第1話 プロローグ 世界の端で
セシル・テオドールはどこにでもいる少年だった。
伯爵家に生まれたが、先祖代々引き継がれた借金の所為で決して裕福ではなかった。かと言って悲劇的と言えるほど困窮してもいなかった。
セシル・テオドールはさみしい少年だった。
父や年の離れた兄たちは借金返済に奔走し、母も最低限の使用人と家のことで手一杯。彼に構う余裕のある者はいなかった。
そんな彼が変わったのは、高熱に魘されて数日間生死を彷徨った後だった。
—―
どうやら、俺はモブキャラに転生したらしい。
そう悟ったのは前世の記憶を取り戻して二年が経過したくらいの頃だった。
前世の俺は、日本で会社員をやっていたようだ。取り戻せた記憶はまばらだし、死に際も思い出せない。名前すら覚えていない。一番新しい記憶が三十代くらいのものだったので、三十代の日本人男性と自認している。
これが果たして転生と呼べるものなのかはわからなかったが、不完全とは言え前世の記憶がある状態で日本ではない、いや、地球ではない異世界の人間に生まれ変わったのは事実だと思われる。
今世の俺であるところのセシル・テオドールは十歳のときに高熱を出して寝込んだ。数日経って熱が下がり、目覚めた頃には脳はすっかり前世の俺の記憶に浸食されていた。意識が戻った直後は混乱して変なことを口走って家族を心配させたが、落ち着くにつれ自分の状態を理解していった。
――これはいわゆる異世界転生というもので、なんらかの能力によって無双できるのではないか?
それが俺の出した結論だった。物語の導入としか思えない展開に俺はいい歳こいて浮かれていたのだ。しかし、現実は非情だった。
まず、この世界には魔法がなかった。選ばれし者として特別な能力に目覚めることもなかった。見た目も平凡そのものだったので、ラブコメやハーレム方面への期待もできない。前世の知識で無双して、成り上がったりするのかと思ったが、一番上の兄が優秀過ぎて俺の出る幕もなく、家の経済状況は順調に良くなりつつあった。
何も起こらない日々を過ごす中で俺はじわじわと思い知らされた。今世の自分も主人公になれるような存在ではない、と。
それでも諦めきれず、ここは自分が知っている小説やゲームの世界ではないか、という線も追った。もしそうならば、未来の展開が読めることを活かして何かしら活躍できるのではないかと思ったのだ。
重要そうな固有名詞や、特徴的な文化や社会システムなどをノートに書き起こしてみたが、自分が今まで触れてきた作品の設定と一致するようなものは見当たらなかった。残念ながら、未来予知による無双もできそうにない。
ただ、元々暮らしていた世界との共通項はいくつか見つかった。文字は違うのに数字や度量衡は同じだった。一年は十二カ月で区切られているし、一日は二十四時間だ。近代ヨーロッパっぽい雰囲気なのに食文化は現代日本くらい発展している。
また、異性愛が多数派の社会のくせに教会に行って祈ると同性同士でも子供を授かれるようになるなど謎の技術も存在したため、俺が知らないだけで創作物の世界である可能性は充分考えられた。
もしかすると今はまだ物語開始前で、核となる情報が手に入らないだけなのかもしれない。
この国では十五歳になると貴族の多くが王都の学園に三年間通うという、いかにもな設定がある。物語が始まるなら、ここだろう。例え知らない作品でも創作物の世界ならメタ視点を持っていることで有利に働く場面があるかもしれない。
俺は忙しい家族たちの隙を見つけては学園のことについて聞き出し、情報を書き留めていった。
いつかこのノートが攻略本になるのを願って。




