7. 同門同士の死合
花びらと灰が吹き荒れる。
灰の一粒一粒が人を容易に殺すことの出来る代物だ。
「ふんっ!」
ヒラヒラと舞う花びらと灰を一瞬の内に霧散させる鉄球があった。
「豪魔流鎖操術【巌砕の会心】!」
円は鉄球をここ一番の力で地面へと叩きつける。
ただそれだけで鉄球が叩きつけられた場所は粉砕される。
「豪魔流灰ノ太刀【横凪の侵蝕】!」
灰をまとった大野太刀が横に一閃される。
「……!? やべっ!」
円はその一閃の威力を知っているのか、すぐさま体を折って一閃を避ける。
その隙をつき凶が円へと肉迫する。
「豪魔流灰ノ太刀【突撃の侵蝕】!」
大野太刀から突き出されるとは思えないほどのスピードで切っ先が迫ってくる。
「豪魔流鎖操術【巌砕の鉄拳】!」
円が瞬時に鎖を腕に巻き付け鉄球をガントレットの容量で拳へと変化させる。
そのまま凶の大野太刀へと真っ直ぐに殴りつける。
ガチンッ! という鉄と鉄がぶつかる音がした。
「……円、なぜそちらにいる? 我ら豪魔流を裏切ったのか?」
鍔迫り合いの形になったからか、凶が円へと話しかける。
「裏切ったわけじゃないっス! ただ俺にも事情ってもんがあるだけッスよ!」
円が叫び凶を押しのける。
後ろに跳び距離をとった凶がもう一度攻撃に移る。
「豪魔流灰ノ太刀【轟閃の侵蝕】!」
圧倒的な重量を乗せた上段からの斬撃。
それに対する円は──
「豪魔流鎖操術【巌砕の還背負】!」
鉄球のついていない方の鎖を大野太刀に巻き付けそのまま背負い投げの容量で凶ごと投げる。
通常の刀の二倍近い重さの大野太刀、さらに凶本人の体重も追加されたというのに、円は凶を投げる。
異常なほどまでに鍛え上げられた腕の筋肉は見せかけだけではなかったようだ。
「豪魔流灰ノ太刀【円斬の侵蝕】!」
だが凶は円が自分ごと投げることを予想していたのか、大野太刀に灰を集め円形の斬撃を作る。
「はぁ!? ふざけんなよ!? どんな体勢から技打つんだよ!?」
これには円も対応できなかったのか、円形の灰の斬撃に斬られてしまう。
「クソ痛ぇ…………!」
円の体には無数の傷がついていた。
痛々しい傷が増えていく中、それでも円は立ち上がる。
「もう終わりか? 円、手加減して勝てる相手ではないだろう」
「ははっ…………バレてたッスか?」
図星だったのか円が笑いながら肯定する。
「本気で来い。でなければ、次で散るぞ?」
凶の構えが変わった。
構えだけではない、凶の剣気そのものが変わった。
凄まじい剣圧に円ですら、一瞬尻込みする。
「ふぅ────っしゃっ! やってやるっスよ!」
凶の剣圧を真正面から受け止め円も己の鎖と鉄球に剣気を込める。
「(やつは僕の剣戟を知っている。技の初動から技の本質すら理解している。ならば誰にも見せたことのない“灰ノ太刀”を見せてやる)」
「(凶さんならどんな技を使ってきてもおかしくない。何をどうしても俺程度じゃあ勝てない。ならどうするか……んなもん最初っから決まってる! 相打ち覚悟でぶっ込む!)」
「豪魔流灰ノ太刀【灰戟の侵蝕】!」
灰を使い自分が持っている大野太刀並の巨大さを誇る太刀を三本作り同時に斬る。
一本は右から、二本目は左から、三本目は下から、そして自分は上から。
四方を最強の斬撃で囲む。
それが凶の選んだ技だ。
確実に殺しに来ている凶に円は戦慄する。
それと同時に心の奥底から喜びが溢れてきた。
真の剣士である凶と命の取り合いをしているこの状況に歓喜した。
だからこそ、円の一撃は鋭くそれでいて重い、至高の一撃と化した。
「豪魔流鎖操術【巌砕の特攻】!」
円は四本の大野太刀に臆さず一直線に凶へと突き進む。
あと少しで凶の目の前に躍り出るところで円は鉄球を思いっきり上から殴りつけ、その反動を利用して飛び上がる。
「なッ!?」
凶の背後に着地し鎖を引っ張る。
そうすると殴りつけた衝撃で地面にめり込んでいた鉄球が浮き上がり、円の方へ飛んでくる。
そう、円の手に戻るまでに鉄球は凶にぶつかる。
ぶちゃっ!
肉が崩れる音が響く。
その音の後、凶が倒れた。
「ごめんなさいッス。これはマジで殺す用の技なんで、多分苦しみなく死ねるはずッス」
相当な重量を持つ鉄球がとてつもない威力で顔面へと突き刺さったのだ。
生きている方がおかしい。
「まぁでも、俺の勝ちっスね」
円は笑い、庭園を去ろうとする。
「誰に勝ったというんだ? 円」
「…………嘘だろ?」
円の後ろには顔面から大量に血を流した凶が立っていた。
「さっきのは危なかったな。頭下げてなきゃ確実に死んでいた」
「なるほどッスね…………そうやって俺の鉄球から…………」
凶は鉄球が顔面へとぶつかる瞬間、後ろに飛びながら頭を下げていたのだ。
そうすることで鉄球は頭を掠るだけですみ、最悪の事態は免れるのだ。
だがそれでも猛スピードで迫ってくる鉄球は掠るだけでも意識を飛ばすことが出来る。
今まで倒れていたのもそう言う理由だ。
「今のはなかなかだったな。流派の技は極められているものが多い。それは豪魔流であっても同じことだ。よくぞ新たに技を作り上げたな」
凶は豪魔流の当主として努力した円を褒める。
例え敵同士であったとしても。
「実践で使えなきゃ意味ないッスよ。現に今あなたに避けられてるッス」
「ふん。お前が何を鍛えようと僕には敵わん」
「その自信、ちょっとだけでいいから分けて欲しいッスわ」
互いに一回ずつ技を食らい傷の状況は同じ。
「そろそろ聞かせてくないか? お前が〈NEVERヴァード世界線〉に寝返った訳を」
「はぁ……分かりましたッス。いいッスよ。…………凶さんは小春って覚えてます?」
円はようやく事情を説明しようとする。
凶の感情が大野太刀を通して円へと伝わっていたからだ。
凶の剣には円の心を動かす力が込もっていた。
「小春? …………あぁ、お前の妹か。何度も豪魔流の道場に足を運んでいたな。筋もいいから数度本格的に豪魔流の剣士になるかも誘った覚えがある」
凶が過去の記憶を探りどんな容姿、どんな人間だったかを思い出す。
「そうっス。小春も喜んでたッスよ。灰峰さんとお話しした! って。…………俺の自慢の妹だったっス」
「だった? …………どういうことだ」
凶が怪訝な顔をし円を見る。
「順を追って話すッス。凶さんは家がクソ貧乏ってことも知ってるスよね?」
円の家庭は複雑であった。
本人はありふれた話だと言うが、その境遇は一人の人間が背負うには重すぎた。
曰く、円の両親は円と妹の小春を残しどこかへ行ってしまったという。
なんの脈絡もないがそれが事実である。
急に両親がいなくなり、親戚も二人を引き取ることを拒否した。
そうなると二人は自分たちだけで生活しなければならない。
だから円は高校まで決まっていたが、自分たちの生活のために中学卒業後働きに出た。
働きに出たところこそ現代の一つ前の代、第十三代目豪魔流であった。
「豪魔流で働き始めてお前に武の才があると断言した先代当主がお前を会費なしで門下生にしたのだったな」
「そうッス。先代のおかげで俺は参謀長助勤にまでなれて、人家族ぐらい余裕で養えることができるようになったんス」
「その話に小春がどう関係する?」
凶は未だに話の意図が見えないのか円に直球で聞く。
「去年の春、小春は高校生になったんスよ。小春本人も毎日楽しそうに学校行ってたんスよ。そりゃあ、学校なんスから辛いこともあると思うんスよ。友達がどうとか、テストがどうとか。俺は参謀長助勤っていう重要な役目背負ってるんで今さら学校に通おうなんて思わないんスけど」
円はここで口を閉ざし一度話をきる。
「六ヶ月ぐらいたった頃スかね…………小春が帰ってきたら制服がボロボロだったんスよ」
「……! それは………………」
「そッスよ。いじめッス」
円は軽々しく言うが、当時の円にはとても重くのしかかっていたのだろう。
「そんときは何も見えてなかったスね。とりあえず主犯格ぶっ殺すために鎖用意しましたッス」
円にとって鎖は稽古をしていても使わない。
円が鎖を出すという時は実践稽古の時か、それこそ本気の立ち合いぐらいなのだ。
「……まさかあの時話していた豪魔流を抜けたいと言うのは」
「そうッス。日本じゃあクソども殺しても罪なんで。凶さんたちに迷惑はかけられなかったんスよ」
「だがお前は豪魔流を抜けなかっただろ? 豪魔流を抜けたのはもう少し後だったはずだ」
「それが話の続きッスよ」
そう言って円は話を続ける。
「いじめ問題は学校側が先に気づいてたらしく早急に対応してくれたっス」
「……それは良いではないか?」
「そうッスよ。…………ここで問題がすべて片付けばッスよ」
ギリギリと円は己の拳を握る。
まるで奥底から湧き上がる怒りに耐えるように。
「いじめの主犯格どもが停学になったらしいんスけど、その内の一角がどこぞの政治家の娘だったんスよ。政治家の娘が停学なんてなったら世間体に傷がつくっていうクソどうでもいい理由で停学が無効になったんスよ。それだけならまだギリギリ許せるんスよ。ただ、こっからが胸糞悪い話で、その娘ってのが地域の不良と交流がありましてね。………………腹いせに小春を強姦したんスよ」
「……!」
凶の声が驚きのあまり掠れている。
円の目には憎悪や怒りといった負の感情が入り交じり、今にも人を殺しそうだ。
「それのことを俺は……ズタボロになって泣きながら帰ってきた小春に聞いたス…………俺にできることと言っちゃあ、小春を見守ることしかできなかったス……俺は何もできなかったス…………」
「……小春にしてみればお前がいるだけで気持ちは楽になったと思うが」
「同じこと……言ってたっス」
円の目の憎悪は消えていないが、うっすらと涙が溢れ出ようとしている。
「その日から小春は全ての性格が反転しちまったス。あんなに楽しそうに笑ってたってのに、まったく笑わなくなっちまって…………。外にも一歩も出れなくなって、もちろん学校にも行けずに俺が道場に行く時に玄関で「行ってらっしゃい」って、言うんスよ…………」
円の顔色はみるみるうちに青くなっていき、暗い影がおとされた。
最愛の妹が傷ついているというのに、円にできることは何も無かった。
日に日に塞ぎ込んでいく妹を傍で見続けながら時間は過ぎていった。
「こんな仕打ちされたってのにアイツらは…………」
「…………まさかまだあるのか?」
凶が驚きながら問う。
「その日は小春と一緒に飯食ってたんス。久々に次の日が休みだったんで、二人で寿司の出前とってゆっくりしてたんスよ。その日は楓も久しぶりに笑ってくれて、明日から頑張って外に出てみるって意気込んでたんスよ」
その日の出来事が忘れられないのか、円の頬は緩む。
だが、それもすぐに引き締められる。
「結構長い期間外に出てなかったんで俺がついて、外に出る練習してたんスけど…………意味がわからない確率でいじめの主犯格どもと道であったんスよ。そんでアイツらが言ったのが…………「なんで生きてるの?」 だったんスよ!」
その時の怒りが湧き上がってきたのか、円は爪がくい込んで血が出るほど拳を握っていた。
「小春が前向いて進もうとしてるってのにアイツらは無責任な言葉言って…………。もちろん殺意は湧きましたッス。けど俺の隣には俺より辛いはずの小春がいるんで、なんとか抑えられたッス」
「……………………その後何があった……?」
そう聞く凶の顔も歪んでおり、嫌悪感を隠そうもしていない。
「そのままアイツらはどっか行ったんス。俺たちも家に帰って心を落ち着けようとしたんスけどね。小春には耐えきれなかったらしく部屋に篭ったんス。その二日後ぐらいスかね…………どうやったか分からんッスけどアイツらが家を特定して、不法侵入した挙句…………」
円の顔はもはや悲痛に苛まれすぎ、見ていられないものとなった。
その先の言葉をなかなか言えない円に凶は
「無理して言わなくていい。ここまででお前が〈アザークラウン世界線〉に失望する理由は分かった」
円に先を質さず、言わなくて良いと言う。
「いいや、ここまできたら最後まで話すッス」
円は一旦言葉をきり、数分経ったあと口を開く。
「アイツらは勝手に人の家に入って…………小春を殺したんス」
「……!? 日本だろう!? なぜそう簡単に人を殺せる!?」
「言ったじゃないスか。政治家ってものは簡単に物事を潰せるってことッスよ」
「……待て、なぜその場に居合わせていないお前が、なぜ奴らが彼女を殺したと分かった?」
凶から単純な疑問の声があがる。
「待ってたんスよ。俺が家に戻って来るのを」
「…………悪趣味な………………!」
凶が嫌悪の意思が宿った声で吐き捨てる。
「殺され方は悪いんスけど言えないッス。思い出しちゃって…………」
「安心しろ。無神経なことはせん」
円の瞳には後悔と憎悪が互いに入り交じり、円がどれほど小春のことを思っていたかがよく分かる。
「…………その後どうなった?」
「そうッスね…………小春だったものをしっかり埋葬して誰もいない家に帰ってきたまでは覚えてるんスけど…………そこからの記憶は曖昧なんスよ。とりあえず主犯格の人間は一人残らず殺して、その後ろ盾だった親もしっかり殺して。まぁでも初めてだったスよ。本気で人をぶっ殺したのは…………」
凶は知っている。
円がとても温厚な人間だということを。
円は何があっても稽古で本気は出さない。
剣士としては失格だろう。
だがそれが円の長所なのだ。
その円が本気で殺したと言うのだ。
円の葛藤、憤怒、憎悪、後悔、その全てを理解することなど不可能だ。
「…………なぜだ?」
「……? 何がッスか?」
「なぜ豪魔流に言わなかった!?」
だがらこそ、円が優しい人間だとわかっているからこそ、凶は円へと怒らなければならない。
「流石に悪いっスよ。人殺しに巻き込んじまうなんて。それに…………このしがらみは俺がつけなきゃならないケジメなんスよ。だから、豪魔流には頼りたくなかったんス!」
円としても考えたのだろう。
仲間に打ち明けるべきか、打ち明けず一人で解決すべきか。
円は後者を選んだ。
同門の仲間には迷惑はかけられなかったのだ。
「バカ野郎が……! 先代の教えを忘れたか! 仲間の問題は己の問題、己の問題は仲間の問題。豪魔流は仲間を何があっても見捨てない!」
「……ッ!」
凶は断言する。
豪魔流の人間は何があっても仲間と共にある。
その気迫に臆したのか、円は反論できなかった。
「…………過ぎてしまったことは振り返ることなど許されない。小春を殺されたことが、お前にとって〈アザークラウン世界線〉を裏切る動機になったのか」
「違うッス! 確かにそれもあるんスけど、俺が〈アザークラウン世界線〉を脱退したことはもう一つ理由があるんスよ!」
「何? 理由だと?」
「…………俺は理解したんスよ。自分がどれだけ弱かったかを。守りたい人を守れなかった。強くなりたいんス! 豪魔流が弱いって言ってる訳じゃないんス! 豪魔流は俺にとってとても居心地のいいところでした…………だけど俺は…………豪魔流を捨てたとしても修羅に身を堕さなければならないんス!」
円の後悔は心に深く刻み込まれていた。
小春を守れなかった。
最愛の家族を失ってしまった。
その悲しみが、恐怖が、悔しさが円を修羅に堕としたのだ。
「じっとしてられなくて悪人を探しては殺して、見つからなかったら道場破りで自分の実力を上げたりしてたんス。…………そんな時にセグナにあったんス。セグナは世界線のこととか、全部教えてくれたんス。そして俺を〈NEVERヴァード世界線〉に誘ってくれたんスよ。違う世界線には魔法とか超能力とかがあって、まだまだ俺は強くなれるってそう思ったんス」
円は己の力を上げるためにあらゆることをした。
死罪に問われる罪人と死合をし、殺す。
無名の剣士をになり他の道場に喧嘩を売る。
その方法で彼は強くなっていた。
豪魔流に身を置いていた時よりもはるかに強く成長していた。
凶が決め手に欠ける程に。
「〈アザークラウン世界線〉に戻っても俺は死刑ですし、俺が強くなるためにも〈アザークラウン世界線〉は捨てることにしたッス」
そう言う円の顔は清々しい。
全ての憂いを断った者ができる顔である。
「そういう訳なんで、申し訳ないッスけどここで俺に殺されてください。凶さん」
堂々と勝利宣言をする円。
対する凶の雰囲気は変わっていなかった。
否、変わっていないと錯覚させるほど変わっていた。
「それが豪魔流を去り、〈アザークラウン世界線〉を裏切った理由か…………」
凶はそこで言葉を区切り円を見る。
「それがお前の道ならば文句は言わん。お前は既に豪魔流を抜けている。…………だがな円、お前の修羅はまだ甘い」
「……! 甘い……?」
凶の言葉が意外だったのか、円は凶の言葉を反芻する。
「お前に、いや貴様に見せてやろう。豪魔流を超えた豪魔流、豪魔神冥流を!」
大野太刀を構え凶は円に重い剣圧をぶつける。




