後日談8 悪役令嬢に転生した干物女は披露宴でぜんざいを振る舞う。
「新郎新婦、入場でーすっ!」
フローレンス家の庭園に私の声が響く。
集まった人々からは拍手と花びらが舞い、白いジャージを纏ったクロムと、ジャージドレスに包まれたミラが、花のアーチをくぐり手を取り合って歩いてくる。
ミラたっての希望でウエディングジャージを特注したのだ。
ごめん、異世界の人たちまじごめん。クロムもごめんよ。
私がこの世界にジャージを持ち込んだばかりに、弟の結婚式がジャージになった。
ミラがここまでジャージを気にいると思わなかったんだよ……!!
これゲームならたぶんキラキラしたウエディングドレスのミラとタキシードを着たクロムの一枚絵とか出ちゃうんだよね。ゲームしたことないからわからないけど。
新郎新婦がジャージであること以外は普通の結婚披露宴だ。
ミラは頬を紅潮させながら、みんなに笑顔を振りまく。
「ミラ様かわいいです。お幸せに!」
「似合っているぞ、クロム……! 幸せになるんだぞ」
「坊っちゃん、ご立派になられて……」
参列したひとたちは口々に二人を祝福している。
教会での式を終えたあとの披露宴は、中世風異世界なのにどこか“家族の食卓”の延長のような温かさがあった。
披露宴の演出、全体進行を担うのは、この私。元悪役令嬢・クリティアである。
事前に取り決めていた通りに、ヨイ、コリン、ミゲルが準備していた料理をテーブルに並べていく。
塩釜焼きのフロー豚、たこ焼きに浅漬け、焼き鳥、お吸い物。
屋敷の料理人たちにも計画に乗ってくれたから、披露宴のお祝い料理はWASHOKUで統一されている。
ミラが手を叩くと、ルールーが赤飯おにぎりを運んでくる。
結婚式の前にミラが炊いて仕込んでいたのだ。
白い皿に豆の茶色と赤飯の薄赤が映える。
「クロム様。これはミラ様がクロム様のために用意しましたの!」
「これを、ミラ様が?」
クロムは目をみはり、ミラに視線を移す。
ミラは笑う。いたずらが成功した子どもみたいに楽しそうだ。
「オセキハンという料理です。クリティアお姉様に教えていただいたんです。これは女神様の世では祝福の料理なのだそうです。わたくしを選んでくださったクロム様が、幸せになれるように」
「…………ミラ様。ありがとうございます。俺のために、そこまで考えてくださって……俺は、俺は……幸せ者です。美味しいです。」
クロムは一口赤飯を多ベ、メガネを外し、ハンカチで目元を拭う。いつもはクールに決めているクロムでも、嬉し泣きはするんだ。
いつもならここで茶化すミゲルだけど、流石に空気を読んでなにも突っ込まない。
「クロムかクロム。いつもありがとうな! 家庭を持ってもおれの仕事手伝ってくれよな」
カイン王子が旅先で見つけてきた酒の瓶を掲げる。
「これはグレアス王国で祝い事のときに飲む秘蔵の酒らしいんだ。側近の結婚がちかいと話したらグレアスの陛下が譲ってくださった」
「グ………グレアス王国の国王陛下が、他国の臣下の俺のために!? なんて畏れ多い………」
「そうかたくなるなって。身分関係なくお祝いしてくれてるだけだって。次に行くときはクロムも一緒に行ってくれ」
カイン王子はカップになみなみと酒を注いで、クロムとミラにおしつける。
隣国の国王陛下秘蔵の酒……カップ一杯いくらするんだろう。聞くのも怖い。
心なしか、クロムはカップを持つ手が震えている。
ミラも緊張の面持ちだ。
「お祝いしてくださるというのなら、飲まないほうが失礼にあたりますわね。飲みましょう、クロム様」
「ミラ様……。はい。そうですね」
二人は隣国の国王陛下からの祝い酒を飲み、カイン王子は満足そうに二人の背中を叩く。
「さあさあ。私も二人のために新しい料理を作ったわ! これを食べて! ぜんざいよ!」
私は大鍋の前でお玉を振るう。
市場で見つけたいい感じの小粒の豆をじっくり煮込んで、砂糖とひとつまみの塩で味を整えた。
香ばしい豆の香りと蜜のような甘い匂いが風に乗って、庭全体に広がっていく。
この世界にはウエディングケーキがないから、代わりに何か甘いものをね。
ぜんざいを汁碗に盛り付けて、みんなに振る舞う。
ミラは口をつけて頬を紅潮させる。
「まぁ! いい香りですわ。豆のスープがこんなに甘いなんて。ぜんざいというのは不思議ですわね」
「豆というと、トマトや塩と煮込むものとばかり思っていたが、存外うまいな」
クロムも珍しそうにしながらぜんざいを飲む。
「ぜんざいだーーー! やったー! 超おいしー!」
「あ! ちょっとまってミゲル独り占めはだめよ! あたしの分なくなるじゃない!」
相変わらずミゲルとコリンは小学生みたいな喧嘩をする。
「はいはい。ちゃんと人数分より多めに作ってあるからけんかしない!」
異世界にはない、日本風の“甘い汁もの”に戸惑いながらも、みんな味わってくれている。これだけ好評ならレシピ本第五弾に書けるな。
「どうぞ、おかわりもたくさんありますよ~」
花びらが舞い、ぜんざいの香りに包まれながら、会場は柔らかな祝福に満ちていく。
だが、その空気は――
一通の手紙によって、奇妙な方向へ変貌することとなった。
「失礼します。奥様。旦那様。お手紙が届きました」
ジーニャが、息を切らして走ってきた。
差し出された封筒には、見慣れた名前があった。
「……ロブソン・リフジンスキー様より」
「ロブソン、様ですか……」
使用人含めた全員が、なんでこんなめでたい日に……という顔になる。
母上がジーニャの手から封書を受け取った。
「……目を通しておきましょうか。何か火急の用かもしれません」
「やめておいたほうがいいんじゃないですか、母上」
「今回こそは必読の話かもしれませんから」
どうせろくでもない中身だろうけれど、リフジンスキー家に不幸があったとかそういう知らせの場合無視するほうが問題になる。
会場がどよめくなか、母上の朗読が始まった。
> ハローマイ・エンジェル・ミラ。
なぜ君は、僕以外の男のもとに行ってしまったんだい?
二人、見つめ合ったあの日あの時――君の微笑みが僕の心をブロークンしたんだ。
あの日から僕は愛の囚われ人。
君がクロムと結婚すると聞いたとき、僕はその場で3分間崩れ落ちて動けなかった。
僕の一番はミラでミラの一番は僕じゃなかったのかい?
「…………ここから先は読む必要はなさそうね」
母上が笑顔でロミオメールを散り散りにした。
元の形がわからないくらい粉々に千切り、ジーニャにロミオメールだったものを渡す。
貴族たちがざわめき出し、使用人たちは笑いを堪えきれず震え出す。
クロムは両手で顔を覆いながら呟いた。
「……懲りない人だな、ロブソン」
「わたくしの結婚式当日にまでこんなものを送ってくるなんて!!! リフジンスキー家に抗議文を送っておきましょう!!!!」
「そうですね。こんなものを何度も送られてきては困る」
新しく夫婦になった二人は、どうでもいいことで一致団結した。





