(2)
「どうしたの、ハル。無言でセシリア嬢を見つめちゃって」
「……お戯れを」
そして、ハロルド騎士の隣にいるのが『お忍び』できた方。どうしてあんたここにいるの? なんて大それたことは言えない。ハロルド騎士の名前が出た時点で、いやな予感はしていたのだ。しかし。
正直にいえば、叫びたい。
ハロルドさまを刺激しないでください、殿下~! 怖いんです、目が、めっちゃ怖いんです!
そう、お忍びの方は、第一王子・アレックスさまである。相変わらずセクシーであまいマスクが最高です! そして本場と偽物のちがいをあの猿真似野郎に思い知らせてください!
「アレックスったら、からかっちゃダメですよ」
「からかったつもりはないんだけどね、パティ」
「いつになっても、パティと殿下が従妹ってのが、し、信じられません」
「それ、どういう意味よギル」
「い、いや、だって」
「ははっ。固くならなくていいよギルバート」
パティさま、従妹とはいえ、やはり殿下とその仲の良さげな気心知れた感じがすごいです。加えてギルバートさま、あなたも殿下に呼び捨てなんかされちゃって、実はすごい人なんですか!
「わ、わたくしも殿下と席を同じくできるなんて、夢のようですわぁ~!」
つい先ほどまでデニスの口説きに頬を赤らめていた我妹は、うっとりと瞳をうるませて話に入ってきた。なんて強引な空気の読めなさ! というか、読まなさ! デニスがおもしろくなさそうに舌打ちしている。あんたは殿下に勝てるわけないから!
ほら、見ろ。ハロルド騎士は「なんだこいつ」とぶしつけなまでにレイチェルをにらむ。が、当の本人はまったく気にしてない。殿下にしか目がいかないようだ。この神経の図太さ、たまに羨ましくなるわ。
でも、やっぱりアレックスさまはいい人だ。いくら『無礼講』とはいえ、不敬と取られても仕方がないレイチェルの行為に目をつぶってくれる。柔らかい笑みをうかべ、「あなたはセシリア嬢の妹君のレイチェル嬢だよね」とお声をかけてくださる。
う、鼻血ものです! 世界の乙女が惚れるのもわかります!
そんなこんなではじまった波乱の晩餐。かの有名な、「さいごの晩餐」が頭のなかを駆け巡った。
常ににらまれているような前からの視線と、左隣の妹への不愉快な口説き文句を無視し、最高級の食事を口に運ぶ。だが、おいしいはずの夕食は、ちっとも喉を通ってはくれなかった。
なんとか咀嚼していると、ふいに殿下が声をかけてくださった。
「そういえば、そちらの少年はセシリア嬢のお連れかな?」
――うちの弟といい友人になれそうだね、なんて笑顔でおっしゃるアレックスさま。自然と目の前の猛獣の視線が殺人級にパワーアップした気がしますが、ねぇ殿下!
アレックス殿下の云う『そちらの少年』とは、フランのことであろう。視線を感じた彼は、食事に費やしていた手を止め、ぺこりとお辞儀する。
「はい、わたくしの友人ですわ」
「フランと申します」
そういえば自己紹介とか、してなかったな。まぁ、フランは従者という立場なので、ふつうは紹介とかしないはずだよね。そういえば、今更だけれど、なぜ付き添いのはずのフランの食事も用意されているのだろう。
余談であるが、わたしの後ろに控えようとしたフランにも、寝室と同様にきちんと席が用意されていた。全力で遠慮する彼をわたしは無理矢理押しとどめたのも、すべては苦手とする方々の視線から逃れる壁がほしかった故でもある。席決めクジ引きのせいでそこまで頭が回らなかったとはいえ、妙だなあと思いはじめた。だってレイチェルの連れてきたメイドや従者たちはこの場にいないのに、フランだけ特別扱いだ。
それに気づいたのだろう、レイチェルは目を見張り、声をあげた。「その者は使用人ですわ」と。
これに瞠目したのは殿下ばかりではない。席にいる者すべてが目を見開き、驚きを露わにしていた。なんとも気まずい空気が漂う。
そうよね、そりゃあ、びっくりするわよね。フランってば、スポンジのようにあらゆることを吸収して、今では作法も完璧。だれも使用人だなんて疑わない。
そんななか、「あら、まあ」とかわいい声でパティさまが口を切った。
「あら、ごめんなさい。てっきりセシーさまの恋人かと……」
「は?」
「え?」
思わず、わたしとフランの声が重なる。
「使用人という年齢には見えませんでしたので……ごめんなさい、わたくしの早とちりでしたわ」
ちょっと、待って。
つまりそれは『使用人として雇える年齢に見えなかった』ということでしょう? たしかにフランは細っこいし、実年齢より幼く見られる。だけど、それなのにわたしの『恋人』と認識していた、と。よってわたしは、年端もいかない少年に色を強いている、と思われていた?
ふと、以前広まっていたという噂を思い出した。わたしが新顔の少年を情人にしているという、ありもしない、出所のわからない噂。パティさま本人でなくとも、彼女の使用人やら周囲の人間が知っている可能性は充分にあった。
ああ――ありえない! なんてことだろう。その勘違いでフランは部屋を与えられたというわけか。納得。
「ち、ちがいます。彼は――」
従者のような、友人なのです、という言葉は、レイチェルの「奴隷ですわ!」という声にかき消された。
このこは本当に空気が読めないのね。むしろ空気を読んで、わたしをピンチに陥れたいのかしら。
『奴隷』という単語が放たれた瞬間、殿下のやさしかった眼が鋭さを帯び、あきらかに目の前の騎士さまの顔から表情が消えた。いうなれば、『仕事の顔』になったのだ。
「ど、奴隷……?」
目をぱちくりさせ、なんとか言葉を紡いだパティさまの震える声がやけに響いた。
「そうですわ。その者は小汚い奴隷でした。服をめくれば首にその証があるのがわかるでしょう。お姉さまは『下僕が欲しい』と言って譲り受けたのですわ」
だれかー! レイチェルの口を塞いでー!
言葉もなく真っ青になるわたしに構わず、妹はつづける。どうやら殿下の変化にも気づいてないようだ。それよりも殿下が己のほうを向いて話を聞いてくれることに気をよくしたのか、彼女の口は止まらない。
「今でこそ小奇麗に見繕っておりますが、あんな小汚い者を、よく使おうなどと思えますわ。父さまが情けで買ったモノなのに――」
「黙りなさい、レイチェル」
とうとう声を荒げてしまった。ギン、とにらむことも忘れない。
隣のフランが、どんな思いでこの言葉を聞いていたかなんてわからない。もしかすればまったく気にしていないのかもしれない。でも、わたしはイヤだった。
フランが、奴隷だからと卑下されることが、我慢できなかった。
本気でにらみつけると、怯えたように肩を縮めてレイチェルは黙る。
ああ、このいたたまれない空気、どうしよう――
「その者は、罪人か」
と、静かなアレックスさまの声がいやに響いた。
とんでもない! 勢いよく首を横に振る。
「では、アルバート殿は、奴隷を買ったの?」
こちらを試すようなまなざしに臆しそうになりつつ、こくんと頷こうとした、そのとき。
「まさか犯罪にまで手を染めていたのか」
そんなハロルド騎士のつぶやきが耳に入った。思わず、目をぱちくりする。
「え、合法じゃないの」
目から鱗だ。たしかに奴隷制度なんて嫌悪すべきものだと思っていたけど、この世界ではそれがまかり通っているのだと――勘違いしていた。
これって、非常にマズいわよね?
「合法、というか……法の逃げ道として暗黙の了承としてあるのは、罪人だけだ。しかも奴隷は発掘などに狩り出されることが主流で……」
恐る恐る、というようにギルバートさまが説明してくださる。ふむふむ。つまり、罪びとではないフランを奴隷にし、買った父さまは罪を犯したことになる、と。
――なんてこった! とうとう違法なことに手を出していたのか父上!
奇声をあげそうになるのをなんとか堪える。レイチェルも今頃気づいたのか、顔が真っ青だ。おばか!
本当にまずいな。こんなことなら、ちゃんと学んでおくべきだった。知っておくべきだった。後ろ暗いこともあるだろうって、目を瞑るんじゃなくて、向き合って見極めるべきだったんだ。
今更後悔しても遅い。
どうしたものかと目まぐるしく回転する頭。でも、どうしよう、どうしようなんて情けない言葉しか浮かばない。
ふいに、隣からせせら笑いが聞こえた。わたしにしか届かないくらいの声量で、「ついに尻尾を出したか」なんて。
正直、ムカってきちゃいました。思わず「お黙り!」なんて声をあげちゃうくらい。
言ってから、赤面。「お黙り!」だなんて、どこの貴婦人きどりかしら。昔やった『貴族の令嬢は高飛車』と信じて疑わなかったときに発揮されたツンの所業である。『悪女』の名が轟くばかりになったのは、きっとデレがすくなかったからだ、と気づいたのは後の祭りであるが。
そう、そうだ、デレなきゃ――きっとわたしは混乱していたのだ。だからこんな愉快な考えしか浮かばなかったのだ。
混乱しあわてる思考をそのままに、魅了させるような笑みを浮かべ、正面を向いた――つまりはハロルド騎士を。




