2.『後継者』
空中庭園での会議が終わり、千花たち五人は学生の本分である学業に励もうと初万高等学校へと通学路を歩いていた。
春風も熱を帯び、夏のカラッとした空気に変わりつつある春と夏の間の季節。
因みに、キャンベラはギールの細工により威竜アイリスとして初万高等学校に通うことになった。
さらに、時雨の家へと居候していたミリソラシアと千百合の二人は彼方が“否定”ついでに、キャンベラと三人で住めるように一軒家を新しく建てていた。
「え……? 家ってそんな簡単に建つものなの?」とは小さい方の栖本さんのお言葉である。
閑話休題。
ミリソラシアたち三人の家は千花と時雨の家の近くにあるため、集合場所も大して変える必要がなかった。
「ほんとに学校行くの久しぶりだね」
「ええ、そうね。ただ、学校の皆は私たちが二週間いなかったことは知らないから、ボロがでないようにしないとダメね」
彼方が“否定”を使い二週間を埋めたとしても、千花たちは学校にはいなかったことに変わりはない。
故に、ここでボロをだしてしまうことになってはならないのだ。
「キャンベラちゃんは学校って行ってたの〜〜?」
「学校と言う存在はなかったな。その代わりに善竜支援団体主催総合アカデミーと言うものがあったな」
「えっと……? それはどんなところなのですか?」
「〈聖ドラグシャフ世界線〉の王が善竜信仰の事業の一環として性別問わず、全年齢対象の全寮制のアカデミアだ」
「面白そうなところね〜〜」
そんな他愛のない会話をしながら初万高等学校へと辿り着く五人。
「それじゃあ、またね時雨」
「ええ、また学校が終わったら会いましょう」
千花と時雨の二人はクラスが別々なため、校舎前で別れて自分たちの教室へと進んでいく。
千百合は時雨と、ミリソラシアは千花と一緒に別れて進むが、どうすればいいかわかっていないキャンベラを千花が手を引いて己のクラスへと案内する。
千花の教室、一年二組のSHRでは担任の居神惣次(担当教科は社会)が連絡事項を伝えていた。
「えーと、一週間後に実力テストがあるのでー、準備しといてください」
やる気のない声で連絡事項を話しているが、授業のわかり易さと、その当たり障りのない会話の手法により、生徒からの人気は高い。
「それとー、転校生? 新入生? 留学生? まーなんでもいい。が、来てるのでー紹介」
紹介しますまで言えればよかったが、最後まで言いきらないのが惣次先生の個性だ。
「入ってきてー」
「承知した」
やる気のない声で惣次先生はキャンベラを教室へと招き入れる。
「自己紹介ー」
「承知した。私は威竜アイリス。両親の都合でこの町へと赴いた。よろしく頼む」
シンッと、クラス中が固まった。
なぜなら、キャンベラは金髪碧眼の超がつくほどの美少女なのだ。
それだけなら男子だけが固まると思いきや、キャンベラの目元は凛々しくひかり、万物を魅了する美少年の雰囲気まであるのだ。
つまり何が言いたいかと言うと、キャンベラは一日目にしてクラス中の性癖にどストライクであったと言うこと。
「一限目は体育なので、素早く準備に入りましょー!」
一年一組の時雨のクラスでは担任の早乙女妃麗(担当教科は数学)が朝の連絡事項を伝え終わり、元気よく一日の始まりを告げた。
胸に実る大きな果実を揺らしながら、妃麗先生は小さくジャンプする。
クラス中の男子が注目していることを理解した上でやっているのだからタチが悪い。
「あっ! 伝え忘れていましたが、二組に超絶美少女ちゃんが新しく入ってきたので、男子諸君は興奮しないこと!」
メッ! のポーズをした後、妃麗先生は一組から退出して行った。
「相も変わらず爆弾を落としていくのね、早乙女先生は」
「それがあの人の長所よ〜〜」
常にふわふわして、それでいて業務は確実に遂行す妃麗先生に尊敬の眼差しを向け、時雨と千百合の二人は体育の準備に移る。
そして、キャンベラの美人さに学校中が一年二組に殺到し、ひと騒動起きたのが一週間前。
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一週間経たったある日。
七限の授業が終わり、校門前で待ち合わせした千花たちはそのまま帰宅し、直ぐに私服へと着替える。
なぜなら、本日は空中庭園にて人類の護り手加入のための戴冠式があるからだ。
千花はテコットカラーのシャツワンピースにデニムを組み合わせ、秋らしいコーディネートにしている。
少し待っていると
「ごめんね〜〜、待った〜〜?」
「少し遅れてしまいました!」
「申し訳ない! 手間取ってしまって……」
千百合たち三人が千花の元へと走ってくる。
千百合はカジュアルになりがちなスウェットワンピース。サーモンピンクのシャツアウターを重ね着してワントーンコーデに。
ミリソラシアは織りで柄がほどこされたジャガード素材のドレッシーなワンピースは、シックな印象が引き立つブラック。
キャンベラはVネックニットにワイドパンツを合わせて大人な雰囲気を出している。
「あれ〜〜? 時雨ちゃんはまだ来てないの〜〜?」
少し息を切らしながら千花の元へと辿り着いた千百合が、未だ到着していない時雨のことを聞く。
「ん〜、もうちょっとだと思うんだけどね」
ただ、千花には何故時雨が遅れているのかの理由を知っている。
「みんな、ごめんなさい。遅れてしまったわね」
そして、数分後に時雨が四人の元まで辿り着いた。
時雨の格好は濃紺スキニーデニムと胸もとのレースが印象的な黒トップスでシックにロングニートカーデを羽織って、艶やかな空気を醸し出している。
「時雨、今日は何人の人に声をかけられたの?」
「………………十二人」
「最高記録更新だね………………」
そう、時雨が集合場所に遅れたのは、ナンパしてくる人々を片っ端から片付けながら来たからなのだ。
「なるほどね〜〜。時雨ちゃん可愛いって言うより〜〜、美しいって部類に入るものね〜〜」
時雨の美しさは際立っており、知的な美しさを見るものに与える。
「でも時雨、昔とよりも大人な雰囲気がでてるよ」
この場の五人の中で唯一、昔の時雨と今の時雨を知る千花の一言。
「ちょっと千花、それは言い過ぎよ…………!」
頬を赤く染め、照れながら千花に小突く時雨の仕草は、大人の雰囲気とのギャップを感じさせる。
「昔の時雨様……!」
「気になるわね〜〜」
「……!? お、おい! 二人とも、目がなんと言うか…………すごいぞ!」
昔の時雨と聞いて目を輝かせたミリソラシアと千百合。
それを横で見ていたキャンベラが二人の変容に驚きながら突っ込む。
「それじゃあ、行こっか」
しかし、ミリソラシアと千百合の二人の陰謀は成就せず、千花の一言でこの話題はおしまいとなる。
「…………昔の時雨を知ってるのは私だけでいいの」
「……? 千花ちゃん、何か言った〜〜?」
「ううん。何でもないっ!」
ボソッと呟いた千花の一言は一番近くにいた千百合にすら聞こえなかった。
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空中庭園第十層玉座の間
そこには、玉座に『皇王』アンフェア、『神王』霊魈彼方、『帝王』へライド=ギールの三人が座っていた。
傍には『特攻隊隊長』灰峰凶と『絶戒王』グラリュード・アテムの二人もいる。
「……! アンフェアさん怪我は大丈夫なんですか?」
「ああ。空中庭園の特殊医療で無事だ」
「良かったわ〜〜。アンフェアくんが無事で〜〜」
霜の巨人族の爆発を間近で受けたアンフェアは数日間意識不明であったが、この一週間で急速に回復し、今に至る。
「だけど、無理な運動は控えるように。戦闘なんて以ての外だからね」
ギールからのアドバイスが飛び、バツが悪そうに顔を背ける全責任者。
「さて、今日貴様らを呼びつけたのは他でもない。貴様らは本日より人類の護り手の一員として、“大人”の仲間入りを果たす。故に、戴冠式と言う形で貴様らの門出を祝う」
〈リングトラヌス世界線〉での戦闘で数多くの人類の護り手が戦闘不能となった。
その代わり空いた席を埋めるため、候補生であった千花たちが正式に人類の護り手のメンバーとなる。
「あら、皆様お早い集合ですねぇ」
「……! お久しぶりです、多王先輩」
「えぇ。本当にお久しぶりです、華彩さん」
玉座の間に新しく入ってきたのは少し痩せ気味の男、多王元主であった。
その横には気まずそうにしている女性が一人。
その女性はミリソラシアの義理の姉──シャーシス・ディアス。
いつもは女王らしく大胆不敵に構えているのだが、今は元主の陰に隠れ、透き通った水色の髪を弄んでいる。
「………………全員揃ったな。それではこれより戴冠式を開始する」
気まずい空気が流れることを危惧したアンフェアは戴冠式の開始を宣言した。
「まずは『後継者』の紹介といこう。ギール」
「はーい。【次元を統べる恒久の書第四十七節「位階の変動」】」
ギールが虚空から一冊の魔導書を取り出し、詠唱する。
すると、玉座の間の中心に五人の人間が現れる。
「『後継者』諸君。キミたちのことは誰も知らない。自己紹介から頼むよ」
ギールの言葉(ある意味無茶振り)に五人の人間は頷き、一人の男から話し始める。
その男は敬礼をしながら、大きな声で喋り出す。
「自分は世界政府直属第四〇四大隊管轄第八〇八中隊所属、アルベルト=フォン=ケルフィル大佐であります」
身長は約百八十七センチほど、体格は軍人らしくがっちりしており、くすんだ金髪にキリリと光る目元。
見るからに堅物の印象を受ける正真正銘の軍人。
「キミは神楽坂の部下だったよね?」
「はっ! 総隊長がお世話になっており、部下一同光栄の極みであります!」
大音量の言葉は聞くものに緊張感を与える。
軍人として鏡であろう存在である。
「分かったから少し声抑えてくれないかな……。ま、いいさ。次」
ギールはケルフィルへの興味を失くし、次の男へと意識を移す。
「俺は撰王組総長代理、武藤武則だ」
その男もケルフィルに似て体格が大きく、目元には人を近づけない鋭利な雰囲気がある。
髪は真っ黒、リーゼントに近い髪型をしているが、極道らしさは感じられない。
「おい、お前ほんとに獅子極の部下か?」
その疑問に耐えきれず、遂に彼方が武則へと質問をする。
「えぇまぁ、アレはアニキがわざと極道らしくしてるだけなんで。極道ってのは表に立てないんで、形だけでも表に沿って生きなきゃなんねぇんですよ」
「ふーん。そういうもんか」
「そういうもんです」
確かに炎は顔に入った傷の所為で様々な人間から恐れられる存在だ。
だが、炎自身はその事に関して否定的に捉えるのではなく、肯定的に受け入れ顔の傷を誇りとしている。
「アニキはそう言う他人から疎まれるような奴や、この世に生き場所がねぇ奴ら集めて組にいれっちまう。アニキはクソがつくほど厳しくて、クソがつくほど優しい人なんですよ」
炎の新たな一面を武則はしみじみと語る。
「貴様の言う通りだな。獅子極は人類の護り手として働いている時も優しさを見せていた」
アンフェアも炎の一面を知っていたようで、懐かしげに思い出している。
そこは新参者の千花たちでは分からないこと。
しかし、少しの付き合いでも炎に優しい面があることを千花たちは知っていた。
「もう少し話してたいけど、それは今じゃない。次の人、お願いしようかな」
ギールも炎の話に花を咲かせたいだろうに、それでも名残惜しそうに次の男の紹介に移る。
「了解だ。俺は第十四代目豪魔流兵団長統括、葉山栄馬だ」
そう自己紹介する男は、身長百七十八センチほど、真っ黒な髪を伸ばして後ろで括り、人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「キミは灰峰と同じ豪魔流の剣士なんだよね?」
「ああ、そうだぜ。俺は凶と同期の剣士だぜ。まぁ、俺の方が歳いってるが強さで言うと凶の方が強ぇな」
そう言う栄馬は半ば諦めのような雰囲気を漂わせているが、その実、瞳の奥に不敵な光を灯している。
「馬鹿抜かせ。百回に一回は僕に勝てるだろうに」
「百回に一回じゃあ意味ねぇつの」
栄馬はそう言うが、凶に百回に一回勝てる人間など限られている。
アンフェアや彼方のように超能力など、人外の能力が使えればまだしも、武術一本で凶に勝てる見込みがあるのならば、それは相当な力量となる。
「神楽坂殿や獅子極殿には勝てねぇが、地球でも上位に入るとは自覚してるぜ?」
なんとも傲慢な自信だ。
しかし、そのようなことを口走っても身勝手な発言だと思われない力が栄馬にはあった。
しかし、
「…………貴方程度が剣聖さんに勝てるとは思わないことですねぇ」
ポツリと呟く元主の声。
その言葉は栄馬の耳にもしっかりとこびりついた。
「ああ? お前何か言ったか?」
「えぇ言いましたとも。貴方程度の実力で、剣聖さんには勝てないと言いましたねぇ」
元主だけでなく、千花たち全員は剣聖という『鬼人』を思い出す。
「剣聖? 誰だそれ?」
栄馬が知る由もないことだが、人類の護り手のメンバーは全員知っている。
「千時剣聖。『最強の鬼人』だ」
この場で唯一栄馬と面識のある凶が剣聖の名前を伝える。
「僕ですら勝てるかどうか五分の剣士だ」
「……!? マジで!?」
あの豪魔流の当主である凶ですら勝てるかどうか分からない人間。
そんな者がいるのかどうか半信半疑の栄馬は言葉に詰まる。
栄馬が声を発しなくなったため玉座の間には沈黙が降り立った。
「今は亡き英雄のことは置いておこう。次の者」
アンフェアはぶり返す悲しみを強制的に押しとどめ、次の紹介へと促す。
「…………自分は元傭兵団『明けの光』副官、アポストル・ベータであります」
四人目の男は緊張した面構えで、己の名前を言う。
ケルフィルと同じ軍人気質で、堅苦しい敬礼に、上から下までびっしりとスーツでキメている。
傭兵団『明けの光』は撃老の命令により解体されて長いが、アポストル・ベータは『明けの光』を抜けたあとでも鍛錬を怠っていないことが分かるほど、筋肉質であった。
しかし、その額には脂汗が浮かび、明らかに周りの空気に怯えている。
「……? 何をそんなに怯えているんだい?」
「お、恐れながら『帝王』よ。我らが『明けの光』団長、アポストル・アルファですら最強と言えないこの場所で、自分の立場などないも同然であります」
そう聞くと、アポストル・ベータの言葉も分からなくもない。
我流棒術を極めた撃老が上から数えるより下から数えた方が早いなど、誰も思わないだろう。
「逆転の発想だよ、アポストル・ベータ。一介の武術だけでラスト・ワンにいられる撃老の方がやべぇんだよ」
彼方の言う通りであり、これは栄馬の紹介の際にも話したが、超能力を使っているアンフェアたちよりも武術一筋で人類の護り手に席がある時点で充分に化け物なのだ。
だが、決してアンフェアや彼方が弱いと言う訳ではない。
彼らも超能力を鍛えるのに手を抜いたつもりは毛頭ない。
「まだ緊張が解けそうにないから、次行くよ」
そして、ギールの関心は最後の一人に向かった。
「残るキミは魎の部下かな?」
この場に集まった『後継者』は那由多、炎、凶、撃老、魎の五人の知人である。
それならば、残るは魎の部下となるわけだ。
「はい。僕は師匠の一番弟子、名は碧と申します」
碧と名乗る魎の部下は、全身を黒マントで覆っており、素顔どころか身体付きすら分からない。
声量も男か女か分からないほどだ。
「申し訳ありません。僕は忍者ですので、身元の流出は避けたいのです。何卒、ご容赦を」
忘れられがちだが、魎は元忍者だ。
故に、魎の部下ならば忍者であっておかしくはない。
「それなら、構わないさ。キミの仕事まで干渉する気はないからね」
「ご理解のほどありがとうございます」
碧は機械的にギールの言葉に返答する。
その全てが作り上げられた存在であることを隠そうともせず、碧と言う名前すら本名か分からない。
「皆への紹介は済んだな。貴様ら五人の所属は後々決める。この場での用事は終わった。全員会議室へと移動するぞ」
アンフェアが玉座から立ち上がり、会議室へと向かう旨の言葉を発し移動する。
新たな『後継者』が加わり、〈アザークラウン世界線〉と〈NEVERヴァード世界線〉の戦力は万全だと思いたい。




