「あやめちゃんはサッカーなんて、絶対に、絶対にやりませんから!」
「八橋君の時間を、僕に少しだけくれないかな?」
「もちろん――断らせないけれど」
昼休みにそう言い残した鹿戸椛は――。
放課後、本当にBクラスの教室へ戻ってきた。
しかも今度は、単独ではない。
縦ロールの、いかにもお嬢様の風格を放つ令嬢。
鹿戸と並ぶほど背が高く、体格の良さそうなウルフカットの少女。
――いずれも負けず劣らず、強烈な個性を放つ二人を伴っていた。
「鹿戸さん、また来てる!」
「なにあの人? ガチなお嬢様!?」
「めちゃくちゃ体格いい! 格闘技とかやってるのかな?」
三人は遠巻きに見守るクラスメイトたちの視線を他所に、あやめの席へと真っ直ぐに歩み寄る。
「こ、ここでは……ちょっと。場所を、移しましょう……」
クラス中の注目を浴びるなか、あやめが悲痛な面持ちで提案した。
「……そうだね。ここでは落ち着いて話をするのは難しそうだ」
三人はクラスメイトたちに律儀に頭を下げると、魂の抜けたようなあやめを連れて、そのまま教室を出ていってしまった。
「ねぇ、神酒盃さん! やっぱり八橋さんって凄かったんだね!」
すぐさま好奇心の塊となったクラスメイトたちに囲まれる菊鞠。
しかし、彼女の脳内は別の衝撃で埋め尽くされていた。
(……大変! 完全に人違いの濡れ衣なのに!!)
ガタッ、と激しく椅子を鳴らして立ち上がる。
(あの人たちは、あやめちゃんを『ちゅうばんのちょうげんし』っていう、お琴の凄い人だと勘違いしてるんだわ!)
(昨日のバックスピンパスも、てっきりあやめちゃんの仕業に違いないと決めつけて連行していっちゃったんだ!)
昨日、あのボールを条件反射で蹴り返したのは、他ならぬ自分自身なのに!
(ちゅうばん、が何のことかは分からないけれど――)
(あやめちゃんはお琴の家系の、とっても大人しくて繊細なお嬢様なのよ!?)
(あんな大柄な肉体派の人たちに囲まれて、『昨日の神キックをもう一回見せろ』なんて脅されたら……)
(――あやめちゃんの心が、バキバキに折れちゃうかもしれない!)
このままでは、大親友が自分の身代わりとしてサッカーの毒牙にかかってしまう。
「私も、行ってくるねっ!」
親友に濡れ衣を着せたまま、一人で平穏な桃源郷に隠れているなど、神社の娘のプライドが許さない。
キッ!
菊鞠は、凛とした光をその瞳に宿し――
カバンを掴み、恐ろしいサッカー狂たちの巣窟へと、果敢に飛び出す決意をした。
あやめたちを必死に追った菊鞠。
しかし、途中の角で見失ってしまった。
校内をあちこち探し回り――。
ようやく西校舎の裏手で、四人が話しているのを見つける。
「八橋あやめさん」
「君には是非とも、僕たちが新設したサッカー同好会に入ってほしいんだ」
物陰から様子をうかがっていた菊鞠は、鹿戸の言葉を聞いて、激しく混乱した。
(……おかしい。昨日、ボールを蹴り戻したのはこの私なのに?)
(なぜ彼女は迷わずあやめちゃんを選んで、確信を持って勧誘しているの……?)
戸惑いは尽きない。
けれど、自分の失態のせいで、大親友がサッカーの毒牙にかかるのを見過ごすわけにはいかなかった。
(あやめちゃんを、助け出さなきゃ……!)
「あ、あのっ、待ってくださいっ!」
ダッ――!
菊鞠はスカートを翻し、物陰から四人の前へと果敢に飛び出した。
「あ、あやめちゃんは、サッカーなんて――」
「絶対に、絶対にやりませんからっ!」
「……おや、君は――」
突然の乱入者に、椛は面食らったように目を丸くした。
「一年B組の神酒盃菊鞠と言います!」
「私の友達をその野蛮な球技に勧誘なんかしたら、箪笥の角に小指をぶつけるバチが当たりますよ!」
「だから今すぐ、今すぐ止めてくださいっ!」
「……ひ、菊鞠ちゃん……っ!?」
今にも泣き出しそうな顔で、ワナワナと唇を震わせるあやめ。
「これは失礼したね、神酒盃さん」
椛はゆっくりと、菊鞠のほうへと向き直る。
「僕は一年C組の鹿戸椛。実はまだサッカー部ではなく、立ち上げたばかりの同好会なんだ。会員はここにいる僕たち三人しかいなくてね」
「昨日、八橋さんを偶然お見かけしまして」
椛の言葉を、隣に立つ縦ロールの令嬢が引き継いだ。
「この学校に伝説の司令塔がいるならば是非ともお声をかけねばと、押しかけた次第ですの。――失礼、申し遅れました。私、蝶名林牡丹と申しますわ」
「――アタイは猪目萩子! よろしくな!」
ウルフカットの少女も、不敵に笑って名乗りを上げる。
「自己紹介は結構ですっ!」
「……それより、どうしてあやめちゃんなんですか? 昨日の夕方、あなた方にボールを蹴り返したのは、あやめちゃんではなく、この私なのにっ!」
ばーん!
仁王立ちで胸を張る菊鞠の、堂々たる大告白。
しかし、それを聞いた椛は一瞬だけ、隣のあやめと顔を見合わせ――。
それから、酷く楽しそうに目を細めて、菊鞠を見つめ直した。
「昨日、あの見事なパスを返してくれたのは助かったよ」
「でも、本当に神酒盃さんがあのボールを? ……失礼だけど、ローファーを履いた普通の女の子にあんな芸当ができるなんて、ちょっと信じられないな」
顎に手を添えて、菊鞠を試すように見据える椛。
「普通ではありません!」
「私の実家は神社で、私は毎日、代々伝わる『蹴鞠』を蹴り続けてますから!」
「一度も落とさずに鞠を操る技術なら、サッカー部の方々なんかより、私のほうが何倍も上です!」
「――ですからあやめちゃんは……」
「――ひ、菊鞠ちゃん、ごめんなさい……っ!」
突然、あやめがその場に膝を突く勢いで、深々と頭を下げた。
「えっ……? どうしてあやめちゃんが謝るの? 悪いのは、ボールを蹴っちゃった私の方で……」
「違う、違うの菊鞠ちゃん……! ずっと、ずっと隠してて本当にごめんなさい……」
「実は私……小学生の頃、ガチのサッカークラブチームに所属してたの……!」
「……えっ?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「それで皆さんが納得してくれるのなら――いいでしょう。やってやります!」】
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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