第5話 勘違いと嘘吐き
パトリシアさま主催のお茶会に呼ばれたのは、炎天下の真夏のこと。普段イメージする可愛らしいサロン系統の『お茶会』ではない。避暑地で、数日にかけて開催するその『お茶会』は、いうなれば『お泊り会』である。修学旅行みたい!
もちろん二つ返事で承諾した。
はじめ断ろうとしたレイチェルの言い分が「デニスさまに他の場所に誘われたので行けませんわ」だったから、わたしは無理矢理我が妹も参加させることに尽力した。つくづく、デニスという男は鬼門だわ。
使用人も連れてきていいとのことだったので、フランをお供に選んだ。ちなみに、レイチェルはメイドと護衛合わせて三十人ほど連れて行く気だったようで、十人程度に押しとどめさせるのにはことのほか苦労した。まるでどこぞのお姫さまのような大所帯だ。
夏は本当にキツイ。前世、つまり望月円香であったころのあたしは、日に焼けるとメラニン色素のおかげで黒くはなるが、皮が剥けてひりひり痛む! ということはめったになかった。が、セシリア・アルバートのわたしはミルクみたいな色白の肌。つまり、日に焼けると肌が真っ赤になっちゃうタイプ。紫外線に弱いのです。
この世界には日焼け止めに準じるものはあるけれど、あまり強力じゃない。魔法でどうにかならないのかなあとは思いつつ、魔法の希少価値を考えると、生活に根付いた魔法はなかなか普及しないのかもしれない。ファンタジー世界のような、前世で想像していた『魔法』とは大違いだ。すこし、つまらない。
話がそれてしまった。
よって、日傘に帽子は必須で、わたしは夏になると引きこもり同然の生活をしていた。もしわたしが真っ黒に日焼けしたら、母さまは悲鳴をあげて卒倒しそうだわ。それくらい、我が家の女性陣は日焼けに気を遣っている。わたしは海も好きなのに、決していかせてくれなかったのだ。
だから今回のお誘いはうれしかった。お出かけはただでさえウキウキする。特に未知の場所に行くと、ただの散歩でも胸が躍りそうになる。今回の避暑地の近くには海のあるらしい。すごいわ!
たしか、アルバート家にも別荘がいくつかあるのだけれど、父も母も王都の近くから離れたがらないし、わたしはその別荘なるものへ訪れたことがない。そもそも治める領地のないアルバートという家系はちょっと特殊で複雑なのである。
「顔、緩みっぱなしですよ」
この度めでたくわたしの従者として付き従うこととなったフランは、それらしい格好とそれらしい言動で過ごすことを心がけている、らしい。他者の目があるところでは一人称も「僕」となり、わたしのことは「お嬢さま」と呼ぶ。すごくむず痒い。でも、美少年からかしずかれるのは悪い気がしない。役得だ。
しかし、いくら口調が丁寧になろうと、言っている内容はいつもどおり。周りに聞こえないのをいいことに、言いたい放題である。
「うるさいわねぇ」
「言葉遣いがなってません」
「あなたに言われたくないわ」
そんな調子で馬車に揺られること二日、ようやくやってきました、避暑地!
プチ宮殿がわたしたちを出迎えてくれましたとも。フランもぽかんと口をあけ、「すげー」と呆けている。
「こんにちはパティさま。ご招待いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、おいでくださり光栄ですわ。なにもお構いできませんが、すこしでもお楽しみいただければ幸いです」
相も変わらず、パティさまはお美しい。条件反射でレイチェルの視線が鋭くなるが、この子の扱いを知ってか知らずか、穏やかな笑みで「そういえばギルバートも招待しましたの。もうすぐ来ると思うわ」と言う。すかさずレイチェルの顔はとろける。
「まあ、ギルバートさまも?」
「ええ、わたくしの幼馴染たちを招待しましたわ。他には……ああ、先ほどホール家の方も参加したいと申し入れがありましたから、きっといらっしゃると思うわ。レイチェルさまのお連れだとおっしゃっていたけれど」
なんですって?
ぐりんと首を回し、思わず顔をしかめる。
「ホ、ホール家といえば……デニス、さま?」
こくん、と頷いたパティさまに、眩暈がした。
あのストーカーがあぁ!
ひとまずお部屋でお休みください、と言われ通されたのは、めちゃくちゃ広くてかわいい一人部屋。淡い桃色のカーテンと、涼しげな鈴が窓辺を彩っている。開け放した窓からの景色は最高で、なんと太陽の光にきらきら反射して宝石を散りばめたがごとく輝く海がながめ放題なのである。すてき!
使用人に対しても、徹底的にサービスが行き届いているらしい。「お連れの方のお部屋はお隣です」と案内人に言われ、びっくりしたもの。フランにも部屋が、それもわたしと変わらないくらいの最上級の部屋が用意されているんだもの。
すごーい! よかったわね! と喜ぶわたしとは反対に、フランは警戒心丸出しでなにやら考え込んでいる。彼のクセだ。いいじゃん、パティさまのご厚意ってことで。
とにもかくにも、この『お茶会』はいいことが起きそう、たとえデニスの存在を差し引いても、と思うのであった。
涼やかな風に癒され、いつの間にかうとうとして寝こけていたらしい。そっと肩を揺すられ目覚めたころには、夕日が赤く燃え上がり、遠くの空から夜の帳が下ろされかかっていた。
眠たげな目をこすりつつ、起こしてくれたフランを見やる。
「主、もうすぐ夕食だ。化粧直しして、準備したほういい」
「ん、わかった」
くあーっと欠伸を噛みしめる。もうそんな時間か。
フランははぁ、と短くため息をついてから、ふいに声を落とした。
「先ほどデニス・ホールなる者が屋敷に到着したよ」
その言葉に、睡魔は撃退されたようだ。ぱっちりと目が覚めてしまう。
隠すことなく顔を歪めると、フランも難しそうな表情をした。
「様子見してたけど、いけ好かない。主の敵?」
「うん、あまり関わりたくない」
他にだれか来てた? と尋ねれば、さすがはフランというか、すでに敵情視察は終わっていたらしい。
「主が寝てからすぐ、ギルバートって奴がきた。そのあとに豪勢な馬車で一団が到着したよ」
「豪勢?」
「うん。お忍びらしいけど、『高貴さ』が隠せてなかったし。ああ、あとはハロルドって呼ばれてた騎士も――」
そのあとのフランの声は耳に入ってこなかった。
ハロルド? それってもしかして、もしかしなくとも、後ろにグルターヴなんて家名が入っちゃうハロルド?
まさか騎士にハロルドって人がもうひとりいるのかな? なんて限りなく低い確率の希望を夢みる。
ああ、でもそうか。パティさまは「わたくしの幼馴染たち」とおっしゃっていた。つまりは複数形。ギルバートさまと、それから、件の人。
フランはこてん、と頭を傾げた。
「もしかして、そいつもセシーの敵?」
「敵っていうか……」
言葉に詰まり、視線を泳がせる。
敵、というより、むしろ――
「……うん、デニスとはちがう意味で、関わりたくない、かも」
ぽつりとつぶやいた声に、わたしの友人は「了解」と頷いた。
不幸は重なる、という。そして波乱は、予想だにしていない時分に一瞬にして起こるのだ。
ねえ、神さま。もしいるなら、どうかお救いください。これはもう、だれかの陰謀に巻き込まれたと思わずにはいられません――
「悲しきかな」
ぼやいた声は紙くずが風に飛ばされるがごとく、むなしくわたしのなかに響くだけだった。
時をすこし遡ろう。それは夕食の席決め。
せっかくですし、クジにしましょう! なんてパティさまのおちゃめな発言により、この悲劇ははじまった。
ふつうなら、身分の高い者から決まった席順があるわけで。貴族としてはそれに倣うのが常のはずで、『お忍び』でいらしているある方々とともに並ぶなど言語道断なわけである。しかし、当の『お忍び』できた方々はじめパティさまはきらきらと顔を輝かせている。「せっかくの無礼講だから」となかば強引に、まるで小学生の席替え時のようなクビ引きがはじまったのである。
わたし、クジ運ないみたい。
あれほどいやだった方々とものすごく近くになったんだもん。
「お嬢さま、平気ですか?」
右隣はフラン。これは許せる。むしろ幸運。
「相変わらず、目を離せないおうつくしさですね、レイチェル嬢」
「まあ! デニスさまってば、正直者ですわぁ」
そして左隣はデニス・ホール。だいきらいな軟派男である。そして彼の言動からもわかるとおり、デニスのさらに左隣がレイチェル。
「……」
む、無言がいたい。顔をあげたくない!
むかいの席にいるのは、件の騎士・ハロルドさまである。
さっきからギンギンと射殺さんばかりの視線が痛いのなんのって……きっと騎士というイキモノは視線で人を殺せるように躾けられているのだわ。蛇に睨まれた蛙の気持ちがよーくわかる。
フランが気遣ってくれるのがありがたい。さすがはフラン! わたしの心の友よ!




