子様と辺境伯家の実子様が共有されている情報の一部は、王太子様から開示された。それぞれで握っておられる情報が未開示なのは、王太子様と辺境伯家の実子様の足並みが揃っていないから?


「平民と貴族の養女では、学園内での扱われ方が異なってきます。貴族の養女も貴族の扱いになりますから、貴族の中に入っても困りません。」

辺境伯家の実子様は、貴族の中に入って、と婉曲的な言い回しをされた。

「エレインは、学園に通うことを楽しみにしていたと話していました。」


「乙女ゲームのヒロインとしての人生の本編が学園から始まると考えていたのですね。」

「はい。ただ、村にいる間、自分があるべき場所は村の中ではなく、自分のあるべき姿は村娘ではないという考えを口に出すことはありませんでした。」


「アーレンドルフ様に見つけられる前のエレインに、貴族を知る機会はありましたか?」

「エレインは、私と一緒に町へ行くぐらいしか、村の外に出ませんでした。エレインと私は同い年ですが、私とエレインが生まれてから十二歳になるまで、貴族の方々の訪いは一度もありませんでした。」

王太子様のような国の中央にいらっしゃる貴族でない辺境伯領にいる貴族のお一人もお見かけしたことはない。


「デニスよりも村の外に出る機会がないエレインは、貴族という存在がいることは知っていても、見たことがなかったのですね。」

「貴族の方々にお目通りすることが一生ない村人の一人だったエレインが、村娘どころか村長の息子ですら知り得ない尊い方々のお顔やお名前を存じ上げていた理由をエレイン自身が説明したことには、エレインが乙女ゲームのヒロインだったから、というものでした。」


「エレインの口から、それ以上の説明はありましたか?」

辺境伯家の実子様のお耳に、喋り薬を飲んだエレインが何を話したかは届いていない?

「乙女ゲームのヒロインだからそうしたというように、エレインは、自身の行動を説明していました。自分のしたことが間者の疑いを招く行為だとは思っていなかったとも話していました。」


「村を出たことでエレインの性格が変わったのではなく、村娘としていることに手を抜いていた結果、振る舞いが変わったのですね。」

「私がエレインから聞いた話では、乙女ゲームというものから得た貴族の情報を現実の中に通用すると考えていたエレインは、学園を卒業した後も幸せな未来が続くと疑っていませんでした。」


「エレインの望んだ、学園での楽しみと卒業後の幸せな人生は、わたくしの、辺境伯家の評判を落とし、わたくしのものを欲しがって、手に入るまで粘った結果です。」

辺境伯家の実子様の声からは、感情を抑え込んで喋っているような重さが。

「エレインは、何を欲しがりましたか?」


「貴族の養女ではなく、貴族令嬢としての待遇、わたくしが身につけているもの、わたくしの暮らしを形作っているもの、わたくしの侍女と婚約者、最終的には王太子妃としての地位です。エレインは、何もせずに、ただただ、わたくしのものは自分のものにしていいという何の根拠もない理由で欲しがるばかり。わたくしは心の中で、欲しがり妹と呼んでいました。」


辺境伯家の実子様は、エレインが愛を乞うたとは一言もおっしゃらなかった。辺境伯家の実子様には、お分かりにならないことだったのか、目に見える事実だけを話されているのか。僕にはまだ、判断がつかない。


「エレインがご領主の実子様のものを欲しがった理由が、乙女ゲームのヒロインはそれを手にするものだという思い込みからきているものでしたら、エレインの思い込みの成否をいくらエレインに説いたところで、自分が間違った振る舞いをしているとエレインが理解することはなかったのではないでしょうか。」


辺境伯家の実子様の視線が、下げている僕の頭に突き刺さる。

「デニスは、エレインのしたことに盲目的になりませんね。」

「エレインがしてはならないことを知らなかったと知ってしまった今の私は、十年前より以前、村娘だったときのエレインが秘密を打ち明ける関係性を築けなかったことを不徳だと反省しております。」


「反省は、村長の息子としてですか?幼馴染の情や、好きだった女の子への気持ちからではないのですね?」

「はい。村を出て村娘じゃなくなったときから、エレインは私が村長になる村の村人でなくなりました。私がエレインのことで反省するのは、村娘だったときまでです。」


「エレインのことは、反省すれば、デニスの中で終わるものなのですか?」

そう問われるのは、辺境伯家の実子様の中で整理がついていらっしゃらないから?

「村人でなくなったエレインは、幼馴染であっても、元村娘です。私に限らず、村や村人とエレインの関係は、エレインが村を出た十年前に切れています。関係の継続を追い求めることはありません。」

「デニスは、エレインに求められたことを喜ばないのですか?」

好きだった女の子なのに、という声に出ていない一言がつけ足されている。


「十年前、エレインの人生と私の人生は互いが見えないところへ分かれていきました。十二歳から互いが存在がしない人生が十年です。十年の間に、私とエレインの立場は決定的に変わり、私には、私が大事にするものが増えました。十年前と同じように、会えば喜んでくれるものだと考えていたエレインの変わらない十年間とは違います。」

「エレインの内面が成長していないと言っていますか?」

辺境伯家の実子様のご質問から、好きだった女の子なんだから何か思うことがあるのではという疑惑が消えた。


「乙女ゲームのヒロインだと自覚した村娘のときからエレインの内面で何かが変わった感じはしませんでした。」

「エレインは、十年前よりもっと前から、精神性が変わっていないのですね。」

エレインがどこに生まれてもエレインだったと僕が思う理由は、エレインの変わっていなさにある。

「十年で体は大きくなっていましたが、話していることや考えていることの変化が見られませんでした。」


「わたくしの指導は、一つも耳にのこりませんでした。貴族の養女に迎えざるをえなくなったエレインへの指導は、アーレンドルフ様がときどき見ておられましたわ。」

「貴族が秘匿する情報を初対面の尊い方々相手に話すようなエレインに対する教育で重視されたのは、貴族相手に迂闊さを出さないことですか?」

「エレインが迂闊に喋らなかったら、辺境伯家は苦境に立たされませんでしたね。」

辺境伯家の実子様は、エレインに知恵をつけなかったことを否定されなかった。


辺境伯家の養女になっても、辺境伯家の実子様と王太子様から警戒されていただけではなく、好かれてもいなかったのは、エレインのしたことで苦労を背負う羽目になった辺境伯家の実子様の境遇を辺境伯家の実子様も王太子様も苦々しく思われていたからだ。


僕が、気持ち的にエレインに手を伸ばさない原因は、僕が懸命に生きている横にいたエレインが本気で生きていなかったと知ったから。


辺境伯家の実子様がエレインに向ける感情は、ご領主様の実子様として領民と関わろうとしてもうまくいかなかった時間と試みられた数が掛け合わさったものを抑え込んでこられたから濃いんだ。


僕が静かにエレインとの関係の線引きを終えているのは、僕とエレインの関係が始まる前に終わったという自覚が芽生えているからでもある。


乙女ゲームのヒロインとして目覚めたエレインは、運命の日に運命の人と会うまでの村娘との暮らしに参加しようとはしなかった。時間が経つのを待っていた。エレインは、僕を見ていなかったけれど、僕以外も見ていなかった。運命の日に村を出ていくまで、村で生まれ育ったエレインと話さなかった村人はいなかったのに、エレインの口から出た名前は、僕の名前だけ。子どもらしく両親に甘えなかった後悔はしていたけれど、両親に対する肉親の情がどれほどエレインにあったかというと、両親がエレインを育ててきたほどはなかった。


村長の息子として生まれて村長をしている僕は、村や村人を大事にしていない元村娘について、懐かしむ気持ちで見ることはしない。


「今日、最後の会話をしましたが、エレインは、乙女ゲームのヒロインが幸せにならないことに衝撃を受けていました。貴族と村娘の間には村娘が飛び越えられないほどの谷があったことに、自分では気づけていません。」

「エレインは、生まれたときから、乙女ゲームのヒロインとしての生活だけが用意されていると思い込んで生きてきたのですね。」

辺境伯家の実子様の中で、エレインの理解が進まれたご様子。


「はい。貴族の方々と知り合い、村を出て貴族の方々の中で生きていく人生をエレインは待ち望んでいました。」

「村娘の時間が終わるのを楽しみにしすぎるあまり、町中で会ったアーレンドルフ様に、間者を疑われるような接近の仕方をしてしまったのですね。」


納得がいったご様子の辺境伯家の実子様に、いくつか言葉を足して、十年前の運命の日の状況を補足する。

「町に出てきた日に尊いお方と出会い、尊いお方について村から出ていける可能性に目がくらみ、私と村に戻らないことを優先した振る舞いでなかったとは言えません。」

辺境伯家の実子様は、ため息をつかれた。

「村娘と王太子殿下がしてはならない最悪な邂逅でした。」


辺境伯家の実子様からの質問が止まっている間は、僕も口を閉じておく。


「デニスは、エレインをどう思っていますか?」

エレインについて何度も確かめられているのは、答えを探しておられるから?


「十年前までは村娘で幼馴染でした。」

「今は、どうですか?」

お尋ねになりたいのは、亡くなっているエレインの今ではなく、今の僕の心情だ。

「私の知らないほどの遠くで、私の知らない幸せをつかんでいてほしいです。」


「エレインは全ての騒動の火種です。デニスにエレインを恨む気持ちはありませんか?」

辺境伯家の実子様のお心をかき乱し、辺境伯家を混乱に陥れたままいなくなったエレインについてのご質問の本題がきた。

「大変な騒動に巻き込まれはしましたが、不幸を望むほど恨む気持ちはありません。」

「幼馴染として過ごした時間があるからですか?」


「幼馴染だから、という情より、エレインは、乙女ゲームのヒロインとして幸せな人生を歩めませんでしたので。」

「もう既に不幸になっているから、これ以上の不幸を望まないというのですか?」

毒杯を呷ったエレインにこれ以上の不幸があるかは分からない。


「エレインと話して分かったことですが、エレインのしでかしは、エレインが何も知らないために起きています。」

「養女として家に迎えたわたくしが、貴族家の姉として、エレインに一つ一つ教えていく必要はあったのでしょう。わたくしの、辺境伯領の領民です。エレインを辺境伯家の養女として迎えることが決まったとき、利用してくる者らと距離をおかせ、今持っている情報を引き出した後は、二度と間者に利用されないよう、真っ当な道に戻してやり、平民として生活していけるよう整えて、と考えていました。」


「そこまで配慮されてエレインを貴族の養女に迎える必要はあったのですか?エレインを村娘のまま保護することは問題だったのですか?」

「デニス。顔を上げなさい。今からわたくしが話すことは、他言してはなりません。」

辺境伯家の実子様から直々のお許しを得て、ゆるゆると頭をあげる。

「かしこまりました。」


「エレインがアーレンドルフ様との会話の中で混ぜてくる貴族や学園の話題は機密情報でした。一介の村娘が知っている情報ではない情報を知っていることを隠さずに、王太子殿下であられるアーレンドルフ様や他領の貴族子息でいらっしゃるダーデ様の間に挟まった状態で、知っていてはならぬことを隠さずに話してしまいました。辺境伯領の村娘のエレインが、王太子殿下や他家の貴族子息に、直接話しかけたことより、王太子殿下や他家の貴族子息にまつわる情報を知っていて、もったいをつけながらも町中で喋り倒したことが辺境伯家を苦境に追いやりました。王太子殿下のアーレンドルフ様と他家の貴族子息ダーデ様は、偶発事故で村娘との接触が起きたとはとらえませんでした。辺境伯家が、わざと間者と通じさせた村娘をお二人に近づけただけでなく、辺境伯家は間者に王太子殿下と高位貴族の情報を漏らしていたという疑いをかけられたのです。」


エレインがしでかしたことに対する尊い方々の見解をお聞きし、言葉が出なくなった僕の顔を見た辺境伯家の実子様は、そのまま言葉を続けられた。

「辺境伯家への疑いを晴らすため、辺境伯家だけでエレインに沙汰を下すわけにはいかなくなりました。辺境伯家の威信を賭けて、エレインに結びつく間者を見つけ出さないわけにはいかなくなったのです。」

「辺境伯家の実子様が、最悪な出会いとおっしゃる通りです。」


辺境伯家の実子様はかすかに頷かれた。

「エレインは、知っている情報がどのようにして手に入れたものかを話そうしませんでした。辺境伯家の領民として知り得た情報を辺境伯家のわたくしに話しなさいと、わたくしがどんなに説いても、エレインとわたくしの差が埋まることはないと理解しませんでした。同い年のわたくしを姉だと呼びながら、わたくしのものを欲しがるばかり。欲しがり妹の顔など見たくなくなりました。声も耳に入れたくなくなりました。」


辺境伯家の実子様は、他言を許されないお話をしてくださり、エレインに苦しめられた心の内まで明かしてくださっている。

ソロアもマルク様も何も言わない。顔を上げることを許された僕が次にすることを僕はためらわない。


「質問にお答えする形にはなりませんが、どうか私の発言をお許しください。」

「話してみなさい。」


僕がこれから話すことに、辺境伯家の実子様のお許しは出ている。マルク様の制止がないのは、今の時点ではまだ、王太子様の思惑から外れていないから?

「村娘として、エレインがしてしまったことが、誰にどんな結果を招くことになるか。エレインは当然知っていると私は思っていました。」

「デニスや他の村人が知っていたのなら、エレインに知る機会がなかったとは思いません。村娘としての暮らしを通過点としか見ていなかったエレインは、自分に必要ない情報と切り捨てたのでしょう。」


「幼馴染として一緒に生活していた村娘の中に、村娘として当然知っているはずの知恵がない村娘が村にいたことが、私には問題だったのです。私は生まれたときから、村長の息子で、村長になる未来を見据えて生きてきましたから。」

辺境伯家の実子様が僕に詳しい話をされたのは、意味のあることだ。辺境伯家の実子様にとっても。この場にいるソロアにとっても、マルク様にとっても。僕にとっても。


「デニスは、村長の息子として生まれたことを誇りに思って生きてきたのですね。子どもだったときから、村長の息子としての矜持を持っていましたか?」

「私は、村長になる村長の息子として生まれ、村長になるために生きてきました。ソロアと結婚して村長となり、お目通りがかなっております。」

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