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Kick Do!!  作者: 青島若鷺
2/7

桜吹雪と蹴鞠の精

「アリ。」

 ぽん。

「ヨウ。」

 ぽん。

「オウ。」

 ぽん。

 ようやく寒さも和らいだ春の曙。徐々に昇っていく朝日に照らされ燦めく桜がはらはらと散る神社の境内で、少女の声に合わせるように鞠が宙に跳ねる。

 跳ねる、いや“舞う”と表現したほうが正しいだろうか。

 少女のいでたちは白衣と呼ばれる白い着物に襦袢(じゅばん)、そして緋色の袴。いわゆる巫女装束と呼ばれるもの。ただし、その足に履くのは緋色の鼻緒のある雪駄ではなく、革靴だった。

 少女が蹴り上げる度にぽん、ぽんと軽やかな音を立て、桜吹雪と共に舞い踊る。少女の腰まである長い髪も巫女装束の裾もふわり。と舞ってその風景に彩りを添える。

 それはさながら桜の精か、はたまた鞠の精か。

 この巫女装束の少女が興じているのは、まさしく蹴鞠と呼ばれる遊戯である。


 菊堂神社。

 首都圏の端、人口10万人を擁するむさしの市を一眸できる小高い丘の上に建つこの神社は、平安時代末期に興った豪族が戦国時代を経て神社を建立してその宮司職になったとされる。なんでも、卓越した蹴鞠の技量を以て、領民を戦火から守ったのだとか。

 彼女は菊堂神社の宮司の孫娘。

 名を神酒盃みかづき菊鞠ひまりという。

 菊鞠は幼い頃から、蹴鞠で領地を守ったとされるご先祖様の逸話を、まるで英雄譚のように感じながら聞かされて育った。

 畢竟(ひっきょう)、菊鞠自身も蹴鞠に興味を抱いた。むしろ愛した。

 それこそ、狂おしいほどに。

 幼稚園児の頃には鞠を蹴り始め、ほぼ毎日蹴り続けて十年余り。ボールは友達、などという言葉があるらしいが、彼女にとっては鞠が友達だった。蹴鞠という特殊な遊戯は、同じ年頃の子供たちには受け入れがたい、古くさく感じる趣味と感じたようで、それに興じる菊鞠は神社の娘ということもあって、近寄りがたいもの存在と映ったらしい。

 よって、菊鞠には極めて友達が少ない。その、数少ない友達こそが鞠である。

 蹴鞠に夢中になるあまり学校の成績が落ちたために一時期は蹴鞠を禁止され、泣く泣く勉強を頑張るようになり、それ以降は蹴鞠を取り上げられないために成績上位に食い込む努力するようにはなった。

 中学校に上がると、男女ともに色気づくものだが、菊鞠は相も変わらず蹴鞠に興じた。

 しかし、そんな変わった趣味を持っているにせよ、目鼻立ちは整った長い黒髪の少女に言い寄る男子が現れはじめた。特に、蹴鞠という趣味にシンパシーを感じたサッカー部の男子ほど、同じ趣味ならチョロいだろう、とばかりに交際を申し込んでくる。菊鞠からすると蹴鞠とサッカーは似て非なるものだ。そしてサッカー男子達の「リフティング程度、俺にも簡単」というマウントがまた鼻についた。

 故に、交際を申し込んでくる男子達には「私に蹴鞠で勝ったなら」と条件を出す。ただその条件では自分が勝った時のメリットがないので、「負けたら、菊堂神社の蹴鞠保存会に入会する」ことを条件に付け足した。

 現在、菊堂神社の蹴鞠保存会の会員は菊鞠を含めて10名ほどだが、そのほとんどが自分の祖父か、よくて父親ほどの年齢の者ばかり。高齢化社会の縮図を見ているようだ。自分に近い年頃の会員が欲しい。なんなら蹴鞠友達になってくれると嬉しい。それならば、“彼氏”という肩書きぐらいは甘んじて受けてもいいかもしれない。

 菊鞠の打算を知ってか知らずかサッカー男子達は我こそはと殺到し。

 そして玉砕し続けた。

 十年近く鞠を蹴り上げていた菊鞠からすると、鞠を落とさずに蹴り続けることは呼吸をするのに等しい。

 ご先祖様の偉業に憧れ、小学六年生の夏休みに「三日三晩鞠を蹴ってみよう」と挑戦しようとしたが、夜遅くになって親に止められたために結局達成することができなかった。あの時も、親が止めさえしなければ達成させられたのではないか、と未だに根に持っているのだ。もう少し大人になったら絶対に達成してみせる、どうせなら、あまりの難易度に途絶えたと言われる、菊堂神社に伝わる《蹴鞠の舞》の復元と完走というのが菊鞠の密かな野望だったりする。

 そんな菊鞠に、サッカーのリフティングがちょっとばかり上手いからといって勝負を挑むのは無謀というもの。続々と増え続けるはずの蹴鞠保存会の会員に菊鞠はほくそ笑むのだが、そのいずれもが入会だけしたもののすぐに退会したり一度も練習会に参加しない幽霊会員だったり、それならばまだしも、入会すらしないままだったと知り、彼女は憤慨するのだった。

 以来、彼女にとってサッカーは約束を反故にした男子達と共に、嫌悪の対象へと変わっていったとしても不思議ではない。

 また、人気者のサッカー部の男子達からの交際を悉く断った菊鞠は、サッカー部の男子達に憧れていた女子達からも妬まれ、時に嫌がらせを受けたのである。

 そんなこともあって、菊鞠は高校は女子高へと進学することに決めた。後々、家を継ぐことを考えて大学は神道科のある大学に進学するつもりだったが、せめて高校生活ぐらいは我が儘を言わせてもらった。

 奇しくも、近隣にある完全中高一貫の女子校が高校編入制へと切り替えたのは渡りに船だったといえる。編入試験は難易度が高かったが、普段から成績を落とさないようにしてきた甲斐もあって無事に編入試験に合格した。

 今日はその、八々花(はやつか)女子高等学校の入学式の日だったりするのだが、そんな特別な日でも、早朝から鞠を蹴る日課は変わらない。


「アリ。」

ぽん。

「ヨウ。」

ぽん。

「オウ。」

ぽん。

 蹴鞠特有のかけ声に合わせて鞠を蹴る。

 同じ姿勢、同じ軌道、同じ高さに蹴り続ける練習と。

「アリ、ヨウ。」

ぽん、ぽん。

「アリ、ヨウ、オウ。」

ぽん、ぽん、ぽん。

 蹴る速度、高さ、軌道、そして姿勢さえも変える。ひらりひらりと蹴る様子は、まるで舞を舞うかのようで。朝の春風に散る桜の花びらを伴う蹴鞠の舞は幻想的でさえある。

「アリ。」

 足の甲で蹴り上げたかと思えば。

「ヨウ。」

 足の内側で蹴り。

「オウ。」

 逆に足の外側で蹴り。

「アリ。」

 時にはトリッキーに、背面を落ちる鞠を後ろ足で蹴り上げて正面に戻したり。

「ヨウ。」

 鞠を高く蹴り上げ、鞠が落ちる前にくるり。と一回転。

 菊堂神社に伝わる《蹴鞠の舞》のうち、今では舞われることのなくなった所作の部分だ。例祭では舞人が力量不足ゆえに年々簡略化されていった。菊鞠が舞人として奉仕するようになってからは少しずつだが復元しているが、それでも全体の10分の1といったところだろう。

 人のいない早朝の神社の境内に、ただひたすら少女のかけ声と、鞠を蹴る音が響き続けることおよそ一時間ほどか。

「菊鞠ー、朝ご飯食べてそろそろ支度しなさい」

「はぁい!」

 居宅から上がる母親の声に返事をすると、最後にもうひと蹴り。

ぽん。

 蹴り上げた鞠を足の甲にすっと載せて受け止めて数秒間停止。これが難しい。幼い頃から何度も練習し続けた今なら、目を瞑っていてもできるぐらいにはなった。

 それからまた軽く蹴り上げ、宙に浮いた鞠を手に取り、小脇に抱えると拝殿・・・御神前に向けて一礼して、朝の蹴鞠の練習を終える。

 ここまでが、菊鞠の朝の日課だ。

メインの人物の名前は、花札をモチーフにしています。

そのため、舞台となる街の名前は、花札の元々の名前の《武蔵野》からむさしの市としました。

実在の武蔵野市とは、関係するようなしないような・・・、という感じです。

学校名の八々花も、花札の別名《八八花》から来ています。

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