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回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する  作者: 真義あさひ


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父に礼を言って執務室を出た。


――自分こそが勇者になる。覚醒する。


そう志を新たに胸を張って、本邸から別邸への道を歩いていたケイだったが……



バシャアッ



「!?」


まさかのバケツの水、再びだった。


びしょ濡れの顔や身体を拭うより先に、ケイは振り向いた。

先ほども水をかけてきた使用人の子供だ。後ろには仲間たちが数名、こちらをニヤニヤ笑って見ている。


「またお前か」


「はんっ、男っぷりが上がりましたねえ、ケイ坊ちゃま。アッ、でも妾の子じゃ誰も相手にしてくれないかァ!」


アハハハハッ、と笑いながら、使用人は仲間たちと一緒に本邸へ戻って行った。


「………………」


「ケイ? ケイ! どうしたのだ、カチコチに固まって?」


濡れた上着のポケットからピアディが這い出してきた。


「ピアディ。俺は重大なことに気づいた」


「む?」


「俺にこんなことする奴らだぞ? お母様に同じことをしてないわけがない」


「であろうな。だが、お母上ならお前を心配させたくなくて隠してるかもなのだ」


「お前もそう思うか」


ケイは濡れた前髪をかき上げて、静かに立ち上がった。

目の奥が、今までとは違う強い光で輝いている。


「今度こそ、俺がお母様を守る。そのためには――」


ケイは、濡れた上着を脱ぎながらピアディに言った。


「今度は、俺が仕掛ける番だ」


ニヤリとケイは笑った。

ケイが回帰後、初めて見せる表情だった。


「むふ。お前、そんな顔もできたのだな。悪くないぞう」


ピアディがうっとりした顔でケイを見上げている。


「さあさあ、優しいだけではないお前の冷徹クールなとこ、われに見せておくれなのだ!」





数日後。

父ユヴェルナートが屋敷にいる日を狙って、ケイは正妻の手先の使用人たちを嵌める計画を立てた。


ピアディと協力し、彼らがいる場所や行動パターンを調べて通り、わざと標的になることにしたのだ。


午前中、朝にいつものように家族で朝食を取った後は各自、部屋に戻って休む。


その後ケイは部屋を出た。勉強の予習をするため図書室に向かうと母に告げて。


いつもより、ゆっくりと廊下を歩く。

父伯爵がこの時間にこの廊下を歩いて執務室に向かうことは、事前に調査済みだった。


父と出くわすまであと1分……50秒……30秒……


(……来たな)


影から、いつものように使用人たちが飛び出してきた。

彼らがケイが別邸の自室から出ると察知して、後を付けてくることも確認済みだ。


彼らがケイに足を引っかけようとした瞬間――


「…………っ!」


ケイはギリギリで避けた。

勢い余った使用人が自分で自分の足を引っかけ、ちょうど廊下を通り過ぎようとやって来た父伯爵の前で盛大に転ぶ。


「うわっ!」


顔から床に激突し、鼻血を出す使用人。


父ユヴェルナートが驚いて立ち止まった。


「何事だ?」


「そ、その、お父様……」


使用人は狼狽し、口を開けていた。

ケイは事態に困惑したような、ことさら無垢な反応を父に見せた。


ケイはまだ十歳と幼いながら、端正な顔立ちの父に似て、品のある子供だ。(これは兄も同じなのだが)

そういう態度を取ると、何も穢れを知らない清らかな〝お人好し〟に見える。


……とはピアディの意見だ。

ならばと、ケイは自分の見た目や雰囲気をとことん活かすことにした。


「その。図書室に行こうと思っていたら、彼が急に飛び出してきたんです」


「……お、お前っ!」


使用人は蒼白になり、弁解しようとしたが――

父ユヴェルナートは厳しい目でその者を睨みつけた。


「ここで、何をしている?」


「い、いや、その……ッ」


「お前は下級使用人か。家の主人や息子が歩く廊下になぜ姿を見せている?」


「あ、あの、その……ッ」


狼狽える使用人たちは哀れなほどだ。


そう。執事や侍女、侍従といった高級使用人なら許されることでも、彼らのような下働きの下級使用人には禁止されていることがある。


仕える貴族家の当主や家族が廊下を歩くときは、下級使用人は通行を妨げぬよう姿を隠さねばならない、というルールがある。

少なくとも、この国の王侯貴族家ではそのようなルールがあった。


(我が家は他家より規律が緩いし、お父様もお優しい方だけど……この使用人の失態は許し難いはずだ)


(うむ。当主の歩みを止めさせて、廊下まで汚して。しかもその場には次男のケイもおる)


父は愚鈍ではない。むしろ知将と呼ばれるほど聡明だ。

この場面を見て、使用人たちがケイに何か良からぬことを仕掛けようとしたことを、すぐ看破したようだ。


「どうした。答えよ!」


「じ、実は、奥様のご命令で……」


父伯爵のその一言で、使用人は震えながら、正妻の命令でケイに嫌がらせをしていたことを白状した。


ユヴェルナートの表情が険しくなった。


「セオドラには、後で話をつける」


その言葉に、ケイは内心で静かに微笑んだ。


正妻セオドラは、ケイや母ポーラへの嫌がらせを、夫伯爵の前では決して明らかにしないよう細心の注意を払っていた。


(回帰前も今も同じだ。あの女はその辺りが上手い)


だが、その偽りの仮面が今、本人のいない場所で崩れたのだ。


(やはり、受け身ではなく、能動的に動くべきなんだな)


ケイは自ら動くことで状況を変えた。

最初の反撃は大きな成果となった。


その手応えが、心地よかった。


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