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神殺しの恋  作者:
2/2

後編

残酷な描写あり

恋愛描写あり


「本当に、いいの?」


「何度も言ってる。サクラでは神を殺せない。ならば、こうするしかないだろう」


サクラが神と戦えるわけがない。元の世界では武器も持ったことのない、ひ弱な女だ。

この世界に来てからは大分動けるようになったが、それでも神と戦うには足りない。


戦うのは男がする。戦って、殺すその寸前まで追いつめて、――――ただし、とどめはサクラの手で行う。それは普通に殺すよりもはるかに難しいことだ。

だがそうでなくては、神の力はまた男に吸い込まれてしまう。

加護として与えられるより、己のモノとして使った方がはるかに強く確実に力は発揮されるのは間違いないのだ。

男はかつて己が神を殺したとき使った一振りの剣をサクラに渡した。

並大抵の剣では神に傷一つつけることはできない。男自身には別の手段があるから、としぶるサクラに押し付けた。


「サクラが望むのなら、俺は叶える。それがルールだ」


そっとサクラの髪の毛にふれた。

黒く美しい髪に、いつか触ってみたいと思っていた。想像していたよりずっと心地よく、さらさらと男の手の中を流れた。

固まるサクラに、男は目を細めた。もっとはやく、触ってしまえばよかった。


浮かんだ感情は、痛みをともなう疼きとなって男の心をさす。

どんなに面倒な感情でも、それはサクラがしかもたらさない。


「行ってくる」


待って、と伸ばされた手には気づかないふりをした。







神との戦いは熾烈を極めた。


かつての神よりは次元が近いが、それでも越えられない壁がある。

その壁を、打ち砕くために男は駆け回った。

だが、その壁は固く、分厚かった。


がはっ、と血を吐いて悟る。内臓がやられた。息苦しいことに気づいて悟る。肺の一部に穴が開いた。指がうまく曲げられないことに気づいて悟る。神経もちぎれた。


それでも目の前の存在はほぼ傷もなく、立ちふさがっていた。


時空をあやつるという目の前の神は、下級の神の力しかもたない男より明らかに上のレベルだった。中級、もしくは上級にすら届いているかもしれない。

どんな瞬間にでも死角からあらわれ、絶対に必中させる能力は男にとって天敵に近い。

せめて防御力が高ければよかったのだが、男の力はどちらかというと攻撃力に傾いていた。


仕方ないと男は静かに認めた。圧倒的な力の差は最初から分かっていたことだ。


だが、準備に1年もかけたのだ。それくらい、どうにかしてみせよう。


男は作戦の内容を、サクラにも黙っていた。

もし伝えたら、止められるかもしれないと、なんとなく思っていた。


幾度目かの攻防の後に神が男を吹き飛ばそうとその背にふれ、----唐突に後方に吹き飛ばされた。


「……っ!?自爆、する気か!」


男は自分の体に直接、幾つかの術を仕込んでいた。ただ神だけを対象としたその術は確実に何らかのダメージを与えよう。だがそれは男にも害をもたらす諸刃の剣だった。

人ではなく、神でもなく、どちらにも近い性質をもつ男は、その術にじくじくと痛んで元の戦闘能力を大幅に劣化させていた。

だからこそのこの現状ともいえるが、もとより相性の悪い相手ならば己の劣化などを気にする必要はない。防御力が弱いことを嘆くより、攻撃力を研ぎ澄ます方が先決だ。


その結果、男は内臓を痛め呼吸を制限され神経を千切れさせ----神への一打を報いたのだ。


普段攻撃されることのない神は痛みに弱かった。

男の数十分の一のダメージしか負っていないというのにあからさまに動揺を見せた。

その隙にもう一度男は神を攻撃する。体当たりにちかい、倒れかかるに近い、無様な攻撃は辛うじてその刃を神に突き立てることに成功した。


致死傷には程遠い、その傷。だがそれでいい。

その内側に男が直接触れることができたのならば、あとはもうおしまいだ。


瞬間的に薄めていた存在感を戻す。いや、もっと濃密に高める。

薄めることができたのなら、その反対もできるはずだ、という男のもくろみは当たった。

神ならぬ器では扱いきれぬ気に体がばらばらに解けはじめる。


その、前に。

攻撃に特化した気を腕にまとって、神の内側で暴発させた。


「ぐああああああああ!!!」


男の腕を巻き込んで、神の半身がはじけ飛んだ。じゅうじゅうとかろうじて息をしているが、あと一刺しで終わるだろう。


その終焉を見るより先に、男が死んでしまうだろうが。


腕はふきとび、体はすでに形を崩しつつある。並大抵のことでは、もう助からない。

だが男は唇に笑みを刻んだ。

神殺しになって初めて浮かべた笑みだったかもしれない。


男は満足だった。最後まで、ルールを守ることができた。


サクラの望みを叶えることができただろう、と。



さあ、あとは止めをさすだけだ、サクラ。



ゆっくりと瞼をとじたとき。

悲鳴が聞こえた。



大事に大事に隔離されていた結界からようやく抜け出したサクラは、傍らで重傷を負う神には目をくれず転げるように男に近寄った。



「ごめんなさい、ごめんなさい!知らなかったの、だって誰も教えてなんかくれなかった!」


ぽろぽろと泣きながらサクラは謝った。

ランが死んじゃうかもしれないなんて誰も教えてくれなかった、とサクラは絶叫した。


ああ。当たり前だ。人の身で神を殺したものなど、男を除いて他にいない。

彼が教えなかったのだから、サクラが知るはずもないのだ。その苛烈さを。偶然を超えるためには命を賭さなければならないことも。


サクラは白い喉をさらけ出して慟哭しながら懇願した。

誰に?神に、もしくはそれを殺してしまう男自身に?


「今更遅いかもしれないけど、私は、世界とあなたなら、あなたを選ぶわ。だから死なないで、おねがい、ラン、――――ランディオス!」


神と神殺しのせいでどこもかしこも圧力にまけて歪んだ世界。その中でたった一人、サクラだけが凛と輝いていた。


美しい、と死に伏しつつある中でランディオスはつぶやいた。


苛烈に輝く魂は、幾度絶望の淵にたたされても必ず自ら這い上がる。さらに強い光を身につけながら。一点の曇りもない綺羅、などではない。ずるさも弱さも呑み込むしたたかさだ。

少しの汚れがなお彼女の清冽さを際立させる。顔かたちではなく、内面をみるからこそ、その美しさにひかれてやまない。だからこそ彼女が愛しいのだと。今ようやく気付いた。


男を前にして取り乱したサクラは消えつつある男をかき抱き、狂気に似た顔で瀕死の神を見下ろした。どんな絶望の淵からでも、彼女は自ら道を見つけだす。


「ああ、こうすればいいんだね」


手にはかつて神殺しをなした剣。シンプルで何も装飾もない剣を、躊躇なく突き刺した。


「ご、ぼ-------」


あっけなく飲まれていく刃は神の心臓をまっすぐに貫いた。


「今助けるからね、ランディオス」


滂沱で頬をぬらしながら、サクラは笑った。偉業と称えられる神殺しをなしたのだと自覚していないように、あどけなく。


あまりにもあっさりと倒された神の力は、するするとサクラに吸い込まれていった。

人の器では受け入れ難いその力も、異世界特有の器のためか、サクラは大した苦労もなく呑み込んだ。だが確かに変質していく証拠に、瞳が金に輝く。


いまだ身の内でうごめく力を宥めながら、サクラは躊躇いなくランディオスに口づけた。


「っ!」


解けかけた存在を口づけ越しに治しながらサクラはうれしそうにつぶやいた。


「今度は、間違えないよ」


こぽこぽと欠けていた内臓が修復される様は直視にしがたい。


それを愛おしそうに撫でるサクラは、確かにくるっていた。愛に、くるっていたのだ。


「サクラ。こんなことをしては―――――」


どんどん神の力を注ぎこむサクラを男はかすれた声で止めた。

さきほどの神に治癒の力などない。サクラはランディオスに神の力を譲渡することでその存在格をあげて傷を修復させているのだ。

まだサクラに神の力が定着していないからこそできる方法。

一度力がランディオスの方に馴染んでしまえば、サクラはもうその力を使えない。

そしてそうなってしまえば、サクラは元の世界に還ることができない。


「いいの、ラン。私はあなたを選ぶんだって決めたから。ごめんね。遅くなって。でも遅すぎた訳ではなかったよね?」


やがてぎりぎりまでその力を注いで、ふうっとサクラは唇を離した。

金色に光っていた瞳はまた黒く戻っている。

反対にランディオスは二神の力を受け入れたせいで、さらにその存在感を増していた。


もう、ただの神殺しなどではない。これは既に神の領域。それも、力のある神だ。

もはや薄く引き伸ばしても人の世界に馴染むことはできないだろう。


力を整えようとランディオスは息を吐き出した。

だが、どんなに呼吸をしても、感情は整わない。どくどくっ、と常ならぬ速さをもつ鼓動はランディオスをまどわせた。


「あれ、渡しすぎちゃった?ごめん、やっぱり少し返して?」


そう言ったサクラに視点を合わせる。うるんだ瞳、赤くなった目じり、わずかに開いた唇。

力の譲渡に必ずしも口づけは必要ない。


だが引き寄せられるように、ランディオスは小さな唇を吸った。


「ふ、ぅ」


甘い唇に頭蓋が痺れる。漏れ出でた声まで啜ろうと舌を伸ばす。踊るように熱い舌が答えた。


力は二人の間を交互に移ろい、やがてほとんどがランディオスに定着した。

それでも二つの唇は熱を分け与えたまま離れない。




世界の果てのような荒廃のなか、二人にとってだけ楽園となった。





「サクラ、どうしたい?」

「そうね。ランディオスの側にいたいな。できれば、ずっと」




それが願いならば。全力でランディオスは叶えよう。

ルールだからではない。

ランディオスも、心を揺らして願うから。







神となったランディオスは、神殺し未満のサクラを連れて生きる世界を天へと変えた。


地上から姿形をけし、痕跡をけし、それでも二人はそこに在る。


百年か、千年か。サクラに足りない力を時折口づけで与えながら、二人は生きた。


たまに勘のいい人間だけが彼らの姿と声を聴くことができた。


くすくすくす。それは、とても幸せそうな笑い声だったという。




最後まで読んでいただいてありがとうございました。


前作「転生チート~」とは似ても似つかぬテンションで、まさかのこいつが主人公。誰得。

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