マスターと異世界。
使い魔として異世界に召喚された僕ことオリジン。
そんな僕の目の前には誰もが二度見をしてしまうほどの目麗しい碧眼の女性に僕の右手を握り、微笑んでいる。勿論、僕は素手では無く『AWO』で使っていた真紅の鎧越しに、いや籠手越しに握られている。
僕は兜越しに彼女をじっと見つめる。
身を包む白を基調としたドレスは所々が汚れており、終いには履いている靴のヒールが折れてしまっている。
そんな姿でも彼女の美しさは消えず、それ以上に彼女の美しさが際立っているように見える。
「私はシレーナ。よろしくね」
「僕はロア、じゃない……オリジンです、こちらこそよろしくお願いします。」
優しい声音で話しかけてくる彼女。
なんというか女神様と同じような雰囲気を纏っている気がするのは気のせいでは無いはず。美しい金髪は腰まで伸び、自己主張する胸。身長も約150センチとあまりにも特徴が揃いすぎている。
(もしかして……女神様なんてパターンは無いよね?)
名前を言ったきり考え事をして声を掛けてこなくなった僕に不信感を覚えたのか、どこか焦ったように言う。
「お、オリジンね……ま、まずはこの森から出ましょう?」
「……は、はい。でも日が暮れそうですよ?」
僕は森の背の高い木々の隙間からの僅かな紅い木漏れ日を見てマスターに言う。
「そ、そうね……夜営の準備とかって……出来る?」
「任せて下さい。少し待っていて下さい」
僕は左手の人差し指と中指を合わせて振り下ろした。
この動作は『AWO』でアイテムボックスを開くもの。それを知らないシレーナは何をやっているのか、といった表情で僕を見つめる。
鈴が鳴るような音とともに僕の目の前に半透明のウィンドウが展開される。僕はアイテム欄をスクロールして手っ取り早く目的のモノを探す。
(寝袋、2つもあったかな……あ、あったわ……後はテントも……あった)
アイテムボックスから選択し終え、ウィンドウを閉じる。それと同時に僕の目の前に数字の羅列が出現する。それを見たシレーナは軽い悲鳴をあげて怯え、近くに生える木の後ろへと隠れてしまう。大人びた様子とは反対の慌てる様子を見た僕は少し笑みをこぼすが、真紅の兜をしているので彼女には見えていない。
ピコンという軽い電子音と共に羅列が消え去ると2つの黒い寝袋と黒いテントが実体化した。
突如虚空から出てきた2つのものに目が点になるシレーナ。
僕は彼女の警戒の視線を感じながらも暗くなりつつある周囲を鑑みて夜営の準備を進める。テントを立て、その中に寝袋を敷く。それにその近くに焚き火が出来るようにスペースを空けておく。
一通り終わった僕は明かりの確保のために焚き火を起こしてからシレーナを呼ぶ。
「終わりましたよ、マスター」
「あ、ありがと……ねぇ」
近くにあった手頃な岩に腰を落とすと、シレーナは僕に声を掛けてきた。
僕は周囲に敵意が無いか警戒しながら彼女の声に耳を傾ける。
「……何でしょうか?」
「その、兜を外して、顔を見せてくれるかしら? べ、別に警戒してるわけじゃ無いのだけど」
「あ、全然気づきませんでした……よっこいしょっと」
気まずい様子で話すシレーナだが、別に嫌でも何でも無いので僕は顎の下で固定されている金具を外し、紅い兜を取りロアノスの顔を晒す。木々の隙間を通り抜ける涼しい風に黒髪が舞い、端正な顔が現れる。
「え……!?」
僕の顔を指差して、わなわなと震え出すシレーナ。それにさっきの言葉とは矛盾するようにシレーナの碧い双眸は拒絶の色が若干映っている。僕はその様子に呆気にとられ、どうすればいいのか分からず混乱する。
「あなた……《叛逆の英雄》ロアノスじゃない……! 女の人だったのっ!?」
「……《叛逆の英雄》? 僕は知らないですね……それに僕は男ですし……」
僕はシレーナの言う事に頭の中は疑問でいっぱいだった。
(《叛逆の英雄》? 女神様が言っていた人のことかな……あまりにも疑問が多すぎて頭がパンクしそうだ)
「……オリジン? えっと、その……もし、琴線に触れたなら謝るわ」
僕が考え事をしている時に一切口を開かなかったことを怒っていると勘違いしたのかシレーナは謝罪の言葉を掛けてくる。その言葉に僕は現実に引き戻される、僕は彼女に怒ってないと、首を横に振りながら口を開く。
「ん? ああ、大丈夫ですよ。」
「そ、そう……」
既に日は落ち、辺りは暗くなり焚き火の火が燃える音がこの静かな場に響く。話が途切れ、シレーナは気まずそうな顔をして俯き、気になったことがあった僕は半透明のアイテムボックスを見て唸っている。
ステータス
名前:オリジン(ロアノス)
種族:人族(使い魔)
職業 :神装騎士
レベル:1
体力:2400
魔力:800
筋力:100
耐久:101
敏捷:120
知力:130
【魔法適正】
火 水 土 風 光 闇 無 雷 氷 時空 聖
【固有スキル】
・剣技透写(強制発動)
・――――(任意発動)
【スキル】
[戦闘時強制発動]
・魔法攻撃強化
・物理攻撃強化
・被ダメージ軽減 etc...
[常時発動]
・異世界言語習得
・身体能力上昇
・魔力感知
・敵意感知 etc...
【装備】
武具:魔装剣・オルタナティブ
(レベルは初期化されてる。それなのに魔力は高め、神装騎士なんて職業聞いたこと無いぞ。それに【魔法適正】? そんな欄あったかな……。極めつけは異世界言語習得、話はこれのおかげで出来てるみたいだな……女神様に感謝しないと)
僕は手元のステータスを見ながら、そんな事を思う。
木々を抜ける風に違和感を感じ、ふと頭をあげると目の前にはいつの間にか近くまで迫っているシレーナが頬を膨らませて綺麗な瞳で僕を睨み付けている。
怒気は凄まじく、たじろぐほどで僕は緊張に背筋を伸ばした。
「な、なんでしょうか……?」
「ずっと私が呼んでたのに気づかなかったの?」
「は、はい……すいません。それでどうしたのでしょう」
「え、いや……あの、その……」
シレーナは口に出すのが恥ずかしいのか熟れた果実の如く頬を真っ赤に染め、地を見つめている。そんな中、お腹が鳴る音がシレーナから聞こえてきた。それにより、血が無くなるのではないかと言うほど顔が真っ赤になっている。
「――っ!」
「正直なお腹ですね……待ってて下さい、今準備します」
「も、もうっ! 失礼な言い方ね! ……オリジンはもっと女の子について勉強しなさい……」
シレーナは怒りと恥じらいを含む声で僕に声を掛ける、それに後半は独り言のように声が小さかったので聞き取れなかった僕は聞き返すが、余計に怒らせてしまう。
「え? どうかしましたか?」
「なんでも無いわよっ! 早くご飯を下さいっ!」
(なんで怒ってるのかな……変なところで礼儀が良いんだよな……)
僕は頭の片隅で考えながらアイテムボックスを操作していくつかの食べ物を取り出す。操作し終えると僕の目の前に数字の羅列が出現した。それにを見たシレ―ナは目を丸くする。ピコンという軽い電子音と共に羅列が消え去ると黒いローブとサンドイッチが実体化した。
「オリジンっ! 貴方、時空魔術を使えるの!?」
「ん? 魔術……? これはアイテムボックスという奴ですけど」
「それは時空魔術の1つよっ! 他に使える属性は何か分かる?」
僕はさっき見たステータスの【魔法適正】欄を思い出しながら答える。
「えっと……火、水、土、風、光、闇、無、雷、氷、時空、聖ですね」
「……は?」
「ですから11属性使えるようです」
僕の言葉を聞いた当初のシレーナは石像のように固まっていたが、徐々に現実に引き戻されるとわなわなと震え出す。そして怒鳴るように僕に言ってきた。
「貴方、全属性使えるって事!? う、嘘ついてないわよね? ねえっ!?ねえってば!」
「は、はいぃ! う、嘘をつく理由がないですし……それに僕にはそれが凄いことか分からないので……教えてくれませんか?」
僕の言葉に、この世界に顕現してまだ僅かというのに、自分の事でいっぱいいっぱいになっていた自分を律するようにシレーナは頬をパンと軽く叩く。
「うん。そうだったわね、私がどうかしていたみたい……でもまず食事で良いかしら……そのお腹すいちゃって」
「良いですよ、あまり期待しないで下さいね」
アイテムボックスの中に入っていた食べ物を出し、食事を終えた僕は冷たい紅茶をコップに入れてシレーナに渡す。
「ありがと。オリジンは家事も出来るのね。本当に美味しかったわ」
「必要最低限ですよ。」
(スキル上げの為だったなんて言えないし……)
紅茶を飲み終え、気分を変えるように服装を整えると、碧い双眸を僕に向ける。
「それで? まず何が聞きたい?」
「この世界について、そしてこの世界の国。魔法や魔術についてですかね」
「分かったわ。じゃあ世界から教えるわ。――」
(本当に、異世界なんだなぁ……月が2つある……)
時は既に夜分遅く、体内時計だと午前2時くらいだろうか。
シレーナの話を聞き終えると既に眠気に襲われているシレーナをテントの寝袋に案内して、寝かしつけた後、僕は周囲に警戒しつつ最も大きい木に登り、空を鑑賞している。
(今頃、家族はどうなってるのかな……元気でやってるといいけど……)
使い魔になったことで、人間の食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求が無くなった。それ故、僕は今も起きていられると言うことだ。勿論完全に無くなったわけでは無いが、ある程度平気になった。
(それにしても、女神様が創造した世界……か)
僕は2つの月が照らし出す広大な森を見つめる。
この世界では女神システィーンは創造神として祭り上げられているようで、宗教まであるという。
東西南北に連なる4つの大陸。
巨大な軍事力を持つレイザル魔法帝国、極東の島国トウダイの二国を筆頭とした東の大陸。
異種族と共生するクレトリア王国、森人族の国フォレスタを筆頭とする西の大陸。
莫大の資源が埋まっている未知の山脈と地下資源を有する南の大陸。
先の大戦の敗者である魔族が住み、そして作物が育ちにくい寒冷な北の大陸。
そして、これらの大陸を東西を分断する大海、それぞれを南北に分断する大河。
大海にはパシフィック、大河にはリヴァーと名が付いているらしい。
(完全に地球の人が名付けたよね……)
そして今、僕らがいる森はクレトリア王国領内で、最もパシフィックに近い城塞都市・アウストラリス。
その近辺にある流星の森。召喚士を目指す者が度々訪れる場所で、著名な召喚士は全員がこの場所で召喚に成功しているらしい。勿論、絶対に成功するわけでは無く、成功率は1%未満という貴重な職業のようで、僕のマスターはその一員に名を連ねる事になる。
「だけど、魔法……が、魔族しか使えない技術だったなんてな」
シレーナの話によると、魔法は古代より魔族という種族の特権らしい。魔族とは簡単に説明すると頭の頂点から2本の角が生えている褐色肌の亜人のことを言う。
古代に起きた人族と魔族との戦争では魔法の有無で戦死者数が魔族の3倍でたようだ。
それに感化された人族は魔法に対抗する術を開発した。それが魔術だという。神に供物を捧げ、それの対価として行使する術までを手に入れた。
対抗策を持った人族は魔族を撃退することに成功し、現在の大陸に居を構えている事になる。
「それに彼女がまさか貴族だったなんて……」
僕はマスターであるシレーナがいるテントまで戻り、すやすやと眠る彼女の顔見ながら呟く。
シレーナの本名はシレーナ=クロウディア。
僕のいる国、異種族混成国家・クレトリア王国の三大公爵家、クロウディア家の三女で『貴族の恥』、『出来損ない』という彼女を貶す名で呼ばれていたらしい。
彼女曰く、父親は娘や息子を自分の手駒のようにしか考えて居らず、女は自分の道具という認識だったらしい。そんな父親に嫌気がさし、
「私はクロウディア家を出ます。今までありがとうございました。」という書き置きと共に家出をしてきたようだ。
「この人も無茶するなぁ……」
「お母様……ごめんなさい……」
「――っ!」
僕はシレーナの寝言にぴくっと反応する。
(まだ割り切れてないのか……僕より年上だったのに……でも仕方ないよね)
僕は安心させるようにシレーナの寝袋の隣で横になって彼女の美しい金髪を撫でる。何分か経ったか、笑みを浮かべる彼女の顔を見ていたら眠くなってきてしまった。
(うん、敵意感知があるから、大丈夫だよね)
僕は自分で自分を納得させると、睡魔に負けて、目をつむると直ぐに夢の中へと旅立っていった。
翌朝、僕は後悔することになる。この判断をしたことに……。




