3 悪役令嬢に転生した干物女は串かつを食べたい。 ☆挿絵あり
前回までのあらすじ
焼き鳥とビールがウマイ! ロミオメールお焚き上げ。
本日はミラが遊びに来た。
異国の茶葉が届いたからおすそ分けということで。
伯爵令嬢なのに、家格が下の子爵令嬢の私に対しても隔てなく接してくれるのは、ご両親と使用人たちが愛情深く育てたからかな。それに加えて本人の気質が良い。
創作物の愛され主人公ってミラみたいな子のことをいうんだろうな。
いまだに慣れないきらびやかな部屋で、ミラと向かい合って座る。
「どうぞご賞味くださいませ、お姉様。東方から取り寄せたウローンティーというものですわ」
「ありがとう、ミラ。いい香りね。ジーニャ、淹れてちょうだい」
侍女ジーニャは小さな缶を受け取って下がり、ほどなくしていれたお茶を運んでくる。
静かにテーブルに並べられるお茶。
茶菓子にドライフルーツも添えてくれる。
いたれりつくせりの扱いに未だ慣れない。
ウローンってこの世界の産地ってやつかな。考えてみたら地球と同じダージリンだのアッサムだの言う地名があるわけもないか。
お茶の色は紅茶より濃いめ。香りは……なんか知ってる。初めて見たはずなのに。
「いただきます」
口をつけた瞬間電流が走ったような感覚を覚える。
ウローンティーは烏龍茶だ。
ここがどこの乙女ゲームだかマンガだか知らないけれど、ありがとう開発者。半端に現実世界要素を入れてくれて。
「すごく美味しいです」
「気に入っていただけて良かったですわ。お姉様が料理研究をはじめたと聞いたものですから」
「もうミラ様の耳に入ったのね。そうだわ、ミラ様にも焼き鳥を食べていただきましょう。感想を聞きたいわ」
ジーニャが焼き鳥を持ってきてくれる。
あれから毎日夕食のメニューに入れてもらっているから、日に日に焼き方の腕が上がっている。
うちの料理人、異世界で焼き鳥屋を開けるよ。
ミラは生まれて初めて見る焼き鳥を、しげしげと観察する。
「これがヤキトリ。カトラリーを使わずに食べられるようになっていますのね」
「このように、横に持ってがぶりとかぶりつきます」
お手本に一本食べてみせると、ミラは恐る恐る口をつけて、顔をほころばせる。
「美味しい! とり肉はソースをかけなくてもこんなに美味しいんですね」
ドレス姿の美少女が焼き鳥を頬張り烏龍茶を飲む……絵面がシュールだ。
「実は今、他の料理も思案中なんです。ウローンティーとの相性が抜群だと思います」
「まあ! それは食べてみたいですわ。試作のときは立ち会わせてください」
「お時間があるようなら、今からいかがです?」
「ぜひ!」
さっそくメイド服に着替えて調理場を借りる。
「ぎゃあああぁ……お嬢様が怪我をしたら生きていけません、やめてください。前回ので最後だって言ったじゃないですか!」
「お嬢様が使用人の服を着て調理場にいるなんて………いくらロブソン男爵に婚約破棄されてショックだからって……」
私は酒に合うツマミを食いたいだけなんだよ。
20才くらいのときには私もそれなりに夢見る乙女だったから、レシピ本の料理片っ端から作って「いつか出会うダーリンのために花嫁修業!」なんてやっていたが、結局相手がいないから食べるのは自分だけだったのである。
今、ここで活かせてるからいいんだ!!
開き直って包丁を持つ。
「お姉様。何を作るんですの?」
「トンカツというか、串かつを作ろうかと思います」
「とんかつ……」
「こっちでいうコートレットに似ていますわね。かけるのはホワイトソースではないけど」
一応、ここにはトンカツに似たような料理、コートレットがある。むしろコートレットが起源か。
フライパンで焼き上げた羊肉のカツレツに、玉ねぎやミルクで作った洋風ソースをかける。ナイフとフォークでいただくオサレなやつ。
この地域で育てられている豚、フロー豚のロースを二センチ幅くらいに切り分けて塩と胡椒を振る。
小麦粉をはたいて串に刺して、溶き卵を絡ませパン粉をつける。
油を熱した鍋にイン!
こんがりきつね色になるまで待つ。
いい香りだ。
油を切って、調味料棚に並んだものを少しずつ味見して、ウスターソースに似た風味のソースがあったからそれをかける。
阿鼻叫喚だった使用人たちが恐怖の顔から一転、ワクワクした顔に変わる。
「さぁ出来ましたわ。串かつよ! ミラ様もどうぞ」
テーブルにビールもセットして、いざ実食。
「うま! ……いですわ」
おっとっと、つい前世の口調が出ちゃったよ。
かーっ!!
揚げ物は烏龍茶と合う!!
夕食のときはビールと合わせてもらおう。
焼き鳥と串かつがあればジョッキ三つは空ける自信がある。
「すごく、すごく美味しいですわ! この熟成フルーツソースが合いますのね。それに串かつを食べてからウローンティーを飲むとサッパリします」
ミラも気に入ってくれたようだ。
「私、これらWASHOKUの料理本を書きます。WASHOKUの美味しさを世界に広めるのです」
「良いと思います! わたくしにできることがあればお手伝いさせてくださいませ!」
握手をかわす私たち。
広めようとしているモノが焼き鳥に串かつなのは見逃してくれい。
「お姉様、わたくしも見習いますわ。貴族の娘だから料理は料理人任せでいいなんて、古い考えなのかもしれません。いつ何が起きてもいいように、わたくしも料理の技術を身につけましょう」
ミラの両親と使用人一同がむせび泣く姿が見える気がするよ。
「クリティアお嬢様。ロブソン男爵からお手紙が届きました」
前回のロミオメールの件でお父上に抗議文を送っておいたから、謝罪の手紙かな。
【マイスイートハート・クリティア
父上からはもう君に近づくなと言われたけれど、僕と君は運命で結ばれた者。求め合う二人の愛は誰も邪魔できないよ。
愛は障害が大きいほど燃えるとはよく言うけれど本当だね。
僕の愛はこの国の国土よりずっと広く大き……】
「相思相愛じゃない!!!!」
ポエムの束をテーブルに叩きつける。
あいつ反省してねぇ。
「な、何が書いてありましたの?」
ミラに渡すと、ミラは紙束に目を走らせて震えた。
「もう婚約者でなくなったお姉様にこのようなゴミを送りつけはじめるなんて……嘆かわしいですわ」
「……ミラ様のところに連日届いていたんですものね」
ポエムの元被害者から手紙を受け取って、キッチンの火にくべる。
紙質がいいからよく燃えるわー。





