8. 未知の世界
時は裏千花たちが〈イントロウクル世界線〉に落ちた時に遡る。
「──……………………ッ! …………ここは……?──」
「オウッ、目ェ覚めたかァ」
「──あなたは!!──」
バッと裏千花が自分の体を腕で守る。
「──私が眠っている時に私の体に何をしたの!?──」
「オイ!! なっんで俺ァがお前を襲わなきゃなんねーんだよ!!」
「──…………あなた、その顔していてよく言えるわね〜〜──」
「それなら、そう思っても仕方ねェよなァ」
「──否定しない辺りが可哀想ね〜〜──」
「るっせぇんだよォ。それに俺ァ子持ちだからなァ。お前みてぇな女をどうこうはしねェよ」
「──……………………嘘よね…………──」
「お前つくづく失礼だなァオイ」
「──まぁ〜〜、あなたが幼女を誘拐したことはまた話すとして〜〜。ここはどこ〜〜?──」
「…………もう突っ込む気にもならねェ……。んで、なんだっけか? 攻めて来た〈イントロウクル世界線〉本土が堕ちる寸前だったからなァ。そこに落ちた俺ァたちがどうなったかなんて今更聞くことかァ?」
「──…………つまり〜〜、ここはあの世ってこと〜〜?──」
「あァ? 何言ってんだ? お前? 攻めてきた〈イントロウクル世界線〉の世界じゃねェ、違う世界に決まってんじゃねェかァ。……お前実はよォ、ロマンチックなのな」
「──…………………………──」
「オイ!! やめろよォ!! 無言で【刻印魔法】つかうんじゃねェ!!」
炎に言われたことが図星だったのか、裏千花が炎を消そうと必死に【刻印魔法】を発動する。
「──もう〜〜、いいわよ〜〜。ん? 何か来たわね?──」
「ア? 久しぶりに見たなァ。あらァ歪だなァ、それも熟成した」
歪が十匹ほど表れる。
今更だが、二人がいる場所は見渡す限り荒野であり炎が腰掛けている岩を除くと、遮蔽物が一つもない場所である。
「──とりあえず〜〜、休戦と行きましょう〜〜──」
「お前さァ、堕ちてる世界から助けたの俺ァだぞ。お前に休戦とか言われたくねェけどなァ」
「──むぅ〜〜〜〜。ごめんなさい〜〜! ハイッ、これでいいでしょう〜〜!──」
「まだダメだなァ、誠意が足りねェ。そうだなァ、手始めに服脱いで裸土下座からいってみるか!」
「──あなたやっぱり犯罪者でしょう!!!! それに手始めってなに!? まだやらせる気だったの!? 裸土下座ですら充分屈辱的なんだけど!?──」
「悪ィなァ。こんな顔ァしてるからなァ」
「──ごめんなさい!! 顔でいじったこと恨み持ってるね!!──」
「いやァ、そんな必死に謝られてもなァ」
「──どうしろって言うのよ〜〜!!──」
「クァハッ!! 面白かったぜェお前」
「──もういいわよ〜〜。さっさと片付けるわよ〜〜──」
「あいよォ、無限狂宴流【飛爪・連斬】!!」
「──【消えゆくあなたに】──」
炎が両腕に持った曲刀を全力で振りかざし投擲。二本とも歪を切りつけ一撃の元に斬殺。さらに、曲刀同士がぶつかり跳ね返り一匹ずつ斬殺。最終的に一匹の歪に二本ともささり危うげなく炎の勝利。
裏千花に至っては、黒い獣の顎により喰い殺した。
彼らにかかったら、熟成した歪程度なんの問題もないらしい。
「──【さらば消えゆく魂】──」
裏千花が黒い穴を出現させ、炎が呑み込まれる。
「──ゴメンなさいね〜〜。あなたは厄介そうだから〜〜、先に潰しちゃった〜〜。次は敵に背中を向けないようにね〜〜。うふふっ、こんなに簡単なら灰峰とかいう剣士とかも片付けられるかも〜〜。私の刻印魔法なら証拠は残らないしね〜〜──」
「そうかァ、なら今この場でお前を殺しても問題ねェってこたァ」
「──ッ!? ぐふぅ──」
なんと、全てを消すことの出来る穴から炎が飛び出てきたのだ。
さらに後ろから裏千花に寝技を決め、確実な優位に立った。
それは裏千花の命を炎が握っていると言っても過言ではない。
「──ありえない! 私の【さらば消えゆく魂】をどうやって突破したの!?──」
「あァ? 突破なんてしてねェよ。俺ァ神楽坂みてェな怪物じゃねェからなァ」
「──聞いても無駄みたいね〜〜。【死神を超える消失】──」
「ごはァァァァ!?」
裏千花が決められていない腕で黒い鎌を創り、炎を袈裟斬りにした。
裏千花が起き上がり、炎に悪態をつく。
「──まったく〜〜。なんで【さらば消えゆく魂】が効かなかったのかな〜〜? ──」
「だからァ、言ってんだろ? 効いてんだよォ」
裏千花が戦慄する。炎が生きていることが理に反している。
その身体に刻まれた斬撃の跡は綺麗さっぱり消えており、そもそも最初から傷なんてなかったかのように。
「──……あなた…………ほんとに人間…………?──」
「くくッ、よく聞かれるぜェ。因みに答えはただの人間なァ。」
「──…………ただの人間が袈裟斬りにされて生きてるわけないでしょう……──」
裏千花が驚くのも無理はない。
先程、袈裟斬りにされた炎が五体満足で裏千花の前にたっているのだ。驚くなというほうが無理だろう。
「──何をしたのかな〜〜? また私の【刻印魔法】が不完全だった〜〜?──」
「いやァ、お前のありァ完璧だぜ。俺ァじゃなかったらァ、死んでるぜェ」
「──じゃあなんであなたは死んでないのかな〜〜?──」
「あァ? そりゃァ、あれだ。治した」
「──……? なおした…………? つまり、私の攻撃を全て回復した……とでもいうのかな〜〜?──」
「その通りだぜェ。俺ァにゃ神楽坂みてェな武術の才能なんざねェ。灰峰みてェな剣の才能もねェ。九龍みてェな強靭な肉体も、千石みてェな分析力もねェ。俺にある才能は回復力だけだァ。先天的超回復体質だっけかァ? 骨折程度なら二秒で治るようにしたァ。初期の頃なんざァ、切り傷が二日で治るっつークソ雑魚だったがァ、毎日死ぬ寸前まで追い込んで治るのを待って、治ったらもう一度死ぬギリギリまで殺す。そうすりゃァ、回復力スピードも増すだろゥ? んで、今だァ」
「──……………………──」
絶句。
炎は軽く言ってはいるが、それ即ち自分で自分を壊し続けたと、言っているのに大差ない。
強くなるためだけに自分を死の寸前まで壊したとなると、炎の才能は回復力だけではなく、その胆力、精神力こそ炎の強さだろう。
「──あなたのその回復力〜〜。限界はあるのかしら〜〜?──」
「んな事ァ、教えるわけねェだろォが」
「──……あなたを消せないのはわかったわ……。でもあなたも私を殺すことはできない。確かに強いけど〜〜、灰峰とか〜〜千石より〜〜、弱いなら勝てるわけないよね〜〜──」
「いやァ、そうでもねェぜェ?」
「──何を言って…………。ッ!?──」
裏千花の目の前から炎が消えた。
文字通り消えたのだ。
「──どこに行ったの〜〜?──」
「俺ァ、獅子極さん。今後ろにいるよォ」
「──何!? うっ──」
私メ○ーさん今あなたのうしろにいるよ。
と同じぐらいの恐怖を裏千花は感じ、その意識はブラックアウトした。
「はい終わりィ。まったくよォ、【刻印魔法】が強くても気配をよめなきゃ話になんねェぞ」
そして炎は裏千花を担ぎ、世界の探索を始めた。
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ここは夢の行き着く先。
千花の心のさらに奥に存在する思考空間。
…………この体は私のものだから返してもらうよ!!
──ッ? まさか、千花ちゃん!? もう自我を取り戻したの!?──
……? 自我? よく分かんないけど、あなたが帰ってきたから返してもらうだけだよ?
──だからって〜〜。そんなこと許さないよ〜〜──
なら強制的に返してもらうわよ! 【愛たる正義】
──嘘でしょ!? どうしてあなたが【刻印魔法】を使えるの!?──
あなたに使えるのに、私が使えないなんてことはないでしょ?
──ふざけないで……! いいわ、今は返してあげるわ〜〜。……でもね〜〜、最後の支配権は私が貰うからね〜〜。覚悟しといてね〜〜──
絶対に渡さない!! この体は私のだから!!
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そして、千花の目が覚めた。
「…………んっ!! !? ふぉふぉはぐぉこぉ!?」
なぜか、猿轡をはめられた状態で。
さらに、目隠しをされ、両手両足は縛られ何者かに担がれどこかに運ばれている。
運び手は歩いているのか大したスピードでは無い。
だが、ただの女子高生には完全拘束の経験がないため、暴れることしか抵抗する手段が思い浮かばない。
「むぅ〜〜〜〜〜〜!!!! むぅ〜〜!!」
「ん? 起きたか? ったくよォ。この俺ァに運ばせるったァ、いい身分だなァオイ」
「ちぎゃいましゅ!! わちゃし、うりゃしぇんかじゃありましぇん!! せぇんかでしゅ!!」
「あァ? なんつった? まァ良い、猿轡だけ外すぞ?」
「ぷはっ! 私は千花です!! 裏千花じゃありません!! ふ〜。やっと言えました!」
「…………確かになァ。根源の色がまったく違ェ。どうやって戻ってきたァ?」
「えっと…………。裏千花が私の意識に戻ってきたところを【刻印魔法】で強制的に私が表に出てきました」
「………………つまりィ、また裏千花が戻ってくる可能性はあるんだな?」
「はい! もちろんです!」
「何パーだ?」
「いつ戻ってくるかは分かりませんが、表に出る確率は百パーセントです!!」
「……………………ならァ、拘束を解くのは得策じゃねェなァ」
「え!? ちょっ! 待ってくごぶぅ!!」
千花が最後まで言わせて貰えずに猿轡をされた。
「しょっと!! まだ、わちゃししぇんかでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅうううう!!!!」
「あァァァァ! るっせェな!! 今合法的に女子高生を拘束プレイできてんだよォ!! 黙って俺ァの趣味に付き合いやがれッ!」
「……!?!?!?!?!? ふじゃけにゃいでくだぁしゃあい!! ひゃあくとぅいてくだしゃい!! しぇめて、しゃるぐちゅわだけでぇも!!」
「ははァ! 何言ってるかわかんねェなァ!!」
「むぅぅぅぅぅうぅぅぅぅううぅぅううう!!!!」
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あの後も必死な抵抗をした千花だったが結局夜になり、野宿をしなければならなくなるまで炎の趣味に付き合わされた。
「うっうっうっうっ…………………。お父さん、お母さん、千花は汚れてしまいました……」
程よい森林を見つけた二人は野宿の準備をする。
しかし、資源のないこの場ではせいぜいが木をあわせて寝台を作るのがギリギリである。
炎が野宿の準備をしている横で、千花がすすり泣く声がやけに大きく響く。
ちなみに、拘束は全て解かれた。
「んだよォ、別に減るもんじゃねェだろォ?」
「……! 減りますよ!! 主に私の乙女心が!!!!」
「汚れたんならァ、俺ァの嫁になりァいいじゃねェか?」
「尚更嫌ですよ! 何が悲しくて女子高生をガチガチに拘束するような人と結婚しなきゃダメなんですか!? 私猿轡されてた口まだヒリヒリしますよ!! それに、あなた子持ちでしょ!! 浮気しちゃダメじゃないですか!?」
「別に俺ァ、嫁はいねェぞ。つか聞いてたのかァ?」
「聞いてましたよ! 意識にいただけですから、会話は聞こえてますよ!! 話そらさないで下さい!! お嫁さんはいないのに、なんで娘さんがいるんですか? 誘拐ですか? 誘拐ですね? 誘拐だ!!」
まだ自分でプレイをされた怒りが収まっていないのか、千花が怒涛の勢いで炎にあたる。
それはそれは見後な三段活用をしてまで。
「うちの娘は少し特殊なんだよなァ。敵対してた組が拉致監禁してた女がどっかの金持ちの娘でなァ、もう既に両親が死んでっから身寄りがねェんだよ。だからァ、貰って帰ってうちの組総出で育ててるぜェ」
「……………………そうですか……。ごめんなさい、話しにくい内容の説明させちゃって…………」
炎の事情が複雑だったため気軽に聞いてしまった千花は反省した。
「いやァ、別にいいぜェ。隠すような事ァでもねェしなァ。つかよォ、お前、初万高等学校だろォ?」
「……!? 何で知ってるんですか!? やっぱり犯罪者!?」
「違よ。その制服うちの娘の制服だからなァ。実は同じ学校だったんだなァ」
「………………? ということは、獅子極さんですよね…………。! あぁっ! 坂極神トリオの!!!!」
「あァ? なんだァ? その坂極神トリオってなァ?」
「文系のスリートップですよ!!!! 英語の神楽坂沙耶!! 社会の獅子極澪!! 国語の神名瑠衣!! この三人は常に各教科満点の不動の一位ですよ!!」
「そうかァ、澪の成績がいい事ァ知ってだがそこまでとはなァ」
「知らなかったんですか!? 自分の娘さんのことですよ!?」
「知ってはいたんだよなァ。澪の点数がいい時ァ、組で高級焼肉店貸し切って全員で宴会してるからなァ」
「そんなことしてたんですか? ……もしかして、沙耶ちゃんって………………人類の護り手の神楽坂さんの娘さん………………?」
「あァ、そうだぜェ。あいつんとこは姉妹が三人いるからなァ、そこの真ん中だろォ」
「…………なんで、他所の家の事情を知ってるんですか……?」
「オイ!! 引くな引くなァ! ただ神楽坂と灰峰は俺ァの生まれてからの親友だからなァ」
「そうなんですか? その話詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「あァ、構わねェぜェ。ただプライバシーは守らせて貰うがなァ」
「いえいえ、それは当たり前のことですから気にしませんよ」
「そうかァ? ならどこから聞きてェ?」
「それなら、あなたたちが何者か? という質問はどうでしょう?」
「ッ! 誰!?」
「ハハッ!! 今更出てきたところで変わんねェよォ」
突然聞こえてきた声に千花が辺りを警戒する。
するとすぐ後ろの茂みから、一人の少女が出てくる。
歳は千花より一つ二つほど下だろうか。
髪は濃い水色、顔付きはとても可愛いくそれでいて芯の通っている目付きをしている。
その服装はまるで王女のような(ある程度動くことも可能)ドレスを着ている。
「あなたは、妾がいることに気づいていたのですか?」
「たりめーだろォがァ。そんな殺気放ってたらァ、誰でも気づくだろォ。ちったァ考えたらどうだ? 女ァ。それとだァ、俺ァと同じテーブルにたちてェならァ、そこらに隠れてる野郎ォ共も出てくるんだなァ?」
「あら? 一体なんのことでしょう?」
「…………そうかァ、しらばっくれるかァ。なら一匹程度死んだところで構わねェんだな?」
「……?」
ヒュンっと音がした後炎が手を広げる、そこにボトッと何かが落ちた。
「ひっ!」
「あなた…………!」
「あァ? 何キレてんだァ? 別にいいんだろォ? 仲間じゃねェならよォ」
炎の掌に落ちたのは既に事切れた、男の首だった。
「あなたバカなんですね!? なんで娘さんは頭良くて、あなたはバカなんですか!? 大事なことなので三回言いますよ! あなたバカでしょう!?」
千花は三段活用が癖になっているのかもしれない。
「あァ? バカってなんだよォ、バカってェ。それにこいつらの殺気は雑魚だがァ、この首の野郎ォの殺気は弱者の殺気だったからなァ。どっちみちこいつァ、自爆する気だったんだろうよォ」
「雑魚と弱者の違いって…………」
「もういいわ、あなたたちには生きる道はない。妾たちの敵となる時点で詰んでいるのです!」
「どォでもいいけどよォ。お前等十数人程度で俺ァとこの女相手取るのかァ?」
「えぇ!? 私も戦うんですか!?」
「別に前線に出なくてもいいぜェ。ただなァ自分の身は自分で守れってこったァ」
「いいですよ!! やってやりますよ!! 私だって裏千花みたいにバンバンやってやりますよ〜〜〜だ!!」
「あまり、ふざけない方が良いかと思われます。妾たちに負けた後、言い訳できませんよ」
「ククァ。上等!!」
ここに炎、千花と謎の集団の戦いの火蓋が切って落とされた!




